「え!?嘘だぁ………」

ピコピコハンマーを両手でぎゅっと握り締める私の目の前ではイコさんがひたすらにお好み焼きを焼くと言う、今まさに意味不明な光景が広がっている。

ジューと芳ばしい香りが漂うなか、プシューとなんとも味気ない機械音が隊室の中へと届いた。瞬間籠っていた美味しそうな香りを孕んだ煙が外へと出ていき、少しばかり視界がクリアとなる。ああ煙いけど美味しそうな匂いが、じゅるり。おっと涎が。

「こんちわー、…………なんやええ匂いがして、って何しとるん名前」
「驚愕の真実に打ちひしがれている」
「俺には玩具で空腹を紛らわしているようにしか見えんけどな」

正解。

「と言うかなんでピコハンなんかあるん」
「ここが生駒隊だからとしか言いようがないな!」
「意味分からんわ」
「分かってよ。そして自分とこの持ち物ぐらい把握しててよ」

どっこらせ、とおっさん臭く隣に腰掛けてきた水上に「お、来たか」と目の前のイコさんがまたジューと音をたたせながら鉄板に生地を一枚広げ、ているのをお隣さんの水上が美味しそうに見つめながらもその視線は訝しげだ。

「……………これは聞いてええんか」
「お好きにどうぞ」

ジュー。
イコさん、何枚作る気だろう。確かに食べたいとは言ったけど、あ、隊の分まで作るのかも。それなら納得「もしもし嵐山か?今お好み焼き作っとるんやけどどこ居るん」何枚作る気だろう………。その傍らにはタネが入っているボウルがまだ二つばかりある。




事の発端はほんの数分前に遡る。いや数十分だったかも知れないし一時間前だったかも。「どっちでもええわ」はいそうですね。兎に角そんな前じゃなかったほんの少し前。

「ピコハンだ!」

遊びに訪れていたイコさんの隊室で昔懐かしピコピコハンマーを掘り出した。

「…………だからなんで掘り出してん」

掘り出したピコピコハンマーによりテンションがどんどん上がっていったのでピコピコ鳴らしながらテンションの急上昇をお知らせしたところ、ひょっこりとイコさんもやってきた。

「なんやえらい懐かしいもんだしよったな」
「イコさん!なんでこんなのが隊室にあんの?そりゃゲーム機ならうちの隊室にもあるけどピコハンって!」
「誰が持ってきたかまでは覚えてへんけど、文化祭かなんかで使ったんをそのまま持ってきたとかやったなぁ」

確かそうやったわ。とパコパコ鳴らしながら叩く私のピコハンに対抗するように、イコさんも何故だかもう一つあるピコハンでこれまたパコパコ鳴らす。

「折角やしあいつら来るまで遊ぶか」

そんなイコさんの一言から始り、中々に白熱しだす私とイコさんの叩いて被ってならぬ叩いて避けてジャンケンポン。ふっふっ行きますよイコさん。よっしゃ来いや。などと観客の居ない戦いは十戦まで続き、長きにわたる熱い戦いは最後に勝った方の言うことを負けた方がなんでも聞くという在り来たりな罰ゲームで締めくくりとなった。

「今度は皆でやりたいですね」パコッ
「忘年会とか花見でもええなぁ」ピコッ
「隊長!太刀川さんや三輪くんの頭をピコピコ叩きたいであります!あと出来れば風間さんも!」ピピピー
「苗字ちゃんならいつでも歓迎やねんけどなぁ。あと風間さんはやめとこな」パコパコ
「………イコさんお腹空いてきた」ププーぐぅーープー
「奇遇やな。俺もや」ぐぅーピーー
「なら負けた方が何か作るってのでいいですかね」パフッ
「ええよ、苗字ちゃんなん食べたい?」ピコッ
「え!?私のでいいんですか?」パフパフッ
「ええってええって。可愛い苗字ちゃんの頼みならなんでも作ったる」パコ
「私が負けたら私が作るんですけどね。ならお言葉に甘えてぇ……そだ、お好み焼きがいいです!」ピコン!
「おっ、えらいガッツリいくな」パコパコ
「作れそうですかね」ピピー
「できるできる。鉄板ならあるから後は材料買うてきたらええよ」パフン
「やったぁ!!」パコン!
「あいたっ!」




