アイスエクストラショットカフェアメリカーノ






 仕事が続かない人間だった。最短だと三日。向いてないので辞めます。そう言って辞めた気がする。
 別に、仕事をしなくても生きてるだけで偉くない?なんて思うこともあったが、残念なことに、人間は仕事をしてお金を貰わないと生きていけない。
 ベッドでうだうだしながら、ネットで見つけたアットホームな職場!初心者大歓迎!ノルマなし!高収入!そんな謳い文句の求人。そんな高待遇な仕事あるか。そう思ったが、出来ることなら楽に稼ぎたいし、人間関係で面倒ないざこざが起こるのも避けたい。
 合わなければ辞めてしまえば良い。ニートをしてるよりはマシ。そう思って、わたしはその求人に安易に応募をしてしまった。
 まあそんな都合の良い求人、裏があるわけで。結果的に言ってしまうと、そこは犯罪組織だったわけである。



「オイ、なまえ〜。」
「…なんですか。」
「これ頼んでたヤツと違ぇんだけど。オマエはこんな簡単なおつかいも出来ねぇのかよ。」
「すみません。」

 三途さんはコンビニのビニール袋からコーヒーの缶を取り出し、プルタブを開けると一気にそれを飲み干した。これじゃねぇんだよなぁと、小言付きで。
 コーヒー買ってこい。そう言ったのは三途さんだ。メーカーにこだわりがあるのならば最初から指定してほしい。コーヒーを飲まないわたしからすれば違いなんて砂糖が入っているかいないかくらいしかわからないのだから。
 わたしは荒れに荒れた心の内をすみませんの一言で片付けた。

「ほんと、使えねぇなぁ。」
「すみません…。」

 だったら自分で買いに行けよ。そんなこと言えるはずもなく、わたしは眉間に皺を寄せ、自分の仕事に取り掛かった。
 梵天、日本最大の犯罪組織。
 楽な方へ楽な方へと逃げてきた結果がこれだ。残念なことに、わたしは犯罪組織の一員になってしまった。
 そんな高待遇な仕事あるか。どうしてそう思ったとき、踏み留まらなかったのだろう。おかしいとわかっていたじゃないか。あのとき、別の仕事を探していれば、犯罪の片棒を担ぐことはなかったのに。
 犯罪組織とは言っても、わたしの仕事は都内に構える梵天が所有している雑居ビルの中にある事務所で雑務と事務処理をすること。犯罪らしい犯罪はしていない。
 求人にあった通り、初心者にも出来てノルマもなく高収入なのは間違いなかった。アットホームかどうかは知らない。それはその人それぞれの解釈だから。

「あ、なまえにイイモン見せてやるよ。」
「なんですか、別にいいですよ…。」
「ほら行くぞ〜。」

 そう言った三途さんはわたしを事務所から連れ出し、ゴキブリのよう無駄に黒光りした車に押し込んだ。わたしまだ仕事中なんですが?



 辿り着いたのはどこか倉庫のような場所。わたしは機嫌良さそうにしている三途さんの後ろを着いて歩くことしか出来ない。
 わたしはいったいこれからなにを見せられるというのだろうか。
 立ち止まった三途さんに続き足を止める。背後からひょっこり顔を覗かせて見れば、そこにいたのは手足を縛られて動けなくなっている何人かの人と、お兄さんの方の灰谷さんだった。
 どういう状況だ?そんなことを思っていれば、振り返った三途さんが意気揚々とわたしの腕を引っ掴み、前に押し出すと後ろから手でわたしの顔を固定した。

「ちょ、なんですか…、」
「いいから見てろって。」
「いや、ほんとなに…。」

 アイツら今から死ぬから。耳元に響いた言葉と同時に銃声が鳴る。
 目の前では、お兄さんの方の灰谷さんが縛られている一人の頭を銃で撃ち抜いていた。

「は…?」
「な?」

 その後も続く銃声にわたしはギュッと目を瞑った。今、わたしの目の前でいったい何人の人が死んだのだろう。
 鳴り止んだ銃声に恐る恐る瞼を持ち上げれば、そこに転がるのは人だったもの。わたしはそれから視線を逸らした。

「あれ、なまえじゃん。」
「ど、どうも…。」
「なに?見学?」

 こちらに気付いたお兄さんの方の灰谷さんが声を掛けてきた。誰が好き好んでこんな場所に見学になんて来るものか。
 お兄さんの方の灰谷さんはわたしの顔をじっと見たあと、後ろに立つ三途さんの顔を一瞥し、再びわたしの顔を見遣る。その表情には哀れみが込められていてなんとも言えない気持ちになった。
 そしてすれ違いざま、厄介なのに捕まっちゃったね。そう言ってその場を後にして行った。
 三途さんはわたしの顔を固定していた手を離すと、なまえはさっさと仕事に戻ろうなぁ〜。そう言って、なぜかわたしの肩に腕を回し来た道を引き返して行く。
 いや、連れ出したの誰だよ。これのどこが、アットホームな職場だっていうんだ。



