じめじめとした紫陽花のころ、いつもは自分の練習を待たせていては悪いから別々に帰ろうね。そういう約束になっていた名前に、久しぶりに一緒に帰ろうと声をかけた。
お互いの部活の曜日や終わる時刻がバラバラなため、一緒に帰れることは珍しい。
せっかくの機会を無駄にしたくないと隣のクラスへ出向き、うきうき声をかけた。

「練習がお休みなの?」

俺の提案に少し驚いた顔をして応じた名前はもちろん一緒に帰りたい、といい返事をくれた。

もし時間があるなら少し寄り道をして何か食べたり名前の好きな雑貨屋をのぞいたりしようよとさらに提案した。
部活も受験勉強も必至に取り組まなくてはらなない俺たちは、あまりデートらしいデートも今年に入ってからはしておらず、お互いの家に遊びに行って、不健全な、いや健全なむにゃむにゃをしたのも半年に近い数か月前。
そんなむにゃむにゃをしたくないといえばうそになるが、できる限り恋人らしいことを、できる限り長くしていたいという思いからの提案だった。

「たのしみにしてるね!」

そう笑ってくれた。


最近クラスの女子の中で話題になっていた、駅前にオープンした新しいカフェ。
季節の果物を使ったパフェなどのデザートが人気らしい。
女子の口コミを頼りに下調べをして、そこに一緒に行きたいなと思っていた。

すべての授業が終わり、いざ一緒に帰れるとなると俺のテンションはバカみたいに高かった。

「名前!かーえろ!」

これじゃ日向や西谷に見られても示しがつかないなと、頭では分かっているのにとまらない。

校門から離れて、あまり高校のやつらがいなくなったらあたりから、どちらからともなく手をつなぐ。初めて手をつないだ時にはどちらも緊張して何も話せなくなってしまっていたが、最近は自然に手をつないで話しながら、歩くと三つのことをいっぺんにできるようになった。

「名前はどこか行きたいところある?それともすぐ家帰ったほうがいい?」
「何も予定ないよ!今日は体育で疲れたておなかがすいたからなにか食べに行きたいかも」

大丈夫?と、少し下から見上げてくる名前はとてつもなくかわいい。
きっと俺のお財布や、腹の好き具合を心配してくれているのだろが、そこはもちろん大丈夫だと返事をした。

「行きたいカフェ、があるんだけど、前にクラスの女子が話してたの聞いて、一緒に行きたいなって」

例のカフェを提案すると、自分も興味があったと喜んでくれた。


高校生の下校時間ではあるが、仕事帰りのOLが来るにはまだ少し早い、席がまばらに空いている、そんないい時間帯だった。

オープンテラスと店内とどちらの席がいいかと聞かれて、蚊が飛び始めたねと室内を選んだ。
お互いに向き合って席に着き、運ばれてきたメニューを開く。
名前の顔は一つデザートに目を向けるたびにこれも食べたいあれも食べたいと目を輝かせていた。

好きなのを二つ頼んでいいよ、それで半分こにしようという提案は、孝支は私に甘すぎると却下された。
季節の桃のパフェか好きなチョコバナナのパフェにするかを悩み、結局バナナを選んだ。
残念ながら俺が食べたかったのはその季節のパフェだったため、名前はどちらも食べられてしまう。

「悔しいので交換はしません」

自分が甘やかされたと思ったのか、こちらの一口交換しようよの申し出は、一度はねのけられた。
どうしても名前の選んだバナナのパフェも食べたいのだとごねてみれば、あげるけど貰わないと、意地を張っているふりをする。
こういう本気でないやり取りにささやかな幸せを感じつつ、じゃあとりあえず一口頂戴と言った。

「せい、あー」

当然パフェのグラスがこちらによこされると思っていたのだが、名前は一口ですべての具材が食べられるようにスプーンで掬い、それをこちらへ向けた。

「せい、あー」

まさか「あーん」をしてもらえるとは思わず、動きを止めてしまった情けない俺に、名前は繰り返し同じ言葉を呟いた。
このままではスプーンを下げられてしまうと思って口を前に出して食べさせてもらう。
平常心平常心ああなんておいしいんだろうと、ちゃんと感想を言えるように味わおうとするがこれがなかなか難しい。

「今、なんて言ってたの?」

飲み込んで、ありがとうと、そしてさっきのは何だったのかを聞いてみた。

さっきまで普通の顔だった名前は少しほほを染めて恥ずかしがっていた。

「英語の授業で、習ったの。英語であーんはsay, ahって言うんだって。だから試してみた」

要するにあーんと言うのが恥ずかしかったから少しかっこつけて英語にしてみたというところだろう。
こちらもお返しにと「say ah」と共に自分のものを掬って差し出す。自分より少し小さな口に、収まるような大きさを気を付けた。

しかしそれは名前の口に収まりきらず、唇を少し生クリームで汚してしまった。
おいしいと呟きながら紙ナプキンに手を伸ばす名前の手を遮って先にそれをとって口元へ手を伸ばした。

少し魔が差したのでナプキンを放し、指で唇をなぞって拭ってみた。
やっぱり魔が差していたのでそれをそのまま自分の口へと運んだ。

見せつけたかったわけではないが、真っ赤になって凝視する名前の目の前でぺろりと指をなめることになってしまった。

あわあわと慌てる名前にもう落ちたから大丈夫だよ、ほらアイスが溶けてしまう前に食べなくちゃと急かした。

何かを言いたそうにしながらモクモク手と口を動かしていた。
途中で「おいしい」と「バカ」が数度聞こえてきた。


店を出ていくらかは日常の話をしていたが、名前の意識はずっと唇に向かっているようで、不自然に何度も指で俺の指が触れたところをなぞっていた。

今日は家まで送るからと言っていた通り、名前の家までは残すところあとこの100mほどの一本道というところだった。
名残惜しくて握った手に少し力を込めてみた。

「あの」

さっきまでの話題を断ち切って、名前が切り出してきた。
続く言葉は出てこないが視線は俺の唇に注がれていた。
お姫様はキスをご所望らしい。

「なに?」

そう聞きながら、同じように名前の唇を見つめた。
周りに人がいないのを確認して一歩踏み出し、抱きしめてキスをした。

久しぶりのキスは先ほどのクリームで甘い味がした。

「…ありがとう、」

名残惜し気に体を離し、また家の方向へと歩きだす。
家の近所が恥ずかしいのか、顔が上がらないが耳は少し赤く染まっている。
ありがとう以降、何も口を開かなかった名前は、

「今日、楽しかった!ありがとう!」

家の前の門の前で、くるりと振り向き、満面の笑みを見せてまた明日!と家に入っていった。

まさかあんな笑顔を最後に見せてもらえるとは思っておらず、また明日と返事をすることができなかった。

さっき別れたばかりの名前に「俺も楽しかったよ、また明日ね」そう伝えるべく電話を取り出して1コール、2コール。
「続きはまた今度ね」を最後に加えるかどうかは、今考えている。

少し意地っ張りで、少し恥ずかしがりやで、大地が言うには少しツンデレなんじゃないかという俺の彼女の名前は今日もとても可愛かったです。

好き、好き、ほんと



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