ちゃうわボケ。容赦ない指摘が棘となってぶっ刺さってくる。教えてくれるならもうちょっと優しくご指南して頂きたい。あ、ちょ、ごめんなさいちゃんとやります。ちゃんとやりますからその丸く束ねたプリントの束を納めて。

「なんでこないなもんが分からんねん」
「すみませんねー、馬鹿で」

ほんまやで、と呆れながらも見捨てないで課題を見てくれる同級生は優しいのか厳しいのか。次どこやと面倒を見てくれる分には優しいのかもしれないがその手に構えるプリントの束は一切優しくないと思う。

事の発端はなんてったって折角の夏休みだというのに補習で駆り出されるという不運に見舞われたことだろうか。言っておくがなにも私一人ではない。全学年強制だ。だけど未だに学校に居座っているのは私一人だけどな。解せぬ。

簡潔に言ってしまうと提示された課題が終わらなかったのだ。得意な国語とか社会なら楽勝でいけたのによりにもよって出された課題は天敵の数学にラスボスの英語ときたもんだ。なんだこのダブルパンチは。私を帰す気ないだろ教師。いや分かってる。全体的に私が悪いんだって分かってるんだけどさ、でもやっぱり納得いかない。何も今日じゃなくてもよかったじゃん。他の日でも良かったのかと言われてしまえばそうでもないんだけど。だって今日は夏祭りがある日だよ?水上だって分かってるでしょ??地元の祭りには行きたいじゃん。折角近くでやってんのにこれを逃すとか愚の骨董品だよ。え?それを言うなら愚の骨頂??あれ?違った??とグチグチと止まらない苦情に口より頭と手を動かしましょうねーと丸められたプリントの束が降ってきた。下ろしてって言ったのに、痛い。

「俺かてはよ行きたいんやからちゃっちゃとやってくださいー」
「なら無理して残ってなくて良いよ、行ってきなよ」
「………お前みたいな鈍感娘、嫌いや」
「あれ!?返答違った!!?」
「あぁーあ、俺浴衣がええなぁ」
「あれ!?今度は無視!!?」

水上が意地悪をしてくるなか、頭を押さえつつ残りの問題に取りかかる。が、日本語じゃないそれらは正しく暗号文のようで、直ぐに手が止まってしまう。時刻は六時。陽は傾きつつあるもそこまで暗くなく、なのにもうそんな時間かよってぐらい進んでいる。小学生の頃の門限はこれぐらいだったかな。なんて頬杖をついては現実逃避のように時間感覚を誤魔化している青空を眺めた。この分だとあっという間に暗くなってしまうな。帰っちゃ駄目かな。駄目だな後一枚だけど許してくれなさそうだしな。ケチめ。

バシン。

「水上さん、痛いんですけど」
「自分の胸に聞いてみてくださいー」
「さっきから痛いんですけど」
「さっきから手ぇ止まってるってことか?」

くっそぅぅー。

「はよ解けや。あと三問やん」
「なっがい暗号文だけどな!こんなの解読できるわけないじゃん!」
「暗号って、はぁーーー」

長い溜め息のあとヒントだけ言うから頑張ってみぃ。と一つ一つの単語を和訳してくれた。ふむふむ。

「『私はサンタさんを信じています。でも兄は居ないと言っていました。私はサンタさんが居ることを証明したくて眠いのを我慢して暖炉の横で待っていました。しかし、やってきたのは父でした。私は悲しくて悲しくて、』

「なんややればできるや『アキレス腱固めをきめてやりました。』なんでやねん!!!」

バシンッッ!!今日最大のツッコミが降ってきた。

「変化球もええとこやぞ!?何処の世界に父親にアキレス腱固めきめてまう娘が居るん!??お前こそ終わらせる気あるんか!??」
「彼女のショックは相当なものだぞ」
「話を作るな言うとるんや!」

一晩中泣いたで正解や!とプリントを奪われ走り書きのように書かれた。あら可愛い落ちだこと。その後もそんなやり取りを幾つか続けてたらいつの間にかプリントは水上の手の中に収まってた。

