今日の夜、お祭りがあるのだと後輩ちゃん達が騒いでいた。夏だしね、そりゃ皆してはしゃいで浴衣でも来ていこうかとかあの人は誘えるかだとか色めき立っていた。うん、可愛らしくていいんじゃないかな。なんて客観視しているけど、かく言う私にだって誘いたい人は居る。居る、んだけ。

「夏祭り?ああ、それやったら水上達と行く話しとったなぁ。ん?苗字どないしたん?めっちゃ顔色悪いで?え、なんでもない?」

居るんだけど、既に先約がありました。がくりと肩を落とす私に心配したように声を掛けてくれる生駒君。剰(アマツサ)え一緒に行くかと誘ってくれた。けどそんなお誘いを私は丁重にお断りする。皆で行くのもいいけどやっぱり二人っきりで行きたかった、っていう我が儘を差し引いて同じ隊で仲の良い人達と行くのに部外者の私が入っていくのもなんだか気が引けて頷くことも出来なかった。なんだか違うじゃない。私は私で当初の予定通り友達と行こう。




「あら、可愛いじゃない」
「蓮は相変わらず色気があって羨ましい」
「何言ってるのかしら」
「同じ浴衣でこうも違うとはッ!」

蓮は美人さんである。平々凡々な自分と比較してしまうのも烏滸がましいぐらいの別嬪さんだ。しかし、こう並んでみるとどうしても比較してしまうのが人というもので、嘆かわしいぐらいの七五三な自分に人知れず落ち込んでいれば「馬鹿なこと言ってないで早く行きましょう」と少しの苦笑を溢した蓮が手を引いた。

「私も蓮のような色気欲しい」「そのままでも充分可愛いわよ」「お胸が欲しい」「直球ね」まったく、なんて溜め息までも絵になっている。そんな茶番をしていた頃が懐かしい。あはは、ものの数十分で逸れるって何?そりゃ確かに凄い人混みで混雑していたけど、逸れるって。私は子供か。いや大学生だよ。大学生にもなって迷子かそうか。

兎に角、蓮と合流しなければ。今は祭り。普段でも危ないのに祭りの熱で浮かれた輩がいつ、なんどき、あの見目麗しき蓮に魔の手を向けてくるかわかったもんじゃない。ぐぬぬぬ。急がねば。履き慣れない下駄で必死に人の波を掻き分けなんとか人混みから脱した。

さて、ここからどう蓮を探そうか。あ、携帯は、あーでも気づくかな?こんな煩いのに手に持っていない限り難しいか。それよりもう一周した方が早いか?いや探し回るより一定の場所にいて待っていた方が……いやいや、なんて辺りを見渡しながらそう次々に浮かぶ提案を棄却していきながらもっといい案はないかと頭を悩ませていたら、ねぇねぇとなんとも苛立たせるような軽快な声が割って張ってきた。なんだこんな忙しい時に。苛々しながらも振り返った先で一番最初に目に入ったのは、夜の暗闇でも分かるぐらいに明るい茶髪だった。そして不快感を与えるようにニタニタと嘲笑う気色の悪い男の顔が二つ。

「もしかして、お姉さん一人?」
「連れと逸れちゃったとか?だいじょーぶ?」

なんか、こっち、きた!

「えぇーっとぉぉー」

まさか自分に来ようとは夢にも思わなかった。蓮が!悪い虫に!とか頭がいっぱいで全くその可能性に気づかなかった。というか0パーセントのことをどう予測しろと言うのか。そうか、最近じゃ勝ち目のない美人さんではなく遊び程度に小突けるちんちくりんにもお声がかかるのか。そうか、これがナンパか。なんて頭だけは冷静だ。だって、ねぇ?現実味がなさすぎる。お前らいったい何が目的だ、と逆に言質とりたいぐらいにはない。

「ね、もしよかったら一緒回らない?」
「一人は寂しいっしょ??」

大きなお世話だ。不機嫌な雰囲気が分からないのか、テンプレートな言葉の羅列をつらつらと更に述べていくナンパ君達を無視し先を急ごうとしたら、それが感に障ったのか無視すんなと腕を取られた。うわぁ、めちゃくちゃ迷惑なんですけど。

人目が無いことをいいことにナンパ君達の行動がエスカレートしていく。力任せに取られた腕が痛い。無遠慮に触れられた箇所が気持ち悪い。聞いてくる体(テイ)で進められる言葉なんて最早自分勝手なものばかりでお前ら聞く気ないだろと怒りのボルテージが上がっていく。あ、そろそろ限界かも。別に我慢していた訳じゃないけどしつこ過ぎる。黙っているからって無抵抗と見なして好き勝手に、尚もうざったく接触してくる男の腕を逆に締めつけどう料理してやろうかと身構えった瞬間、

「お兄さんら何やっとるん」

物凄くひっくい声が邪魔をした。

「「あ″ぁ″、………………………は?」」

どちらに対してか。女に締め上げられこのアマ……となっているのか、ナンパを邪魔してきた奴に対してなのか。いや、この場合どっちもなのかな。二人仲良くドスを効かせた声と共に振り返ったナンパ君達は、次には間抜けな様へと早変りしていた。でも仕方ないことだと思うんだよね。だって、そこに立っていたのは仮面ライダーのお面を被った不審者だったんだから。

「その子、嫌がっとるやん」
「お、お前こそなんだよ!関係ないだろ!」
「いやいやいや。関係あるとかないとか今は関係あらへんやろ。あれ?これギャグとかじゃあらしませんからね??」
「はぁ!!?意味分かんねぇ!邪魔すんならどっか行けよ!!」
「それともなに?痛い目でもみないと分かんねぇのか?」

