人を好きだと思えるようになったらそれは大人の階段を一段上れたような気がして気分はいい。それでもまだ見た目がお子ちゃまだからきっと相手にはされない。大人になりたかった。本当の意味で大人の女になりたかった。色っぽさなんて無い胸もいずれは大きくなるだろうか。背だってスラっと美人になるだろうか。そんな事が頭の中をぎゅうぎゅうに押し合ってパンク寸前だ。それでも途方もない悩みを繰り返しながらもほんのちょっと爪先立ち。背伸びをして高めなヒールを買った。髪も巻いて露出の多い服に普段着慣れないスカートにも挑戦してみた。鏡の前に立ってひらり一回り。なんだか自分じゃない自分が写っているようで自然と眉間に皺が寄る。これが大人な女なのだろうか。着飾っただけ。ただの作り物には不安しかなくて泣きたい衝動を抑えながらも足りないものを摸索した。お化粧は勿論のこと爪の手入れもまだだ。あ、あとはマニュキュア。手先にも気を使えてこそ大人な女、な筈。全部出来たなら、私は本当の意味で大人になれるだろうか。

「何やってんの?」

ピンと伸ばした、何もつけていない爪を暫く見つめていた。扉が開く音なんて聞こえてこなかったけれど誰かが入ってきたようで、ハッキリと掛けられた声にハッとする。弾かれたように振り返ったそこには下の姉がいた。ぽつり、お姉ちゃん。そう呟けばあくびを一つした下の姉にもう一度先ほどと同じ台詞を掛けられる。そんなことよりも、私としては自室の扉が開けられていたことより起きていたらしい姉に驚いた。昼であろうと夜であろうと四六時中睡眠を貪っているような姉だ。驚かない方が可笑しい。

伸ばした手はそのままに唸る。マニキュアに化粧に下の姉に。普段とは違う格好の私をまじまじと見つめる下の姉はあくびをするのを止めたと思えば、その眠たそうな瞳は怪しげなものを見つめるそれに変わっていた。「ねぇ」と発せられる何オクターブも低い声音が次の言葉を物語っている。私の動きはまるでブリキの玩具のようにぎしぎしだ。

「彼氏?」
「ぇ?」
「いやその格好、男でもできたんじゃないでしょうね」

残念なことにそうではない。好きな人が居ます、なんてことも言える訳もなく、それでも他人にそう思わせてしまうほど私の意識はあからさまに変わってきてるという事が途端に恥ずかしさを増していった。子供が背伸びするにはほんのちょっと高い衣装はやはり似合っていないのか、未だ部屋から出て行く気配のない下の姉は頭のてっぺんなら爪先まで食い入るように観察しだす。ふむ。右手を顎にあて何やら考えるポーズをとったかと思えば「ちょっと待ってなさい」と一言残して立ち去って行ってしまった。

残された私はというと、ただじっと待つ訳でもなくがちゃがちゃと液体の入っている小瓶を出し並べだす。濃い色よりも薄い色の方が多い幾つかのマニュキュア。そんなに数もないので早々に決まりそうなものだがこれが中々決着がつかずまた悩む。ここは無難に赤だろうか、それとも大人しめに青と行ってみるか。けれど今日の服と雰囲気に合わないと意味が無いような気もするし。ほら、決まらない。

「あ、ホントにやってる」

正座して腕組みする様はいかがなものか。今度は声の主を無視した。誰だか解っているとうのもあったけれど、今は色の選択を中断したくなかったと言うのが一番の理由かもしれない。と言うより家を出なければいけない時刻がいつの間にかギリギリだということが焦らせている。

「何、ファッションショー?」
「違う出掛ける」
「珍しいじゃんそんな格好。目覚めた?」
「お姉ちゃん邪魔するならどっか行っててよ」
「酷いなー」

さっき部屋に訪れたのが下の姉ならば今扉に寄りかかり珍しいものでも見るかほような目で私を見つめているのはさしずめ上の姉か。私は他の人に言う時はそう呼んでいる。双子の姉だ。

ぶつくさ文句を言う上の姉は完全に無視し一つのマニキュアに手を掛けたその時、また下の姉が来訪してきた。手には沢山の服がずらりと並べられて。いや、手というより腕に。

「ファッションショー」
「だから違うって」
「あれ、出掛け用だったの?」
「遊び?」
「あ、遊びだよ」
「ならもっとカジュアルにいきましょうよ。それあんたに似合ってない」
「えー」
「ほら着替えて、姉ちゃん化粧よろしく。あ、マニキュアもするの?めっずらしー」

代わる代わる、滅多にしないお洒落なるものに手を出しているせいか姉たちが構う。もうそんな歳かーなんて意味の分からない言葉を投げつつ手にはしっかりと可愛らしい洋服の数々。コーディネートはどれを合わせたら可笑しくない、お化粧も動画を見ながら様になるように研究してきたつもりだ。それでも、ほんの数日仕込んできた私なんて比にならないぐらい姉たちの知識の方が膨大で私みたいなヒヨッ子が敵うはずなかった。

