悪友からの宣告


「私、自隊作ろうと思う」

唐突に、突然に、そんなことを宣言された。
間抜けにも言葉は出ず、ビール缶片手に硬直する。言いたいことは色々とあったがまず言葉が音として出てこなかった。
自身の手の中で揺れるそのグラスに入った液体を眺めながら、夢うつつにうとうとと小舟を漕ぎだすそいつは俺の変化に気づく様子は見られない。かと思えばふと伏せられていた目が此方を捉える。
動揺してかは知らない。一瞬、変に力がこもってしまい嫌に耳に響いてしまった缶の凹む音。しかしそれも本当に一瞬のことで、次に鼓膜を占領したのは女の噴き出す笑い声だった。失礼にも腹を抱えケラケラと笑い出すそいつ。そう、その女。
名を牡丹道紅香といい、幼馴染みであり腐れ縁であり、切っても切れない縁のようなものを感じている。最終的に一つの言葉で俺と紅香の関係を言い表すならば『悪友』、それがしっくりくる。そんな関係。

「は?ぇ、お前が?」
「なによ〜何か文句でもあるわけー〜」

紅潮した頬でぶらんぶらんと危ない揺らし方をしだす手のそれを、溢れんだろ馬鹿!と言いながら取り上げた。紅香は酒が入るといつもこうなる。いつも、と言うのには多少語弊が入るがいつも、毎回、呑む度にこうなる。呑む頻度はそう多い訳ではない。こいつが呑む時、それは祝い事があるときだ。




初めて俺と紅香が酒を口にしたのは高校入学の前日のことだった。いやお前ら未成年だろとかそういうツッコミはいい。イケナイコトに魅力を感じてしまう、そんな年頃だった上に勧めてきたのが今現在目の前に居る酔っぱらいの兄貴ならば断る理由も無い。世の中そんなもんだ。

高校入学おめでとう!と目の前に出された二つのお猪口に注がれた日本酒と腐れ縁の兄貴である牡丹道月(アカリ)さんを交互に見て、最終的に紅香と二人して顔を見合わせた。マジかこの人、と。言葉にすることは無い視線と視線での会話。駄目なことだとは分かってはいるが好奇心に忠実な俺の喉はごくりと音を鳴らす。一方で、それに反して紅香は鼻を摘み眉をハチの字に変え眉間に皺を作るとくぐもった声で臭いと言い放つ。その言葉にぴしりと効果音が付きそうなほど固まる兄、月さん。

は?

そんな声が聞こえた気がした。

「お前何言ってんの」
「え、だって臭いんだもん。何この匂い?鼻に残って気持ち悪いんだけど」
「おま、」
「ねぇ慶もお酒初めてでしょ。臭わないの?もしかして既に飲んだくれて慣れてるとかじゃないよね?」
「いやいやこんだけ離れてんのに酒の匂いとか解かんねぇから」
「はぁー、入学祝いに飲ませてやろうという兄のはからいをお前と言う奴は」
「その前に未成年に勧めてくんな」
「お前らもう高校生なんだろう?もう大人じゃねぇか。大人の階段登んじゃねぇか」
「おいバカ兄」

紅香はまだまだ餓鬼だなぁ、と月さんは言い放つとお猪口を一つ持ち、俺の目の前まで持ってきた。慶は飲むだろ?と、隣からの視線が痛いが正直飲んでみたいという欲の方が断然強く俺はそのお猪口を受け取った。

「忍田さんにバレても知らないから」

処刑宣告ともとれる発言は右から左にスルーし、喉に流し込んだ初めての酒は紅香が飲む前から言っていた通り苦く、これが大人の味なのかと感嘆したことはこれから先忘れることは無いのだろう。ついでに言ってしまえば処刑宣告ともとれる発言をした直後、顔を青くした月さんの手によって手付かずだったもう一つのお猪口を器用に片手で取り押さえた紅香の口にお前も共犯だと言いながら流し込む絵面も忘れないだろう。

