「うーわー」

第一声に、失礼な声音を発して現れたその子はこの隊室の隊員じゃあらへん。スライド扉がその子の後で静かに閉じていくんを見届けながら、入ってきてそうそうなんやと思うもその子の視線の先にあるんはこの隊室一のモテ男、隠岐が掻っ払ってきたであろう今日という日の産物。チョコの山やった。

ああ、と納得しつつ先程の隠岐とのやりとりが脳内でちらつく。きっと知ってても来てもうたやろうその子は眉間に皺を寄せ不機嫌オーラMAXやったりして。おい隠岐。お前呼びつけておいて遊ぶなや。




2月14日といったら女は慌ただしくやれ材料ややれラッピングやだと準備に心構えにと忙しく、男はそんな女の子らの姿に勝手に浮き足立つ日やろ。かく言う俺らの隊長さんも勝手に浮き足立って勝手に惨敗して勝手に沈んどる。一人忙しない。今もマリオ以外から餞別も貰えんと「女の子に怖がらへん方法はないんか」といつも以上に深刻そうにしとる。実際そう深刻でもないやろうけど。

「学校でもくれへんかったやん」

そんな中、珍しい奴の苛立った声が飛び込んできた。隠岐や。聞き間違えかと思うたけど、海もマリオも聞いとったらしく三人揃って顔を見合わせた。ん?イコさんか?イコさんは未だに机とお友達や。ブツブツと呪詛(みたいん)唱えとる。そうそう、隠岐やな。誰かと電話中か携帯片手に「なんでや」と連呼しとる。ほんま珍しいわぁとちょいと聞き耳たててもうたんわ仕方ないやろ。だってあの隠岐やで?

「なぁいつになったらくれるん?もう今日終わってまうで?ちゃうやろ今日貰うから意味あんねんで?いややなぁ、おれが欲しいんは名前のチョコだけやって。ほんまほんま。ちゃうて、お前なぁこんなんで嘘ついてどないすんねん。そらそうや。おぉ、ほな待ってるわ。あぁ、皆居るで、おん、じゃあな」

ポチりと通話終了ボタンを押し携帯をしまう隠岐にそろーりと近寄った。チョコ言うとったな。なんや気になるやん。

「苗字ちゃんか?」
「ああ、そうですわ。これからこっち来るみたいなんです」
「いや、ちょいと聞いとったけどお前が呼びつけとったやん」
「勿体つける名前が悪いんですー」

ハハ、と軽い調子で笑っとるみたいやけど、なんやろなぁ、拗ねとるように見えるんは幻覚やろか。

「(なんやねんあれ)」
「(隠岐先輩にしては珍しいですよね)」
「(海にも言われとるやん)」
「(まぁ前からバレバレやったしな。名前来るんは別に反対とちゃうし、いいんとちゃうん?ついでに隠岐の機嫌も直してもらお)」
「(そやなぁ、苗字ちゃんの苦労は変わらんけど)」
「(名前には後でお菓子でもやっとくわ)」
「(おん頼むわ)」

当の本人は俺ら三人の訝しげな視線にも気づかんと心ここに在らずの様で、イコさんとは別の意味で項垂れとった。体面はめんどいからと後輩に事を丸投げしとる様に見えて、その実おもろいから苗字ちゃん来るまで放置しとったんは多分誰も知らん。




そして冒頭に至る。

「なぁに?見せしめ?」

どういう意味や。

そないな密談からほんの数十分で俺らの隊室に現れたその子、苗字ちゃんは隠岐の鞄の横に放置してある山を睨み付けそう言い放った。おいおい、そういう自分かてちゃーんと腕に包みを抱えてるやろうに。それも仰山。と思うも気持ちが分からん訳でもないから掛ける言葉に迷う。隠岐も隠岐で普段は冗談も言うわりに素直な方なんにどうして二人揃うとこう、ん?仰山?そこでふと気づく。苗字ちゃんの腕に隠れた、どう見ても隠岐だけではないここに居る人数分の包みに。一つではない幾つかの包みを見つめていればそれに気づいた苗字ちゃんは「いつもお世話になっているので、これ皆さんにです」と嬉しい言葉と共に腕の中の包みを一つ一つ渡してくれた。よく出来た子やで全く。