訳も解らなかい単語が飛び交う中で洋服はどうにか決まったらしい。そんないつもと格好は変わらないながらも雰囲気が違う気がする。肩とか胸のあたりとか露出高めだった服から動きまわってもそんな気にならないようなちょっとカッコ良さげな感じに変わっていた。スカートだっていつものジーパンに変わっていた。ええーって不満ありげに頬を膨らませれば似合っているのだからいいと抑えこまれてしまった。私だって"遊び"ならいいんだよ。女友達でも男友達でも。でも今日の相手は違うし"遊び"ともちょっと違う。けれどここで正直に言ってしまったらこの姉たちのことだ。絶対に行かせてくれないに決まっている。それは困る。大いに困ってしまう。更に困ったことに確かに先程の無理をした格好よりこの服装の方が無難だということだ。

「ナマエー、目ぇかっぴらいて」
「えッ」

下の姉の服装選びが終われば代わるように前に来た上の姉。軽くペタペタ塗り固められてお外用の顔に着実にされていく。それでもあまり変わっていない自分の顔にこれが薄化粧かとまじまじと鏡を見ていた。気になっていたニキビの後とか綺麗に隠されているあたりやはり手慣れていらっしゃるとほんのちょっとの感心。そう、そして手の中に収まっているそれを目にした瞬間私はお外用の顔を歪ませた。

「それ、絶対やんなきゃダメ?」
「やる」

駄目かどうか聞いているのに有無を言わせない決定事項に後退りたくなる。上の姉の手に握られているのはビューラーとかいうあの睫毛をこうクルッとする道具だ。私はそれが死ぬほど嫌いだ。何故、って使ってみて分かる。とても痛いのだ。細かいところに使用するわけであるが一歩間違えれば肉を抉るそれは最早凶器にしか見えない。殺傷能力は低いかもしれないが地味に痛く無駄に恐怖心を煽ってくるのだからあなどれないこのビューラーめ。

さぁさぁとヤル気満々の笑顔に怖気づいて座ったままの状態で後退。しかし後ろにはコーディネートからヘアスタイリストにジョブチェンジした下の姉が居て、呆気なく身動きが取れないように頭を固定されてしまった。なんでこんな時に限って手を組んでくるのかこの双子の姉たちは。ほんのちょっとの殺意を覚えながら固定されてしまった顔はその凶器を受け入れざる負えなくて、自然と小刻みに震えだす。

「じっとしていた方が身のためよナマエー」
「そうそう、すーぐ終わるからねー」

まるで悪魔の囁き声にしか聞こえないってお姉様方。そして、私は白目を剥いた。触れる。カシャンとした音とひんやりとした冷たさが反射的に瞳を閉じてしまいそうで必死に開けながら終わりを強く祈った。硬直する身体とは反対に震えだす目。怖いのだから仕方ない。そして「もうちょっとだから」と言う上の姉の言葉通りそれは直ぐ終わってくれた。途端に一気に力が抜けるのが分かる。

「はああぁぁぁあああ」
「大袈裟ねー」
「ナマエ、爪もする?」
「いや、もうそんな時間ないしいいよ」
「マニュキュアするなら昨日のうちにしてりゃぁいいのにこの子ったら」
「だってぇ」
「ほら口閉じて、グロスで最後だから」

ぺちゃり、唇に伝わる感触になんとも言えない感覚が広がって咄嗟に拭い去りたくなるがそこはなんとか踏みとどまった。あれだ、やはり慣れていないと気持ち悪くていけない。女の子らしいことなんて何一つしてこなかった罰が今こうしてやってくるなんて、もうちょっと早くに手を出しておくんだったと鏡の中に写る自分の眉が八になる。

教訓として言うならそうだね、お洒落は慣れれば結構楽しい。でも意外に命懸けだと感じたのは私だけだろうか。何処がとは敢えて言わないけれど。わいわい未だに騒ぐ我が姉たちは放っといて、時計を確認すればとうに十数分は過ぎている待ち合わせに慌て出す。急いで鞄片手に行ってきますと叫んで家を飛び出した。その後のことなんて知らない。ただ姉たちが後を尾行していたんて、待たせてしまっているという危機的状況でそんな事にまで気が回らなかった私にそれを知る術は無かった訳で、帰った直後に待ち受けていたのはあの双子による質問攻めだった。


三姉妹

(ちょ、なんでガチムチと一緒なのよ!)
(ねーちゃん落ち着いて見つかる!)


15.4.5
無駄に長くてすみません(_ _;)
まさかここまで長くなるなんて私も驚きです。3月終わるまでにupれるぜやったね!なんて思っていたのに気づけば4月ですよ4月。取り敢えずニョ伊姉妹の末妹でした。私自身もあまりお洒落なるものをしない人なので途中変なことを書いていないかハラハラしながらの執筆でした。なので変なとこ発見したら報告してくださると助かります。多分大丈夫なはず←自信はない。