トン、と追い詰められて背中が壁にあたる。目の前に余裕の笑みを浮かべる同級生とは思えない色男を視界に入れつつも、何故このような状況に陥ってしまったのか残念な頭で必死に考えるが到底答えには辿り着けそうにない。

「あ、あの、ボヌフォワ君」

なんとか音となった自身の声は震えていて、それに付け加え小さい。どうして?そんな思いで見つめていれば色男は「名前で呼んでよ」なんて、薄く笑いを溢しながら艶のある彼の声が耳元で聞こえてきて、私の脳内を爆発させた。

私が彼、フランシス・ボヌフォワと言う同級生に恋心を抱くのに差して時間は掛からなかった。と言うより一目惚れだった。叶わない恋などだとも、思った。なんでしたんだろうなんて思ってしまう程に見込みなんて無いから早々にその気持ちに蓋をしたのはずっと前だ。だからと言って諦め切れるか?と問われればそうでもなく。彼と言う存在を認識してしまったが為に心は忙しなく彼の影を追う。見るだけ。見ているだけなら誰にだって迷惑はかからないでしょ。だからせめてそれだけは許して。誰に乞う訳でもなく言い訳じみた言葉をつらつら並べて毎日のように私の視線は彼を探してた。

脳天を雷が駆け巡って三度目の春の訪れ。
視線と視線が一つの点でかち合う。え、え、なんて言葉にならない。目があった。私という存在を知らないであろう彼と、目が合ってしまった。見ていたことがバレたのだろうか。瞬時にそう考えるもその視線はふいっと一瞬のうちに逸らされて、再びこちらに向けられることはない。ただたんに流される景色のひとコマになったのか、ただの偶然だったのかは分からない。ただ分かっていることは、私は私自身に大丈夫と言い聞かせるので精一杯だったということだけ。
そんな気恥ずかしい出来事が幾度となく起こればいくら馬鹿な私でも気付かれていることはなんとなく分かる。目と目が合って、それで素知らぬ風を装っていてもこれ以上は駄目だと警報が鳴り響く。気味悪がられて嫌われる。それだけは嫌だ。そう思っていても視線は自然と彼を辿って、そしてついにそれはやってきてしまった。嫌な汗があちらこちらを伝う中で私は夢であって欲しいと切に願いながらも夢の中であって夢でない目の前の彼を見つめることしか出来ずにいる。

「いつもだよ。いつも視線を感じてた。最初はさ、気のせいだと思ってたんだけど目、合っただろ?そしたら君で。俺の勘違いじゃなければ理由が知りたいんだけどなんで見てたの?」

なんで、なんて聞かないで。気味が悪いのは重々承知だから、だからと言って嫌いにならないでなんてそれこそ烏滸(オコ)がましすぎる。

「ご、ごめんなさい」

精一杯の声量で、相変わらず震えていた。理由なんて言えない。そんな勇気を持ち合わせていない私はもう声も身体もぶるぶる震えて俯くことしかできなかった。そこにふわり甘い香りが震える私を包み込む。本日何度目かもわからないショートを引き起こす私の耳元に変わらず彼は居て、「んー違う」と呟いた。

「ボ、ヌフォワ、くん?」
「違う。違うな」
「え、っと」
「あのさ、俺言っただろう?」

何を、言葉が飛び出す前に混乱する記憶の断片がチラつく。「−−−で呼んでよ」彼はそう言っていた。呼んでも、良いのだろうか。顔見知り程度にも程遠い、そんな私が。少しの戸惑いと緊張のせいでまた俯きそうになる。しかし目に入った、笑っているけれど至って真剣な彼の表情を見て、何も思わないわけじゃない。生唾が喉を伝う。精一杯囁かれたそれは小さな小さな勇気から。呟かれるように溢れた吐息が彼の名前を紡いだ。それだけでもう身体中が火照る。ああ呼んだだけなのに、それだけで私の顔は今頃茹でダコのように真っ赤になっているのだろうか。それはそれで恥ずかしいが、満面の笑みのフランシス君は更に私の茹できった心臓に爆弾を投下してくるのだった。

−−−さん。


ちょっと付き合ってよ
(ど、何処にでしょうか……)(俺の人生に、だよ)