妹が飛び出して行ってしまった扉が元の位置に戻っていくのを呆然と眺めていた。伸ばされた手は行く宛もなく無情に宙に浮く。

自分には無理だと、弱々しく発せられたその消極的な言葉が不満ではなく不安なのだと知らしめる。あー、少し圧を掛けすぎたかもしれない。後悔も反省も時既に遅し。もう妹の姿は扉を隔てた向う側、更にずっとずっと先へと遠退いているに違いない。

「ふ〜ん。随分と真逆な妹さんだね」
「あ〜〜名前〜〜」

ごめんって!そう叫んでも当人に聞こえてる筈もなければ口から漏れるのは情けない声ばかり。

しかし、そう落ち込んでばかりもいられない。追いかけようと身構える私に「あの子の意志も尊重してあげましょうよ」だとか、「いつもあんな怖い顔で強要してるんですか?」だとかお節介なお小言をつらつらと並べるタッティーをどうにか振り解いて一刻も早く名前のもとへ行かねば。てか怖い顔ってなによ失礼しちゃうわ。

「そんなんだから妹さん泣いちゃうんですよ」
「わかってる!分かっているから早く名前のとこ行かせてよ!」
「いや、今行っても余計泣くんじゃ……」
「タッティー、酷い!」

今はそっとしておいて日を改めようと尤もな意見を述べては手を離してくれない。ええい!離せ!そんな取っ組みあいの言い合いの最中だった。聞き慣れた警鐘が鳴り響いたのは。




警戒区域で一般人を保護した、と連絡が入ったのはサイレンが鳴ってから直ぐのことだった。そう、揉みくちゃの言い合いをしている最中に。お前ら何やってんだよ!と怒声と共に入ってきた逆さまプリン先輩によって知らされたのだ。そのまま仲裁に入るのかと思えば名前を呼ばれた。それも怒った声音のまま呼ばれたから思わず「うぇえい!」とか変な声が出た。普通に恥ずかしい。なに、なに今の??としつこく聞いてくるタッティーのお菓子を後で食べようと決めて、逆さまプリン先輩こと諏訪さんへ掛け声とともに条件反射で直立不動となった体勢のまま聞く姿勢に入れば、やっとまともに視界にとらえた諏訪さんは言いにくそうに顔を顰めていた。え、なんですか。呼んだの諏訪さんですよね。右往左往とせわしなく視線をキョロキョロとしたのち、渋い顔のまま「夜桜って妹居るか?」と聞かれてしまえばサァーと血の気も引くもので。それって遠回しにお前の妹らしき奴が警戒区域で近界民に襲われてたらしいぞ、ってことですか。だって最初に言ってたものね、一般人を保護したって。え、それって名前なの?名前は大丈夫なの?生きてる?

「ほ、保護した一般人って、」
「小学生ぐらいの女の子、らしいが」
「………………………………。」
「名前とか言ってたんですか?」
「夜桜名前、だと。だから確認のためにこいつ探してたんだよ」
「………………………………。」
「おーい、夜桜さーん?」
「名前ーーーーー!!!!」

滅茶苦茶走った。




「名前ーーーーー!!!!」
「え?え?」

妹が診察室を脱走したのは私のせいだ。そうでなくても近界民に襲われたなんて聞けば心配だってするのは当たり前だ。スパァン!耳に優しくない音を響かせながら開け放たれたその向う側に赤い集団が見えた。驚いたように一様にこちらへ顔を向けている。その集団の中にベッドに身を預けている妹の姿を捉え、私は周りの目なんて気にせず形振り構わずに妹のもとへと直進する。後ろから「ありえない、あんな走るなんて」と一拍遅れてやっと追い付いた、息も絶え絶えなタッティーと諏訪さんの言葉が聞こえるけど妹の一大事に悠長にしているほど落ちぶれていないぞ私は。

「名前ー!無事!?な、なによこれ!傷だらけじゃない!」
「お、お姉ちゃん落ち着いて……」

おのれ近界民!と怒り心頭のところではたと気付く。赤い集団が同級生の嵐山率いる嵐山隊であることに。その後やっと落ち着きを取り戻し、嵐山隊が名前を保護したのだと聞かされた。その後の任務続行は一緒の時間に任務に入っていた影浦隊と佐鳥に任せてきたのだと言う。おおーありがとなぁ嵐山ぁー。

「夜桜の妹だったのか、間に合って良かったよ」
「嵐山ぁー、ホントありがとなぁ」

ざっと見た感じ大怪我と言うわけではなさそうだ。膝や肘と間接部分に手当てが施されているが他は細々とした傷ばかりで目立った外傷はない。そこでほっと一息つく。

「それにしても、なんであんな所に居たんだ?駄目だろ?あそこは危険な場所なんだぞ」

まるで小さい子にめっ、と言うように優しくだが諭すように注意する嵐山の言葉に妹ではなく私の方が萎縮してしまう。そうです、私が原因なんです。分かってる。ちゃんと分かってるからそんなあーあって顔しないでタッティー。精神的ダメージの矢がぐさぐさ刺さってるから!串刺しだから!

「す、すみません」

それでも素直におずおずと謝罪を口にする名前。そんな妹を思わずぎゅっと抱き締め「私が悪かったんだあああああ!!責めるなら私を責めてえええええ!!」事情を知らないタッティー以外の面子が吃驚するぐらい、いや吃驚してたけどどっちかって言うと最終的にドン引きしてた。諏訪さんが。取り敢えず、色々とごちゃごちゃした気持ちが爆発してしまい、我に返った嵐山が宥めるまで名前を抱き締めたまま思いっきり泣き叫びました。

「落ち着いたか?」
「ごめんなさい」

爆発するのも突然なら沈静するのも早かった。早かった、けど、うんどれぐらい経ったかな。未だえぐえぐと喉は引きつっている。子供にするように頭を撫でてくる嵐山にもう大丈夫だと伝え、心配したように見つめてくる名前に再度ごめんねと重ねた。大丈夫ですかと聞いてきた、若干空気になっていた時枝にも軽く笑って済ませた。約二名、呆れと嘲笑が見えたがスルーさせてもらう。あいつらこそ空気になってしまえ。

「それで夜桜、」

私が落ち着いたのを見計らい話を切り出す嵐山。空気を読める男はやはり違うな。垂れそうな鼻水が落ちないようずずーと吸い込みながらそんなことを思う。そんな時だ、話に聞き耳をたててなきゃいけないのに名前の様子に気を取られたのは。なんだか、何かを気にしている、ような?目線の先には嵐山。ん?

「おーい、夜桜?聞いてるか??」
「うわぁ!ごめん、なんだっけ」
「だからな、妹さんのことで………。取り決めで近界民についての記憶を削除しなくちゃいけないだろ?怖い思いもしたんだし、」
「ちょちょちょ、嵐山ちょっと待ってぇ?」
「ん?なんだ??夜桜」
「その前にやんなきゃいけないことがあるの!」
「また無茶を……」
「やる前から諦めるのは良くない!そうでしょ!」

タッティーの横槍を無視し、名前へと向き直る。あっぶなぁ。そうだった、一応名前は保護扱いだった。怖い思いを取り除いてあげたいけど、これは謂わばチャンスなんじゃない?それとこれとでは話が別なのだ。

「いい案があるわ」
「復活早い」
「知ってる?経験って言葉」
「ひぇ」


18.6.14