「てことで作ってくれるとことになって」
「イコさんがノリノリ、と」
「そう!見事な右ストレートだったよ!!」
「いや、そこは聞いてへん」

ガタッと音を発て立ち上がったら落ち着けと椅子に引き戻された。大人しく手の中の物をピコピコと鳴らしながら腰を下ろす。

そう、そうなのだ。ジュージューと何枚も作るほど今のイコさんはお好み焼き職人と化している。嵐山さんや水上達にわざわざ早く来いと連絡を入れるほどだ。簡単な材料しか買ってきていない筈なのに、気づけばいつの間にそんな量を袋に積めたのかというほどあったから恐らくこの時点でノリノリだったんだと思う。しかしイコさん。全員に行き届くとは思うけど多分後半はお肉ないよ。

「メッセ見て来たんじゃないの?」
「いや、…………お、なんやほんまに来とった」
「うわぁ〜水上〜」
「普通見ぃひんでも来るやろ。ここ俺らの隊室やで」

お前が居る方が可笑しいわと悲しいことを鼻で笑いながら言ってくる水上にピコハンで反撃した私は悪くないと思う。

「にしてもなん、あいたッ、なんでお好み焼きや、ちょ、やねん。もっと、おいこら、他にあった、やーろっと!」
ピコピコピコピコピコピコ。
「えー、なんか、ちょっと!イコさん見て、いった!見てたらさぁー、てい!食べたくなっちゃったんだよねぇーっとぅ!」
ピコピコピコピコピコピコ。

幼稚な音が水上の頭を打撃しながら響く。コノヤロウアノヤロウと子供染みた取っ組み合いをする私達のあい中に「できたでー」とほくほく湯気をたたせたお好み焼きが置かれた。

「わぁ美味しそー!」ピコン!
「お前もうそれ終えや。イコさん、タコパならぬオコパでもする気ッスか」
「なん言いよるんやもう始まっとるやん。それかなんや水上、お前俺のお好み焼きが食えへん言うんか」

あ"あ"んとヤクザ宜しくみたいに様になっているイコさんの悪ノリに「いや食いますけど」と水上は若干引気味だ。もしかしたらあの勝敗を決したあの時、イコさんの要らぬスイッチを押してしまったのかもしれない。ピコハン恐ろしいや、とまたピコンと鳴った。

漂う美味しそうな匂いがお腹の虫を刺激して、盛大な音を奏でる。はぁー頂きますイコさん、とピコハンを今度こそ大人しく傍らに置き、水上と共に手を合わせる。ほくほく。香りを乗せた湯気がゆらゆらと揺れている。腹の虫が鳴るほどにお腹を空かせた私にとってはとてつもない豪勢な食事に見えてきて、やはり涎が垂れる。お前の幸せはやっすいなぁと半ば呆れながらも一緒に食べてくれる水上に次の分を既に鉄板に流し込んでいるイコさんを確認しつつ、私は目の前のお好み焼きに箸をつけた。うむ、旨い。もぐもぐと至福の瞬間を噛み締める。その時思い出した。お腹が減りすぎていることと涎が垂れてしまうほどの匂いですっかり忘れていたが、今思い出した。

「はっ!そんなことより!」
「そんなことやけどなんやさっきから」
「お前らそんなことはないやろ」
「いいいいや確かにそんなことではないんだけどー!水上、イコさんが!イコさんが京都出身だって!」
「なんや知らんかったん?」
「知っらねぇよ!普通に大阪みたいな顔してるからずっと大阪出身かと!」
「大阪みたいな顔って何?」

だって、だってさぁ!ノリとかダジャレとか浪速ーって感じで普通に大阪だと思ってたんだもん!抑えきれぬボルテージにバンバン机を叩きながらお好み焼きを口に運ぶことは忘れない。そんな私にもう見向きをせず俺も食っていい?と話を聞く気0の水上はさっさと食べていた。

「お、旨いわぁ」
「知ってるー!」
「そないイコさんが京都とかショックか?」
「ショック、って訳じゃないけど……、どちらかと言うと隠岐君が京都って感じだったから意外で」
「ん?そぉか?」
「そうだよ!」
「苗字ちゃんイコさんはバリバリの京都人やで?京都人やけど浪速に染まってしまった京都人や」
「いや意味分かりまへんから。なら名前、マリオは何処か知っとんの」
「ナメるな!兵庫でしょ!」

その後、イコさんに呼ばれた他のメンバーも集まりわいわい騒ぎながら大量に焼かれたお好み焼きが綺麗に完食された。なんだかイコさんもやりきったように誇らしげだ。よかったねイコさん。

「オコパもええなぁ」
「今度はタコパとオコパのコラボですね!」
「お前は程々にしときぃ」

今日も今日とて生駒隊は平和です。


17.5.28
危うく冒頭の「驚愕の真実に打ちひしがれている」部分を取りこぼすところでした。あっぶねぇ。