side.井浦

井浦先輩へ、と可愛らしい字で書かれていた。


朝、なんの変哲もないいつも通りの朝。下駄箱を開けたら見慣れぬ紙が入っていた。紙と言うか封筒。いや便箋か。可愛らしい薄い桜色の便箋で、見慣れないがここ数回目撃している。場所は俺の下駄箱。普通だったら下駄箱に可愛い便箋ってあれだろ?とか考えてドキドキしちゃうんだろうけど、俺は違う。見つけた瞬間はドキッてしちゃうんだけど、俺はこれが俺宛じゃないことを知っている。どうせ須田だろー。俺の下の下駄箱の持ち主の須田だろー。はいはい間違えてますよ、と今回も親切に須田の下駄箱に入れ直してやる。俺ってなんて優しいんだろう。感謝しろよ須田。あいつは絶対ありがとうとか言わないけど。




「井浦、俺のとこにお前宛のやつ来てたんだけど」


え。


そう言ってはい、と手渡してくる須田の手には見覚えのある薄い桜色の便箋が。え。と再び止まる思考。それはさっきのあれだろ?と理解するも未だ追い付かない。だってさ、だってさぁー。そんな自問自答のような言葉ばかりが脳内をぐるぐる回っていて、十数分前の自分の行動を思い起こさせるもやっぱり追い付かない。

硬直する俺を不審に思ってか再びはい、と目前にちらつかせてくる須田。今度はずいと身を乗り出して半ば押し付ける感じで。押し付けられたそれを呆然としながらもなんとか手元に落ち着かせる。が、脳内停止は継続中だった。

「これ、須田のじゃ………」

やっとこさ出てきた言葉は頼り無さげで、普段の俺からは想像もつかないんじゃないかってぐらい弱かったと思う。そんな俺にきょとん、と首を傾げる須田。とうとうはぁ?と表情が歪んだ。

「はぁ?」

あ、ちょっと待って。マジで言ってた。

「お前なぁ、ちゃんとここ見てみろよ」

溜め息でも溢しそうな呆れ顔のままほら、と手渡してきた便箋を裏返させ見せてきたのは可愛らしい字で書かれた「須田先輩へ」、などではなく。

「ここに井浦先輩へって書いてあんじゃん」


は、


「え」
「ほらな」
「マジか」
「よかったな井浦」
「マジかああああああああ!!!!」
「井浦五月蝿い」

なんと俺宛だったらしい。

内容を理解した途端カチリと動き出す俺の頭。いぃやったああぁぁああああああ!!!と歓喜の雄叫びでも上げそうな勢いだったがなんとか心の中に留めた。誰か誉めてくれ!一部漏れたが一部だけだ!!

「おーい井浦ー?」

しかしどうしたらいい!?ラブレターですよラブレター!!ええーどうしよー!あ!!?ちょっと待てよ。これ呪いの手紙とかじゃないよね!!?いんやそれでも嬉しい女の子からの手紙とか!!!!ここで単純な奴だとか、現金な奴だとか思わないで欲しい。今までこんなことって、こんな、はっ!

「井浦ー?おーい井浦ー?そろそろいいかー??」

いやいや喜ぶのはまだ早いぞ俺。歓喜のあまり跳び跳ねそうだったがまずは落ち着くんだ俺。深呼吸。深呼吸。トラップということも無きにしもあらず。前にも合ったじゃないか!井浦くんへと書かれた便箋の中が須田宛だったっていうなんとも言えないトラップが合ったじゃないか!忘れたのかいや忘れてない。二度目はないからな。ここは落ち着けぇー。落ち着いてぇー俺ぇー。慎重に、心乱さず。よし。

「あ、開けるぞ」
「やっと戻ったか」

ふー、と浮き足立ちそうな心を沈め、静かに中のものを取り出す。もうこの際ニヤニヤ顔で覗き込んでくる須田のことなど構うものか。好きにしてくれ!

もう一つ、息を吐き出す。

俺の顔はきっと、真っ赤だったと思う。

落ち着け、と唱えてもやっぱりドキドキと高鳴る鼓動を抑えることなんて出来なくて。ぴらり、ドキドキと煩い自分の鼓動を感じなから一つ折り畳まれた紙を広げる。まっさらな薄い桜色の中にぽつんと一つ。


んーー?


一文だけのそれが目に飛び込んできた。


────────


好きです。


────────


「……………。」
「……………。」

二人して固まったのは言うまでもない。

「え、は、えぇ?こ、これだけ?」
「すごい簡潔だな」
「参考までに聞きたいんだけど、須田のいつも貰うラブレターって一文だけなの」
「まさか。気持ちだけを伝えたかったのーとかはあるけど大体は『今日の放課後〜〜で待ってます!』とかだよ。普通は。多分。」
「だ、だよなぁ〜。あー焦った。俺が変なのかと思った」
「この手紙の内容は変わらないけどな」
「………これはあれなの?気持ちだけを伝えたかったっていう、それなの?え、それだけなの?」
「まぁまぁ井浦。元気だせって」

あんなにもはしゃいでいたテンションが嘘のように波が引いていく。いや、嬉しいのは変わらないんだけど、なんというか突然現実に引き戻された。そんな感じである。

「この子は俺と付き合いたくないの?」
「何その上から目線」
「違う!そうじゃない!」
「そんな風にしか聞こえなかった」
「俺は彼女が欲しい!」
「いっそ清々しいな」

友達が冷たくて辛い。やはりモテる奴とは馴れ合えないらしい。あれ?俺の周りモテる奴しかいなくない?あれれ??

「あ、ほら、名前!まだ名前見てないだろ」
「そんな、これだけしか書いてないのに名前なんて」
「どっかに書いてあるだろ多分。名前が分かればどこの子のクラスが分かるし多分。先輩って書いてあるぐらいだから一年か二年だろ?多分。後輩彼女とか羨ましいなヒューヒュー」
「多分多分うるさっ!」
「クラスが分かれば聞きに行けばいいだろ」
「え″、俺から聞きに行くの!?」
「解決策はそれしかない。もやもやしてるよりいいだろ」
「須田、男前ぇ……」
「ありがとう」

な、名前あるのか?たった一文なのに。

別の意味でドキドキしだした心中を無視しながら、一文しかない薄い桜色の紙に目線を落とす。そこにはやっぱりその一文しかなくて、では封筒の方か?とそちらに意識を向ける、と俺の名前とは違う面。つまりは裏返した開ける方の右下に知らない名前を見つけた。おお!と喜びも束の間。再び俺の頭の中は真っ白になった。え?何でかって?それは、その名前が、よく知っているものだったからだよ。



仙石名前



……………………………………………。



「仙石さんに弄ばれた!」


18.2.11
続きます。