確か、雨が降っていた。
大分蒸し暑くなってきた夏より前。陽の光が真上に差し掛かろうかとそんな時間帯にも関わらず、湿っぽい部屋はとても薄暗かった。カーテンに遮断されているとは言えカーテンの向こう側から除く空が不機嫌な様は見て取れて、何に苛立っているのか涙を流し続けている。

「例えばだよ」

ふと後ろの方で声がした。低い低い男の声。例えば、例えばだ、もしもの話。男は女の髪を弄りながらそう気だるそうに何度も念を押してくる。

「平行世界とかあんだろ。パラレルワールドとかも言うけどよ。そしたら別のお前が居て、別の俺が居る訳だ。例えばもしも、その世界で俺とお前が出会わなければ、こうやって俺がお前を好きになる事もなければ、お前が俺を好きになる事もなかったんだよな。そしたら、なんだ、お前は別の誰かを、それこそ俺じゃない誰かを好きになってたかも知れないんだよな、そしてそいつと付き合っていたかも知れないんだよな。」

まくし立てるようにそう一気に熱弁しだす男に女はただただ驚いた。それもそうだ。男は普段からこんな、熱のあるようなことは口にしない。するとしたら誰かを馬鹿にしたようなふざけた事しか言わないのだから。

ど、どうしたの。笑い飛ばせれば良いのだけれど、今日はなんだかそんな雰囲気でもなくて、ザーと降りしきる雨の音を背景に女は男に聞いた。途端、男の手の中で弄ばれていた自身の髪が引っ張られる感覚に自然と上を向かされ、男の気だるげな目とかち合う。

「いや、」

ムカつくなって思ってな
そう言うと男は女の瞼に唇を落とした。

(お前は俺のモンだろ)