流し込まれ、そのたった一杯で潰れた紅香を横に俺は月さんにもう一杯注いでもらい、改めて二人で乾杯したそんな日。紅香が酒に激しく弱いとわかったそんな日。




それから約二年の月日が流れたそんなある日。

酒が弱いあいつからの珍しすぎる誘い。あの日から片手で足りるぐらいの回数の誘いは必ず宣誓なるものがあったが、今回は前よりも驚く宣告だった。

『自隊』を作る。当たり前のように聞き流してしまいそうなその内容は、発言者によって耳を疑ってしまう程驚愕のものへと姿を変えた。何故なら、俺達が所属するボーダーという防衛機関にチーム制なるものができてからかなりの年月が経つが、紅香はどこの隊に所属することもなく一匹狼だったからだ。そんな奴が何故今になって群れをなすと言うのか。疑問しか浮かび上がらなかった。

「な、にお前、突然過ぎて吃驚なんだけど」

紅香から取り上げた飲みかけのビールを机に置きながら隠し切れない動揺は何処にも置き去りに出来ずに声音から駄々漏れだ。しかし、究極的に酒に弱いこいつは完全に酔っ払っているので俺のそんな様子は諭されること無く、結果として見過ごされているらしいのでまぁいいか。

「ぅーん、そん、っなにへん?」
「変。つーか不思議。一体どんな心境の変化なわけ」

俺から取り上げられたせいで手持ち無沙汰になってしまった為か、虚ろな目で辺りを右往左往と視線を彷徨わせるとゴトンと盛大な音を出しながら机と挨拶しだした。呻き声から察するに相当痛かったようだ。本当に酒に弱いなお前。挨拶間近にビール缶とグラスを避けといて良かったと内心ホッとしながら空になった自分のグラスにビールを注ぎ、先を促せば未だ机とキスしながらだってさぁとまたくぐもった声が聞こえてくる。

「あんたもさぁー、いじゅみきゅんとったじゃーん」
「かなり前だけどな」
「バカもバカなりにたいちょーなんかしちゃってさぁー」
「バカは余計だろバァカ」
「そしたらしのださんにさぁ…」

忍田さん。

その名前が紅香から出た途端、グイッと傾けていたグラスが意図も簡単に止まる。忍田さん、忍田さん。こいつの口からその名前が出てこない日はない。だからどうってことは無いのだが、案の定出てきて、酒の手が止まってしまった。

「なんか言われたの」

思ったよりも低い声が出てしまった。あっけらかんと笑いジョークのように聞くつもりがここで素が出てきたしまった事は失態だ。誤魔化すように酒をグビグビ喉に流し込めば相変わらず苦くて、顔が赤くなる。紅香は特に気にした様子もなくいやね、と言葉を区切り酔った頭で必死に話を伝えようとしているようだ。

俺と紅香は物心つく前からの付き合いだ。そうでなくったって、こいつは単純な性格をしているから大抵のやつは知っている。こいつは誰かの下、もっと言えば自分よりも格下の奴の下につくことを極端に嫌う。自分の短所すら隠そうとしないやつだから、会ってたった数日のやつでも気づくことだ。実力がありながらその宝を手持ち無沙汰にしていたのは紛れもなくこいつのせいなんだ。一匹狼でもないのに、誰かとつるむことを嫌うやつでもないのに、ことさら集団行動という括りに入ってしまえば反発精神からなのか嫌がる。何年も幼馴染みをやってきているが本当に面倒な性格をしていると思うよ。

「で、忍田さんに相談したら自隊作ればいいじゃん?となったと。」

うんうんと眠たげに、あるいは本当にコックリいっているであろう首ががっくんがっくん言っている。なんというか、ああ、長い溜息が出てきそうだ。主に呆れの。取り敢えず一言言わせてほしい。

「馬鹿なのお前?」

そんな幼馴染の遠回りな答えを宣告された、18のそんな夜の出来事だった。

16.5.28
未成年の飲酒を推奨してる訳ではありません!決して!でも太刀川やってそうだなぁっていう勝手な想像なだけです。

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