あ、佐鳥だ。

ランク戦をしようとロビーに向かう途中で見知った赤い隊服の友人を見つけた。多くいる同年代の友人の中で跳ねた茶髪を持ち、尚且つ真っ赤な隊服といったら間違いなく佐鳥である。

おーい、佐鳥ー。と上げ掛けた手を寸でのところで止めた。ついでに呼び掛けた声も出る前に引っ込んだ。折角だし驚かしてやろう、などと一瞬のうちに悪戯心が芽生えたからである。

普段から何かとオーバーすぎるリアクションでノリも良いからじゃれあうのは結構好きな部類の佐鳥。が、奴めここ最近広告やらイベントやらと仕事続きでろくに顔も見せなかったんだ。学校でも以下同文。仕事だから仕方のないことだろうけど、お前はいつからアイドル紛いになったんだ図々しい。嵐山さんなら分からなくもないんだけどね嵐山さんなら。図々しいのはそのウザったいテンションだけにしろ。と、後ろから抜足差足忍び足と音を立てないようにそっと忍び寄る。そして真後ろに来たと同時に勢いをつけた両手で奴の両肩を鷲掴みにしながら声を張って驚かせるように叫んだ。

「佐鳥いいいいいい!!!」
「うわああああああ!!!」

期待通りの反応にニマニマが駄々もれである。びくびくしつつギギギとブリキの玩具のように固い姿勢で振り向いてくる佐鳥。ちょっと強く掴みすぎたのだろうか。あ、でもトリオン体だから痛みはないのか。

「あ、なんだ苗字か」
「おっまえはなんだ久し振りだな!」
「いや何そのテンション」

久し振りすぎてちょっとハイになってるけどいつもの事。佐鳥とランク戦ロビーに向かいながらちょっとした雑談を交え向かおうとしたところでふと気づく。今こいつ、私のことなんて言った?

「………………」

じとりと見つめすぎてか、いきなり無言となったからか、いや多分両方。しん、としたところで佐鳥がおいどうしたと言わんばかりに控えめに「苗字?」とまた私を呼ぶ。そう、それだ。

「え、なんでいきなり距離遠くなってんの」
「え、何が」
「だって佐鳥。普段私のこと」

名前で呼んでんじゃん。
そう言った瞬間さぁーと青くなる佐鳥。え、マジでなんなの。この会わなかった数日間にお前に一体何が合ったっていうの。あーそう言えば、と片手を顎にあて考えるポーズをしだす佐鳥。悪いが笑えてくる。全然似合わなすぎて笑えてくる。

「いや、まぁ、苗字なら」

ぶつぶつと何やら思案しだすから私なんて蚊帳の外である。もう一人でランク戦行っていいかな。とか思い始めたところで今度は後ろから「あっれ〜トッキーに名前じゃーん」とか陽気な声を掛けられた。もう誰だよ、なんて振り替えって、再び佐鳥に舞い戻る。二度見はしなかった。

ん?

「どうしよ佐鳥。私、完全に頭がイってしまったのかもしれない」
「それって最初からじゃ、」
「だって!そこに!そこに時枝が居るのに!佐鳥のことトッキーだなんて!時枝はそんな馬鹿げたこと言わないもん!」
「佐鳥の扱い酷くね」

目の前からではなく後ろからの返答を一切耳にいれないで一人プチ混乱していると、あーと唸りながら佐鳥が時枝にアイコンタクトしてるのが見えた。え、何。

「苗字、実は俺達……………」

ごくり、と生唾を飲み込むような神妙な間が続く。そして真剣さの似合わない佐鳥から「実は…」とたっぷり間を置かれ告げられる、というところで時枝の方から「それより二人とも」と声を掛けられた。おいおいトッキー、これからって時になんだい。溜め息をつきたくなりながら「何?」と問い返す前にC級の子達の幾つもの視線に気づいた。

「人の邪魔になってる、場所変えようぜ」




「はぁ!?入れ替わった!!?」

そして所変わって二人の隊室。目の前には冷蔵庫にあったらしいジュースと事の発端である友人二人。うんうんと佐鳥(時枝)と時枝(佐鳥)が同時に頷く。
実は俺達結婚するんだとかではなく、実は達家庭の事情で名字が入れ替わったんだ、でもなく実は入れ替わったらしい。名字がではなく中身が。はぁ?

「う、嘘だぁ。え、何?なんの冗談?あ、そっか今日嘘つきの日じゃんなーんだ」
「ところがどっこい実際起ってることなんだって」
「やめろ!時枝の姿でそんな!やめろ!」
「ごめん苗字。朝起きたらこんな感じで、取り敢えず元に戻るまでお互いの振りをしようって言ってたんだけど」
「まさか呼び方で気づかれるとは……」
「流石佐鳥。ボロが出るのが早かったんだね流石」
「なんでトッキーの話はすぐ信じんだよ!」

だって、ねぇ。と時枝らしい佐鳥と目と目で語っておいた。だって、ねぇ、日頃の行いだ馬鹿野郎。けど、本当に入れ替わってしまったのかなんとも違和感の抜けきれない光景にぱちくりと瞬き。再び可笑しな二人を、出してくれたジュースを飲みながらじとりと凝視していた。見慣れた友人達の筈なのに、佐鳥が落ち着いていて時枝が騒がしいなんて。

「やっぱり可笑しすぎる」

ずずー。

「いやジュース飲みながら言われても」
「ややこしいんだよ!佐鳥一人なら絶対嘘だって疑う余地なしなのに時枝まで絡んでるとなるとマジかってなるなにこれ不思議!!」
「名前のトッキーに寄せる信頼の方が可笑しすぎるだろ!?少しは佐鳥も信用したらどうですか!!」
「だが断る!あ、でも時枝から名前呼びいいね。なんかときめいちゃったワンモアプリーズ」
「佐鳥は!?」
「いやいい。時枝のうちに言ってください」

さぁ、どうぞ。と催促したところで時枝が顔を逸らし佐鳥が吹き出した。


数秒の沈黙の後、やっと納得。
ああ、やはりそういうことですか。と。

「お、お前らな!」

わなわなと震えながらジュースの入ったグラスを握りしめる。やっぱり!やっばりな!分かってた事だけどなんだこの茶番!

ふはー、と一頻り笑い倒した時枝、いや佐鳥に時枝本人が「これって成功かな?苗字どこから信じた?」とか抜かしてきた。信じていなかったんだからどこからでもないよ。いや本当に信じてなかったから。

「トッキーの演技力凄いな!」
「全くだ!」
「いや、ごめん。面白くなってきてつい」
「あんな時枝レアだったなぁ。時枝から見た佐鳥がよく分かったわ」
「えっ。あんななの俺!?」
「似てたなら良かった。で、苗字どこから信じた?」
「てか佐鳥最初もろ素だったろ」
「うっ、あ、あれは仕方ないだろ!不意討ちは!」
「苗字?」
「………名前で呼んでくれたら教えるよ」


4月1日


17.4.18