ニタニタ。下衆な笑みを浮かべるナンパ君達の言葉にお面の人の雰囲気がピリリと変わる。はぁ?と心底低い声音がやけに耳に残った。

「あんたらこそ何言いはります?邪魔しに来たんに、どっか行くわけないやろ」

じろり、お面越しにくる威圧感にびくりと肩を震わせたナンパ君達。先程まで怒ったり嘲笑ったりと二人掛りならどうとでもなると余裕ぶっこいてたんだろうけど、怯んだ様子が後ろ越しからでも分かる程、お面の人の凄みは半端なかったみたいだ。というかこの人の声って。

覚えてろよ!と最後までテンプレートだったナンパ君達は半泣きで走り去ってしまった。覚えてろよ、ってお面してんだから顔分かんないだろうに馬鹿か。あ、見るからに馬鹿っぽかったしな馬鹿だったんだろう。それはそうと、やっぱりあの声はあいつだろうな。嬉しいような悲しいような。

お面の人がこちらを見てきたのと同時に目が合った、ような気がして私も向き合う姿勢をとった。

「仮面ライダー」
「ん?」
「助けてくれてありがとう」
「おん」
「てかなんでそれしてんの。生駒君」
「………………やっぱ気づいとったん?」
「途中であれ?ってなった程度だよ」

やっぱり生駒君だったか。変わらない無表情がお面の中から出てきて、勝手に肩の力が抜ける。とてとてと拙い歩き方で近寄れば生駒君は分かりやすすぎるぐらい盛大な溜め息を吐いた。あれ、なんか失礼だぞ。

「なにやっとるん」
「好きで絡まれてた訳じゃないよ」
「ちゃうわアホ。最後や最後。なにしようとしとったん?ん?」
「お恥ずかしいところをお見せしましたか」
「ばっちりとな。間に合ったからよかったものの、そないな格好で反撃できるかいな」
「まぁ確かに動きにくいよね」
「ほんまアホやな。そないおめかししてやることやない言うとるんや」
「そりゃお祭りだからね、え、おめかし?」

ふい、と逸らされた顔色は闇夜に紛れて読み取ることはできそうにない。しかし、微かに見える耳が真っ赤に染まっているのが見えて、こちらまで赤くなる。どこにそんな要素があったのか、こっちだって言ってやりたい。生駒君の真意の方が分からない、って。

ほんのちょっとの気まずさを残して、二人してとぼとぼと歩き出す。屋台の裏側から水上達と待ち合わせしているらしいからあげ屋まで歩く。なんだか、祭りの喧騒が遠くにあるような、そんな錯覚を起こしてしまう空間に不思議とふわふわとした感覚が舞う。むず痒さに、ちらりとさ迷わせた視線が見せたのはお面を頭に乗せてまっすぐ前を見据える生駒君で。しかし、直ぐに搗ち合う視線に二人して弾かれたように落ちていく視界。ああ、どうしよ、頭の中が整理つかない。何を言えばいいのか分からずに進んでいく時間は心臓の音だけが鳴っているようで、紅潮を助長させていく。どうしたら、そんな壊れてしまいそうな空気を先に破ったのは生駒君だった。

「あー、苗字」「ふぁ!?な、なんすか!!?」「プッ!なんやねん、その声!」「うううう煩いな!で!何よ!」「すまんすまん。あー、なんや、苗字は誰かと来てん?」「へ?まぁ、友達と?」「なんで疑問系やねん」「えぇー、……なんとなく?」「なんやそれ」「ふふ。ごめんごめん」「………それって男か?」「いや、蓮だよ蓮。逸れちゃって」「そか、そらはよ探さなな」「そうだよ!さっきみたいなことが蓮の身に起こっていると思うと!」「そら苗字やろ。自分の心配もしぃ」「それはほら、生駒君が助けてくれたから」「そら浪速のヒーローさんやからなぁ。いつでも助けてやんで」「安心だね」「そやろそやろ」

緩い。いつも通りの会話に笑いが戻ってくる。キュッと引き締まっていた肺がゆるゆると軽くなっていくみたいに、心臓だって一定のリズムを刻みだす。

くすくす。幾分か安心しきった静かな空気に、生駒君の足が止まったことに気づけなかった。ふと振り返った生駒君は頭に乗せていたお面を再び顔に持ってきていて、ぽつり、本当に聞き逃してしまいそうな程の小さな声でぽつりと、また心臓を跳ねさせるようなことを口ずさむのだ。

「………浴衣」
「え?」
「似合っとんで」
「…………………ぁ……ありがと」

だから君は、と思うも先程よりも穏やかな時間に何も言わない。君に見てほしかったんだよ。そんな単純な理由を口にするのに、いったいどれだけの勇気が必要か。私と生駒君の間にそれ以上の言葉は存在しなかった。

その後、水上達と合流していた蓮と無事合流できた。何故か太刀川君まで居て、生駒隊だけでも賑やかなのに祭りの喧騒にも負けないぐらい賑やかになっていてちょっと煩かったかな。私と生駒君の姿を確認してかホッと胸を撫で下ろしていた蓮のその手には携帯が握られていて、答えは携帯だったかと私の方は落胆してしまった。

そんな賑やかな夏の夜のお話。大輪の花が夜空を彩り、私達を明るく照らしだす。


18.8.12