ほたるちゃん。
そう呼ぶ幼馴染みが居た。人の名前を堂々と間違える馬鹿な幼馴染みが。だから何度も言ったんだ。ほたるじゃなくてけいだ、て。でもその馬鹿な幼馴染みは聞く耳持たないのかほたるちゃんはほたるちゃんだもん、なんて意味分かんない事を言い切ってはまた堂々とほたるちゃんと呼ぶ。ホント馬鹿なの?

でもそれも、何時の間にかなくなっていた。

気がついたらなくなっていた。小学校を卒業して、中学校に上がったんだ。クラスが離れて、でも家が近かったから全く会わないなんてことはなくて、暫くはまだほたるちゃん呼びだった。偶に山口の真似をしてツッキーなんてことも口ずさんでいたけど、やっぱりほたるちゃん呼びで。いつの頃からだろう。会っても目を逸らされた。会話だって挨拶程度。一年、二年とクラスが離れていただけでどうしてこうなる。離れていても最初は変わらず、お互いを認識すればそっちから駆け寄って来ておはようって言って、それで他愛無い話をしながら学校に行っていたのに。

最近どう?バレー楽しい?クラスでねこんなことがあったんだよ。私も何か始めようかなぁーなんてね!そう言って笑ってたのに。気づいたら名前を呼ばれることも無くなってた。なんだ、この虚しい感じは。知らないよ、こんな、こんな気持ち。

どれぐらい会ってなかったんだろう。そう感じるぐらいは多分顔すら見てなかったんだ。三年に上がって久し振りに見た幼馴染みは昔と変わらずに、少しよそよそしかったが変わらずバカ面でホッとした。けど、そんな態度が勘に障ったんだと思う。不満が顔に出ていたのかは知らない。そんな僕に追い打ちをかけるかのように呼ばれた、昔と変わってしまった呼び名にピクリと反応してしまった。

「月島くん」

なんで苗字?昔は頑なに間違った名前を口にしていたじゃないか。なんで今更そんな、他人行儀みたいな呼び方なんだよ。理由もなくムカムカする。胸のうちの黒い何かが僕を突き動かした。

「ねぇ、ちょっと」

昔も小さかったけど、見下ろした君はもっと小さくなっていた。掴んだ肩は細すぎたけど、僕の手を置いているせいかもっと細く感じた。隣の山口も驚いているのか口を半開きにして固まっている。

「いつの間に苗字で呼ぶようになったの」

場所を移してそう問いただした。山口は空気を読んでか先に行ってるからと今はここには居ない。久し振りの幼馴染みと二人きり。生憎三年目もクラスは別々。会おうと思っても今までの事を考えれば難しいだろうし、今年は受験と言うオプションまで付いてくることを考えれば今しかないと思った。職員室でバッタリ出くわした今しか、ちゃんとした話はできないと思ったんだよ。もうこんな、モヤモヤとした気持ちでいるのはごめんだ。

「僕、何かした?」
「ち、違うよ!月島くんは何も…」
「さっきも聞いたけどなんで苗字?」
「え、えっと…あの、そのー…」
「昔は人の名前散々間違ってたでしょ」
「あああの!その節はすみませんでした!」

面白いほどにカクン、と90度に曲がった幼馴染みの腰。右手と左手を合わせて謝りながら聞き取れるぐらいの早口で事の全てを捲し立て始めた。

む、昔は呼べたの!昔はね!でも離れてる内に周りが変だって言うし私も普通の人が持つべき常識ぐらい持ちだしたっていうか意識しだしたっていういうか、人の名前を分かってて間違えるなんてなんて失礼なんだ!って友達にも言われたし…。それで普通に、ふっつうーに呼ぼうって頑張ったんだけど今更そんなこと意識しだしたらなんだか恥ずかしくなっちゃって、でも今更月島くん呼びも私だって他人行儀みたいで嫌だったんだけど、だけどだよ!けいくんなんてやっぱり恥ずかしすぎて辛いしで!

あああホントごめんなさい!と今度は土下座しだしてこれには流石に引いたけど、答えが知れて僕としては満足だ。幼馴染みの言い分も大体分かった。分かったが、それとこれとは話が別だろう。ふーん、と手を顎に持って行き考える仕草を見せる。自分で言うのもなんだけど、悪い笑みが溢れた、ような気がした。

「ふーん、そうかそうか。でも僕も傷ついちゃったなぁ」
「え、え、?月島くん?」
「避けだしたのはそれが理由?呼び方を変えたのも」
「ソウデスネ」
「呼び方はともかく避けるのはどうかと思うなぁー」
「ゴメンナサイ」
「まぁ君もやっと僕の名前、気づいてくれたみたいで結果オーライだったけど、昔は呼べたのに今は呼べない、なんてことないよね?」
「え"…いいいいや!だからそれはあの!」
「な、い、よ、ね?」
「…………デスヨネー」


それじゃあ呼んでみようか
(ほ、ほたるちゃん…)
(それじゃないでしょ)
(うぅ、け、けけけけい、けいくん!)
(はいよく出来ました)


続き書きたい。