あの子は不思議な子だった。

初めて会った時、あの時は小学校に入るか入らないかの歳だったと思う。とても小さくて幼くて、掌だって今の半分位しかなかったんじゃないかな。それぐらい昔に遡らないとあの子との出会いは思い出せない。でも直ぐに記憶の引き出しから引っ張られるのは、誰にも負けないぐらい衝撃的で、その分色褪せなかったからかも知れない。

それぐらい昔だったから、先に言われた言葉が挨拶じゃなかったのはある意味で仕方なかったと今では思う。それでも、それぐらい無知な子供だったとしても、初対面の相手に「もしもお空が青色じゃなくて黄色だったら面白くない?」だったら、疑問すら抱く暇なく不思議な子って思うでしょ。

「空は青だよ。君なに言ってんの」「でもそれってだれかが言っているからそうだって言っているんでしょ」「あの色は青っておしえてもらったよ」「たくさんの人が青って言えばそれが青なの?ほんとうはちがう色かも」

ほんとうは赤色かもしれないし緑色なのかもしれない。オレンジ色や紫色、黒色に白色なのかも知れない。それとももっとちがう色なのかも。例えば、他の人から見たら私のこの髪だって金色に見えているのかもしれない。例えば、君のその髪だってピンク色に見えているのかもしれない。あ、いいね、ピンク。

「よくないよ、ピンク」「え、なんで?」「なんでって、…変だから」「そんなことないよ、きっとにあうよ」

ケラケラとそう悪戯っ子のように笑いながら、意味の分からない事を瞳をキラキラ輝かせながら、次々と並べる名前も知らないその子は、私はねと語り出す。ぶらぶらと揺らしていた、自分と同じくムチムチの小さな左手の人差し指を頬に添え、楽しそうに語り出す。

お空は黄色で土はオレンジなの。草や木は緑色もあるんだけど青色もあったらもっときれいだと思うのね!たいようとおつきさまはとーめいで色がなくてね、かがみみたいに下のふーけいを写したらお空にも土や草があって、じめんがあるから走りまわれるね。

そんなあべこべでちぐはぐな光景を思い浮かべて、キャッキャと声をあげながら楽しそうに笑う名前も知らない子。えっとね、それからね、と言葉を詰まらせながらあれはこれ、それはそう、とはしゃぐ様に楽しげに語る。気づけば、海みたいなじめんを歩く、だとか。お空をおさんぽ、だとか。次元の違う話になっていた。

「君、変わってるね」

ぽつりと出た本音に名前も知らないあの子は笑うだけ。そうかも、と笑って、君じゃないよと真正面から向けられた言葉。じっと瞳の奥を覗かれるように、「ナマエです」とはにかみながらの突然の自己紹介に一瞬、間の抜けたような感覚が襲うけど、君に習ってと言うより流れに任せてボクも自分の名前を君に伝える。

「そう、ボクはみつる、だよ」

ぱちくりと一瞬きした後にじゃぁみーくんだね、とナマエはまた恥ずかしそうに笑う。基準が分からないけど、どうやら普通に照れているらしい。薄っすら赤が指す頬で俯きながら、笑みを見せるナマエをそう思って当たり前のように可愛いと思った。

その日、あの日、ナマエと出会った初めての日。あんな会話をしたからか不思議な夢を見た。ナマエが語ったような世界の真ん中に、いつの間にかぽつんとボクだけが居る夢。見慣れた青い空は何処にも無く、代わりにあったのは空と思われる何処までも続いているように広がる黄色。それから足元には波紋が広がるオレンジ色。ゆさゆさ揺れる緑色と青色の隙間には、頭の上に浮かぶ透明な丸から降り注ぐ桃色の光が夏の蛍のように彷徨う。そんな夢。たったそれだけの夢で、それ以外何もなくて、まるでナマエが語る世界という名の景色を額縁の中で見つめているような、そんな不思議な夢だった。




あれから大分時間が過ぎ去っておれは高校生になった。高校に上がった今でも、あの日以来見てないたった一度の夢を何故だか忘れられなくて、何度も思い出す。景色が頭の中で広がるたびに一緒に浮かぶのは名前で、そしたらどうしようもなく会いたくなるのはなんでか。考えるような事でもないのにそんな事で笑ってしまうんだから俺だって可笑しいかな。

携帯片手に数回、電子音のコールが鼓膜に響く。プルルーとリズミカルに鳴っていたそれがガチャリと終わりを告げれば、その後に続く掠れた声音で彼女が寝ていたことが容易に想像できた。まだお昼まわってそんなに時間経ってないのにね、早めのお昼寝だったのかな。そんな些細なことでも笑みが溢れてしまう。

「あ、もしもし名前?おれ、充だけど。ごめん寝てたの?いや用事とかじゃないんだけど、ごめんごめん。うん、徹夜だったんだそれはお疲れ様。いや、ちょっとさ、」

瞼の裏の景色と夢の最後がリンクする。おれだけが居る夢の中で、最後、桃色の粒子の中で君が手を振っているんだよ。それにおれもつられて振り返す。そんな最後。

「ちょっと、名前の声が聞きたくなっただけなんだ。」


答えは夢の中に置いてきた
形を成すにはまだ早いから、言葉にはしない


16.8.29
ピンクのトッキー絶対似合うわ笑
概要的に言うと幼馴染ですね!そして同じボーダーでエンジニアという要らない設定。あれです、徹夜の部分で「あ、エンジニアだったらいいなぁ」って思いました。続かない。