がやがや。ざわざわ。騒がしい群集の中で、少女は確かに魅入っていた。画面越しに写る浮き世離れした光景を、ただただ食い入るように眺めては一つ、吐息。

「はぁ………」

赤い、赤い、花びらが舞っているようだった。




時はそれより数日前のこと。

「んー」

唸り声を上げるのは、笑ってはいるものの若干苦い顔を作っている若い男の人で、名前は確かたつ、たつなんとかさん。だったと思う。お姉ちゃんがそう呼んでいた。

「変わったサイドエフェクトだねー」

そう言った目の前の男の人がニコニコと、それでいて器用に難しい表情を作りながら紙と私を、と言うより横に居る姉を交互に見ている。果てしなく帰りたい。いや、消えたい。

「タッティー、やっぱそれだったの?うちの妹」
「はい。可能性は有るかと」

目の前の男の人の名前をうんうん思い出そうとしても結局分からなかった。たつ、なんとかさん。お姉ちゃんも最初の挨拶以外あだ名だったし。でもまぁ、これから先会うなんてこと無いだろうし知らなくても大丈夫かな。ここボーダーだし。

そう、ここはあのボーダー本部。私のお姉ちゃんは町の平和を守る正義のヒーローなのだ。えっへん。だから、此処にいきなり連れてこられた時は流石に驚いた。いや、驚いたなんてレベルじゃない。途中まで同伴していた同じくボーダーに所属している幼馴染みにべったりひっ掴んでいるぐらい怖かった。

「いやいやいやいやいや意味分かんない帰る、帰る!一人でも帰る!」「ふっざけてんじゃないわよ!ちゃんと調べてみなきゃわかんないでしょ!なんなのか分かんなきゃお姉ちゃん心配で夜も眠れないのよ!」「連日爆睡してる人が何言ってんの!?」「まーくん!!その馬鹿ちゃんと取り押さえといてよ!」「まあああああくうううううんんん!!!」「あ″あ″あ″あ″あ″うっせぇぇ!」

そう、そうなのだ。元を辿れば原因は私にある。そのあと容赦なく診察所みたいな所に放り込まれたけど。任務があるとか言って悪魔(実姉)と一緒に置いていかれたけど。原因は私にあるのだ。でも、でもね、切実に帰りたいです。ぐすん。

「昔から?」
「そうそう昔から」

物思いに耽っていたら話がどんどん進んでいたみたいで、診察結果からこれからのことにまで駆け足で追い付かない。ちょっと待って。当事者を置いていかないで。

「夜桜さんはやっぱり、この子ボーダーに入れたいって思ってるの?」
「私は入れた方が良いとは思うんだけどねぇー」
「えっ!?」

はっ。気づいた時には遅く、思ったよりも大きな声が飛び出たようで自分でも驚く。慌てて手で口を塞ぐが男の人とお姉ちゃんの視線は私に向かっていて、視線を反らしたのは私の方だ。

「………ご不満のようね」

うっ。妹は姉には逆らえない。絶対零度の地声が背筋へ冷たい雫を一筋、たらりとたらしていく。何を言ったところで自論で言いくるめられるのが落ちだ。そんなの分かっている。分かって、いるんだけど。塞いでいた口元からそっと手を退かした。

「わ、わた、し………には、無理だよ。お姉ちゃんみ、みたいに、戦うなんてこと………」

ボーダーに入る、ということはつまりはそう言うことでしょ?詳しくは知らない、けど。前線に立って戦うなんてそんな、そんなこと、どんな武器を持っていたって私がやるんじゃ結果なんて見えてる。無意味なことをする意味なんて全然ない。言わなきゃ。流されちゃ駄目だ。ちゃんと自分の口から言わなきゃ。そう思えば思うほど喉の奥底に引っ付いて中々上手く発声できない。たどたどしくやっと紡いだ言葉はまるで幼児だった。

「できる、わけ………」
「名前、そんなのやってみないことには「夜桜さん」タッティー………」

また途切れた。その時、何か言いかけたお姉ちゃんを男の人が遮って止めた。静かに首を振り、煮え返らない表情のお姉ちゃんを嗜めているようだった。それでも来たくない場所に無理矢理連れてこられて、あまつさえ入れと言われているような、そんな状況にふるふると震えた。

「むっ「ゲコ」………り」

「あ」「ぇ」

目の前にはぴょこん、と華麗なるジャンピングで突然姿を現した真緑の物体。その突然の登場にもそうだけどあのくりっくりな丸く細長い眼を目の前に、頭の頂点まで昂っていた思考が一気に真っ白になる。スーッと血の気が引いていくあの感覚。今、私の膝に居座り喉を鳴らすは、緑色の悪魔だ。

そいつはもう一度、ゲコと上下した。

「か、」「あ、ぴょん助駄目だろー、勝手に出てきちゃ。また怒られちゃうよ」「………やばい」「え?夜桜さん、なにがっ」「か、かかか、蛙うううううううううう!!!!!」「名前!」

もう我慢の限界だった、ってのも確かにあるのかも知れない。けど断言できることが一つだけ。それは九割がたの原因はこの緑色の悪魔にあるってことで、苦手なものを目の前になりふりなんて構っていられず大声を出して飛び出した。後ろから慌てたようなお姉ちゃんの呼び止める声が聞こえてきたけど、今の私にはそれを気にする余裕なんて勿論無い。更に一度悪い方へ気持ちが傾いてしまえば望まずともそれは悪循環へと続いてしまうようで、知らない人がいっぱい居る此処も恐怖に拍車を掛け、怖くて怖くて、気づけばボーダー本部の外を走っていた。




「あ、あれ………?」

ふぅ、ここまで来れば大丈夫か、なんて暢気なことが言えないところまで来ていた。振り返れば怖がっていたボーダーの本部はほんの少し小さくなっていた。流石に出過ぎだと冷静になった頭は冷や汗をかきだす。無我夢中に走りすぎて外に出たことすら気づかなかった、なんて。あの後、お姉ちゃんと診察をしてくれた男の人はどうしたんだろう。というか怒ってはいないだろうか………。あ、やだ。怖くなってきた。戻るべきか、そのままとんずらしていいのか。自分にとっては死活問題だ。そんなくだらないことをうんうん悩んでいた。

だから気づけなかった。いや、気づくべきだったんだ。ここがどんなに危険な場所か。いくら頭が真っ白になっていたからって忘れてはいけなかったのに。



≪ウウーーーーーーー≫



「!!」

けたたましい警報と頭上を覆いつくす影に、いとも容易く上がった息がひきつった。ゆらり、揺れるのは白い怪物。見たことある、あの日の怪物。


視認するも遅く、衝撃が襲う。


18.5.10