「なして俺がやってんねん」
「ありがと水上くん良い奴」
「腹立つなぁ」
「まぁまぁ、そんな眉間に皺ばっか作ってたら将来取れなくなっちゃうよ」
「お前のせいやお前の」
「あらどうしましょう」
「腹立つなぁ」

結局最後の問題まで水上にヒントを出してもらいながら自分でやった。答えが分かってた水上が全部やってくれたらこんな遅くまで掛かんなかったのに、と最後の最後でやっぱり愚痴がポロリと溢れてしまえば、それやったら意味ないやろと軽く小突かれた。

「俺、ここで待っとるわ」
「あー、うん」

ひらひらと行ってらっしゃいと手を振る水上は最後まで付き合ってくれるらしい。なんて紳士。いや、友達がいのある奴だ。まぁ、ここまできてはいさようならーは少し変か。私も待たせるのも嫌だし急ごう。

時間ギリギリ。久々に全部埋まったプリントを先生に提出すれば、まだ残ってたのかと別のことでお説教を受けた。解せぬ。最後までやらなきゃ帰れないって言ったのは先生なのに。ちらり。先生の視線が職員室の外で待っていてくれている水上の姿を確認して、それじゃ寄り道しないで気を付けて帰れよとお説教もそこそこに解放してくれた。時間も時間だったからかもしれない。ラッキー。

部活でもないのにこんな時間まで学校に残ったことなんて一度もなくて、だからか不思議な感覚が襲う。校舎の上にはまだまだオレンジが目立つ空が広がっていて、夏休みの間でも聞こえてくる運動部の掛け声にここまで伝わってくる熱気。高めの気温に吹く涼風が気持ちがいい。

「もうこのまま行こか」

隣に立った水上がなんてことないように言ってきた。ほんの少し、何を言っているのか理解が遅れる。行こう、ってああ。

「それだと補導されんじゃん」
「なら私服に着替えて集合」
「え、浴衣じゃなくてよかったの」
「はよ祭りに行きたいやん。それに、」

確かに普段着なれないから着るのにはそれなりに時間が掛かるとは思うけど、もう来ていく気満々だったのに。ちょっとがっかり。何に落ち込んでいるのか、自分でももて余しているこの感情に振り回されながらも一番表に出ていたのは残念という感情だったようで、しゅんと項垂れる私の頭を誰かが掻き乱す。誰か、なんて隣に居るのは一人だけなのに。その乱雑に見える手付きが思ったよりも優しくて、私の知る水上ではないようで、逆に慌てる。突然の奇行にな、なに!?と慌てる私に対してクツクツと笑う水上はいつもの水上なのに姿をこの目で確認するまでは水上なんだと信じられなかった。

戯れから一瞬、目と目がやっとあった。水上の優しい瞳が瞼の裏に焼きつく。

「次にとっとくんも楽しみが増えてええやろ」
「次………?」
「そ、次。残念やけど、今日は流石に帰りの方が遅なるしな。次や次。今度でもええし、来年でもええし。着てくれるんやろ?浴衣。」

なんていう不意打ちだ。徐々に顔に熱が帯びだすのが分かる。熱い。とてつもなく熱い。氷水持ってこいと声を大にして叫びたくなるほど、熱すぎる。

「し、仕方ないなぁ」

目が泳ぐのを自覚しながらも、それだけをなんとか絞り出した。頭の上の重みが消えてもふらふらと揺れる思考がもどかしい。顔を見られたくなくて、水上の話にだって相槌を打ちながらも俯いていた。見えた影はずっとずっと、近い。明らかに私の様子が変だって気づきながらも、それでも突っ込んでこない水上は一体どれだけ分かっているのだろう。水上の表情をまともにみれないから私には真意を図るなんてこと出来ないけど。出来ないけど、これだけは私にも分かる。私達の距離は確実に、さっきよりも縮んでいる。それでも願わずにはいられない。

どうか、どうか夕日のせいにできるうちに、

─── 鎮まれ。


18.8.16