昔から何をやってもダメダメな地味な子だった。挙げ句の果てに存在感というものまで皆無である。それに反してお姉ちゃんはいつも周りの中心にいるような人で、そこに現れるだけで皆が皆盛り上がる。ムードメーカー?っていうのかな。いつも自分に素直で、羨ましかった。憧れだった。お姉ちゃんが。大好きで、大好きで、憧れで、そして目標だった。こうなりたいという煙を掴むような曖昧な願望。なれないと分かっていながら、なりたいと望んだ。そう、望むだけ。私は何も変わらない。

誰にも気づいてもらえずに泣いていたのはいつの頃だったっけ。声を掛けても、目の前に立ってても、ついさっきお喋りをしていた友達さえも、みんなみーんな知らんぷり。その度にまーくんが見つけてくれて、不器用に頭を撫でてくれたっけ。撫でる、というより髪を雑に掻き乱されただけだったけど……。でもまさか、あの現象がボーダーの言う『サイドエフェクト』とか訳の分からないもののせいだったなんて。私はどうしたらいいんだろ。

あの第一次近界民侵攻が起こって直ぐに、お姉ちゃんがボーダーという組織に入っていたことを知った。死ぬかもしれない。そんな日常とはかけ離れた怖い思いをしてさらにはそんな事実を告げられれば、ない頭でも混乱するわけで。なんでそんな処に行こうと思ったのか、私には理解できなかった。

「名前、名前はどうしたい?」

一番最初にお姉ちゃんに問われた、三年も前の言葉。今はあの問いはなんだったのかって問い詰めたいぐらいの状況だけど、幾ら急かされてもあの答えはまだ出てこない。私は、私は───



「名前?どうした?なんか顔色悪いけど、」
「………ぇ」
「まさか傷が痛むの!?」
「ち、違う違う!その、大丈夫だから。ちょっと考え事してただけで……」
「………そう?ならいいけど」

心配をかけまいと無意味な笑みを張り付けて、やっと抜け出した医務室から帰宅を促す。不気味な笑みを浮かべて提示してきた“提案”がなんなのかいまいち分からないけど、兎に角今は家に帰りたい。この非現実から一刻も早く、抜け出したかった。



───お姉ちゃん。私はやっぱり怖いよ。立ち尽くしているだけなのに、それだだけでも精一杯で、もう一歩の勇気が出てこない。



「あ」
「え、なに」

溢しそうになった溜め息を飲み込んだその時、お姉ちゃんが変な声をあげて立ち止まった。目線の先には青いジャージの男の人。



☆ ☆ ☆



「じーんーくぅーん」間延びした声が足を止めさせた。ふと見えた光景に意識をもっていかれていたからだろう、こちらは読み遅れて気づけば真後ろに立たれている状態だ。まぁ、流石の俺でも全てを見れるわけじゃないのは百も承知だが何故ここを読めなかったんだと逃げの体勢に入りそうになる身体をぐっと力を込めて抑える。今は会いたくなかった。もしくは後数時間だけでも、いや三十分だけでも猶予があればなどと思考が逃げに走る。何が言いたいかっていうと、ようは逃げ遅れたんだ。こいつに。

「なんだよ、桃夏。随分とご機嫌じゃん」
「なんか引き吊ってるけど、何?お呼びじゃない感じですかぁ?」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「顔が言ってる」
「ごめんって」

まぁいいかと手元に常備しているぼんち揚を少し上げぼんち揚食う?と聞けば貰う〜と緩い言葉が返ってくる。よしよし。この様子だとまだ見てないな。むしゃむしゃと咀嚼しながら指についたかすを舐めとるのを眺めた後に自分もとぼんち揚を一枚摘まむ。口に運ぼうと上げ掛けたそのタイミングでねぇ、と一拍置いて低い声が制止させる。「ねぇ、悠一。全く関係ない話なんだけど。玉狛に置いてあった私のプリンが無くなってたんだよね。期間限定のやつ。何か知らない?」あ、やっぱ駄目だった。見た後だった。

「後で買ってきます」
「当たり前です」
「すみませんでした」

素直に謝ったところで全く、と言ってもう一枚ぼんち揚を掻っ払う桃夏。しかし、それは桃夏の口に運ばれることなく流れるように隣の人物へと移った。って、え?

「桃夏、その子は……」
「んん?ああ、妹だよ。妹の名前」
「妹、ちゃん………」

全く気づかなかった。隣の人物は桃夏の妹らしい。桃夏より随分と背の低い、小柄な子だった。最初は小柄だから気づかなかったのかと思ったが、よくよく見てみればそうではないことに直ぐに気がついた。そこに居ると認識した今でも、意識がその子から削がれていくのだ。そこに居るのにそこに居ない。脳が勝手にそう判断しているような錯覚。じっと見据えた先で妹ちゃんが居たたまれなさそうに身動(ミジロ)いだ。

「ちょっと悠一。何名前に喧嘩売ってんの」
「え″、いやそんなつもりはなかったんだけど……。そう見えたならごめんなぁ」
「違うなら良いけどさぁ」
「そう言えば、桃夏が本部に居るなんて珍しいな。何かあったのか?」
「あ、そうそう。それで悠一に話があったんだ」
「なくっても声は掛けてね」
「何?寂しいの?」
「そういうことは態々聞かないの」

ここで遭遇したのは偶然なんだろうが、ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべてくるものだから故意に悪戯でも仕掛けるために待伏せされていたような気さえおきる。しかし、さっきも言った通り桃夏が本部に居ること事態珍しいケースなのは俺も知っている。多分だけど妹ちゃん絡みだろう。

一人でそう解釈していると、さらりとなんでも無いかのように本題らしいそれをぶっ込んできた。

「暫く玉狛には来れないから宜しくね」



………………………………ん?



一瞬なんか合っただろうかと考査するも学校でもボーダーでも、勿論未来視でもこれといった用件が見当たらない。

「え″。……なんでだよ」
「名前の練習に付き合うから」
「「え?」」

妹ちゃんと声が重なった。ちょっと待て、本人も吃驚しているぞ。そんなこともお構いなしに何度も言わすなと偉そうふんぞり返るのは事の元凶。ちょっとこいつ殴ってもいいかな。

「だぁーかぁーらぁー。名前の練習見るために本部に入り浸る予定だから玉狛には来れないって、あー後でボスとレイジさんにも言っとかなきゃな……。あれ?それじゃ悠一には言わなくても良かったんだ。ごめん今のなし」
「待て待て待て。何一人で自己完結させてんの」
「ちゃんと任務には出るよ」
「そういう問題じゃない!」

もう一度言うぞ。そういう問題じゃないだろ!


18.7.12