「おおきになぁ〜。大事に食うわ」
「ありがとうございます!苗字先輩!」
「え、ウチにもあるんか。ありがとな名前」
「おお!女子からチョコ貰ったったああああ!!!」

各々反応は上々。イコさんなんか感極まりすぎとちゃう?そない嬉しかったんやろなぁ。うんうん。と、一人ジト目で苗字ちゃんを見とる奴が約一名。隠岐や。あれ、隠岐にはやらんのやろか。苗字ちゃんの手にはまだ残る一つがあるんやから当然隠岐にやろうけど、苗字ちゃんも苗字ちゃんでにこりと笑っとる割に纏うとる雰囲気なんかが怖いわ。なんやギスギスしとらんのに何この空気。

「名前〜なんや意地悪とちゃう?その残り一つはなやろなぁ」
「あれれ?そんなに貰っといて私のまで欲しがるなんて隠岐ったら案外欲ばかりさんだったんだねぇ」
「イコさんらには渡しとったんにおれ一人仲間外れとか流石に傷付くわ」
「いっぱいあるじゃん」
「そういう問題とちゃうやろ?」
「モテ男の勲章いっぱい貰ってる人は私とマリちゃん以外から一個も貰えなかったイコさんに謝るべき!」
「論点ずれすぎやで」

「苗字ちゃん。イコさんが静かに泣いとるで」

てかなんで知ってんねんこの子。
チョコを貰えた喜びと苗字ちゃんの言葉のラリアットにまた机とご挨拶しとる我が隊長さんの背中を擦ってやったわ。ああもう!しっかりしてやイコさん!海はめっさ笑っとるしマリオは頬を掻きながら苦笑を漏らしとるしカオスや。もはやこれはカオスやで。

「何拗ねてんねん」
「お前もさっきまで拗ねてたやん」
「ちょ、水上先輩黙っとってもらえます?」
「誰やこいつ」

いつもん隠岐とちゃう!小声で叫びながらマリオと海の元へ駆け込み乗車の如く戻れば再び始まる密談。その傍らで繰り広げられる喧嘩はまるで恋人同士の痴話喧嘩のようやった。ここで断っておくとこいつらは全く恋人とちゃうねんで。「そない貰うんが嫌なら名前にやるで?」だとか「他の女からの貢もんなんか要らねぇよ!」だとかのたうち回っとるけど全然そない関係とちゃうねん。傍から見とる奴から言わせてもらえばお前らまだ付き合っとらんのか、やけどな。

「隠岐ももうちょい直球に言えばなぁ」

そん時やった。マリオがぽろりと溢した言葉を拾ったかのように隠岐が動きよった。押し問答の末にいつの間にやら苗字ちゃんを隅へと追いやり自身の身体で隠しよった隠岐は俺らの死角へと隠した苗字ちゃんになんや言いよる。除きこもうにもここからだと隠岐が邪魔くさくて苗字ちゃんの耳しか見えへんかったけど、その耳が真っ赤なのと微かに聞こえとった隠岐の「しゃーないわ」と言う呟きから大体の予想はついとった俺はマリオと一緒に呆れ、自分一人だけ聞き逃さなかった言葉にふっかい溜め息を溢すだけに止めた。



─── 解るまで何べんも言うたる。

「名前の以外いらへんって」



おいこら隠岐。苗字ちゃんの耳元でなんや囁くから苗字ちゃん頭から湯気出とるやないかい。そんな甘い雰囲気を醸し出す二人に俺は心ん中だけで愚痴る。心ん中でやで?空気壊さへん俺ってなんて優しいんやろ。


だからお前らそういうんは他所でやれって。


17.3.7
happy Valentine!!
多分本当はイコさんは一杯貰ってる筈です!ただこっちの方が私的に面白かったから!ごめんねイコさん!