もうすぐで今年も終わる。早かったような、そうでないような曖昧な感覚の中、騒がしい人混みに紛れながらも意識もまた曖昧になってくる。吐く息は白く、指先が悴(カジカ)んでると思ったら赤くなっていた。そのまま温かみを求めて、一人ふらふらと宛もなくさ迷った。あ、でもこのまま皆からはぐれたら後で怒られてしまうだろうか。そんな心配が頭を過ったが既に焚き火の前へと来ており、どうにも離れられそうにない。手袋をしていても、マフラーやコートとか厚着をしていても、やはり寒い。温かな光を灯すそれに手を翳(カザ)す。ああ、落ち着く。どうやら地獄から天国にきたようだ。

「あれ?桜井くん?」

カウントダウンが始まる。騒がしかった空気が更に盛り上がりを見せだした頃、そんな叫びにも似た声の中からやわらかな声音が耳を擽(クスグ)った。

「え…あ、れ?苗字さん?」

本当に天国にきてしまったようだ。

クラスは違えど面識の有る彼女とは何度か話をしたことがある。桃井さんの友達で、バスケ部にもたまに差し入れを持ってきてくれたりする、優しい同級生。そんな印象。

「びっくりしたぁー。まさかこんなとこで会えるなんて…」
「えっと、僕もびっくりですよ。誰かと来てるんですか?」
「いつも思ってたんだけど、なんで敬語?」
「え!?いや、その、これは癖と言いますか…」
「ぷ。あはは!別にいいよ。桜井くんの方こそ誰かと?」
「あ、はい。バスケ部の皆さんと」
「そっかぁ。それにしては一人だね」
「さっきまで一緒だったんですけど僕の方からはぐれちゃって」
「え、桜井くんの方から?」

意外だね、なんて。そんな、どこにでも有るようなありきたりな会話。気づけば日付は変わっていて、新たな年が時間を股がっていた。彼女もそれに気づいたようで携帯画面を確認している。
時刻は00:02。

「もう二分…」
「気づきませんでしたね」
「話に夢中になってたから、かな?」

えへへって可愛く笑う彼女を今年初めて見れたのが僕なんだと思うとなんだか嬉しくなった。「あ、そうだ桜井くん」と携帯をポケットにしまいながら彼女は改まって僕の方へと視線を投げ掛ける。そして、

「明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。」

ふざけた口調。にこりと笑うその顔。いや、新年なんだから当たり前の挨拶なんだけど、少し理解するのに遅れた。そっか、もう新年なのかと。ふわふわな意識のまま聞いてしまったからちょっと声が上ずってしまって恥ずかしい。

「あ、ぇっと!こちらこそおめでとうです!よろしくお願いします!」

かああと、指先に負けないくらい赤くなっていくのを感じる。寒かった筈の感覚は、もうどこにもなく。それは焚き火のお陰でも人が集まってきたせいでもないと言うことだけが直ぐに判って、さらに集中する熱で僕の身体は熱くなっていった。彼女はキョトンとした後に、また笑った。

「ね、桜井くん。そろそろ…」

彼女が何か言い掛けたところでタイミング悪く青峰さんが来た。人混みの中でも嫌でも目立つその身長だったが、彼特有の青い髪と黒い肌は真夜中と言うことで同化していたために見えず、長身と言うだけでは直ぐには誰だか判別出来なかった。が、あの口の悪さと態度で青峰さんだと判った。青峰さんは近づきながら探したとか何やってんだとか色々と言いながら欠伸を盛大にしていた。近づいて気付いたのだろう。彼女の存在に気づいた青峰さんは「よー」なんて軽く手を上げていた。

「あけおめ〜」
「おーおけおめー」
「桜井くん借りてたぁ」
「んじゃ、引き取るは。おい良ーおまえなぁー」
「す、すみません!」
「ま、いいや。あの眼鏡たちがこのままゲーセンだとよ」
「おーダメなんだぁー高校生ぃー」
「今日はいいんだよ。おい良、行くぞ」
「桜井くん。また学校でね」
「あ、はい。また…」

ひらひらと手を振る彼女に自分も「また学校で」と言い返そうとして、止めた。思い止まるとこなんてなかったけど、"また"なら僕は――…

「あの、苗字さん」

僕の呼び掛けに振り返る彼女の黒髪が、ふわりと靡く。鼻を掠めるのは熱く燃え立つ炎の香りで、肌に伝わるのは新年特有の賑わいの空気。"また"、ここに彼女と共に居れるだろうか分からないけれど。

「ら、来年もまた!一緒に、来ませんか?」

彼女の瞳が、瞬間揺れた。視線が外れない。いくら時間が経ったのか分からない。離さないんじゃなくて、離れない目と目がゆらりと動いた時、止まっていた時間が動きだす。

あ、笑った。


一年越しの約束

14.2.2
◎青峰途中出てすぐ置き去り状態w