ひがしみね?

ふと口に出したその疑問符に、目の前に座る男はぱちくりと目を瞬かせる。そして乾いた笑いを一つ。

風に靡かれ音を奏でる桜色と、清々しい晴天の空色と、浮足立った空気が目立つそんな季節。真新しいとは程遠いブレザーに袖を通しながら着慣れたそれの心地良さをカッターシャツを通して感じた。二年も着こめば草臥れてしまうのも当たり前で、しかしそれが、その感覚が時間の経過を表しているようでなんとも言えない気持ちにさせる。

後、一年。

「いや、あずまの方なんだけど、」
「ああ!あずまみね!」
「ああ…惜しい」

名前をよく間違われるのか対して怒っている様子を見せない彼は頬をポリポリと掻きながら困った笑いを溢すばかり。それを目の端で眺めつつ、手元のペンはトントンと軽く音をたてる。怒っていないのならいいのだけれど。トントンぶつけながら意識を書きかけの日誌に戻した。昨日、私達は学年が持ち上がったばかりだ。三年生。最高学年。そんでもって、初の仕事と言えるものをしている。

「みは要らないんだ」
「ひがしね?」
「さっきあずまの方だって言っただろう」
「あずまね、ね。なんかややこしいよ」
「あ、ああごめん…」
「いや東峰のせいじゃないでしょ苗字は」

何故か沈む彼に苦い笑いしか出ない。彼、基東峰はとてもピュアっ子のようだと判ったところで最後に二人分の名前を書いて日誌を閉じた。

「あずまね、あずまね、」
「ん?なに?」
「いや覚えてた。折角最後の年にクラスメートになったのに間違えるのは流石に可哀想かと、特に東峰の場合は本気で特に」
「はは、なんで二回言った?」

口の中で木霊となる"あずまね"と言う名にやはり咄嗟に出てくるのは"ひがし"の方なんだようなぁと、先程日誌の下の欄に書いた自分の字を見つめた。慣れてしまえばそうでもないように思うが、そこまで考えが至ったところで苗字と東峰の声に下げていた視線が上がる。

「そこまで深く考えなくていいから、間違えてもさ俺は気にしないし」
「いっそ改名しては」
「人の話を聞いてください」
「ひがし君さ」
「あずまねです」
「たなか君さ」
「もう跡形も無くなっておりますが!?」

いやーそういやバレー部に居たなぁーと思いまして。なんて冗談はさて置き、そろそろ日誌を職員室に持ってって帰ろうと提案すれば東峰は一度窓へと目をやった後に一つ返事で鞄に荷物を詰めだした。暗くなる前に帰ろうと、そういう事らしい。

鞄を持って日誌を持って、と取る前に大きな手にその行動を遮られてしまった。吃驚して一瞬思考が止まる。そして再起動しだした頭は冷静に日誌を取ったであろう正体を辿りだした。手から腕に視線をずらしていけばその正体は言わずもがな、一緒に日誌を書いていた東峰でなんでも殆どの欄を私が埋めたから持ってくぐらいは自分がしたいのだと言うこと。どうぞどうぞと日誌を持つ筈だった空いた方の手でジェスチャーをすれば今度は控えめながらも面白そうに笑ってくれた。

その顔を見た途端小さく喉が震えた。あ、と弾かれた音と同時に、うん、困った顔よりこっちの方が好きだな。なんて何故だか流れるようにそう思う。

「あさひ」
「へ?」
「もう面倒臭いから名前で呼ぶよ。あ、駄目?」
「ぃゃ、駄目と言うか、」
「はぁ…?」
「だ、だからな、女子からそんな名前で呼ばれたことなかったから驚いたというか」
「えぇーー何何照れてんの?旭さーん」
「頼むから苗字のそのノリ止めてくれ」
「あはは、じゃぁ女子の中で私が一番乗りだ!それはそれでレアだねぇ」

嬉しげに、楽しげに、笑う彼女はオレンジ色に変わりだす教室を背に、赤くなる彼を見てまた笑う。


青よりこんにちわ
(年がまたぐ頃には、色んな君を見つけられているのかな)

15.6.22
さぼこ様に捧げる相互記念東峰夢でした!
HQは大好きなんですけど未だにそんな書けてなかったジャンルだったので最初から最後までドキマギでした笑。最終的に読み返してみて胸キュンがない…だと…。でもいい感じで終われたような気もしなくはない、のかな?