 同じ仕事は長くて三ヶ月しか続かなかった。それなのに、なんということでしょう。わたしは今、犯罪組織の一員になって半年が経とうとしている。
 上司にあたる人間に何度も辞めたいと掛け合ったが、首を縦に振ってくれることはなかった。
 最初はそりゃあ紛いなりにも犯罪の片棒を担いでしまったのだから、そう易々と解放して貰えるとは思っていなかったが、だんだんそうではないことに気付く。
 辞めたいと伝える度、上司にあたる男は俺まだ三途さんに殺されたくないからさ…。と顔を青くしていた。三途さん、わたし意外にもパワハラしているのか。目の前の上司に思わず同情してしまう。
 ついでに言うと、辞めたいと伝える度に謎にわたしの給料が上がっていった。
 結局、辞めるに辞められず、ズルズルと半年も経ってしまったのだ。
 そして、最近気付いたことがある。わたしのような下っ端の人間は、そもそもここが犯罪組織と知らない状態で働かされている場合が多いと。
 最近入ったチャラチャラした大学生は、なにも知らないまま詐欺の片棒を担がされ、犯罪を犯しているという自覚は全くないようだ。むしろ、自分は真っ当に仕事を遂行していると思っているらしい。
 きっと、わたしもそうやってなにも知らないまま働き続け、三ヶ月後にはもう無理だと辞めていたはずだ。
 こちらが犯罪だと認識をしなければ、雇っている側だってそう引き止めはしないだろう。

「なまえちゃんよぉ〜、こーんな簡単な仕事も出来ねぇのかぁ?」
「いや、あの、ほんとすみません…。」

 なぜかわたしの使っているデスクに腰掛け、紙の束をヒラヒラとさせる三途さんから目を逸らし足元を眺める。
 わたしが制作したなにかの顧客名簿。なにかはよくわからないがきっとろくなものじゃない。
 それの一人の名前が間違っていた。菊地という苗字を菊池と打ち間違ってしまったのである。上司にあたる人間に聞けば、きくちはきくちだし大丈夫でしょ〜なんてヘラヘラしているもんだから、てっきり問題ないと思っていたのに。よりによって三途さんが目敏く気付き、見事わたしはこうやっていびられているのだ。
 間違えたわたしが悪いが、そもそも菊池が二人続いたのだから三人目も菊池だと思うだろう。予測変換にも一番最初に菊池と出てきたのだからそりゃあ菊池って打つ。
 わたしは理不尽にも、顔の知らない顧客の菊地に心の中で文句を垂れた。

「聞いてんのかぁ?」
「…聞いてます。」

 この名簿を制作中、三途さんは事務所に訪れ、なぜかわたしの隣にぴったり張り付き、わたしが文字を打つ画面をただただ眺めていた。
 元はと言えば三途さんにも多少の責任があるのでは?組織の上の方に属している人間が近くにいて平常心で作業出来る人間の方が少ないだろう。ましてや三途さんなんて。
 そもそも、なんで組織の上の方に属している人間がわざわざこんな末端の事務所までくるのだろうか。
 わたし達下っ端の人間は、犯罪に加担していると知らずに働かされている人間の方が多いというのに。こんな、いかにも反社です!みたいな人がしょっちゅう事務所に出入りしていればやばい場所だと気付くだろう。
 三途さんのせいで絶対に関わることがなかったであろう幹部の人達とも顔見知りになってしまい、本格的にこの組織から逃げられそうにもない。この前は九井さんにオマエ、金の管理だけはしっかりしてんのなと言われた。だけってなんだよ。その他もわりと出来てるよ。
 三途さんのせいでポンコツ認定されていることが解せない。
 そもそも、どうしてわたしばっかりこんなに三途さんにいびられなきゃいけないんだろう。なにかと言えば姑のようにガミガミと文句をつけ、急に事務所に来ては仕事中にも関わらず外に連れ出され、パワハラ以外のなにものでもない。
 確かに、労働のわりに給料は良いがどれだけ頼み込んでも辞めさせては貰えないし、パワハラは酷いし、こんなのブラック企業が過ぎる。
 なんでわたしばっかり。そんなことを思えば、なんだか無性に泣きそうになった。
 ズッと鼻を鳴らすと、デスクから降りた三途さんがわたしの顔を覗き込む。

「オイオイ、泣くのかぁ〜?」

 ヘラヘラした三途さんは、わたしのことを煽るようそう発する。なんかもう、とにかくただムカついた。

「三途さんの、そういうとこ、ほんと、嫌いです、」
「…は?」

 いつもより低い声のトーンに思わず顔を上げれば、さっきまでヘラヘラしていたはずの三途さんは真顔でこちらを見下ろしていた。三途さん越しに見える、今までわたし達を見て見ぬフリをし続けていた上司にある男は頭を抱えている。
 やってしまった。これは、殺されるかもしれない。
 そう思ったが、死の危機に直面すると、人は少しだけ頭がおかしくなってしまうようだ。

「な、なんなんですか!いっつもいっつも、わたしばっかり!仕事は、ちゃんとしてるんだからほっといてくださいよ!わたしのことが、嫌いなら、構わないでください!もう、なんか、鬱陶しいっていうか!ほんと…、姑みたいにグチグチうるさいし!顔が良いからって、なにやっても許されると思ってるんですか!調子乗んないでくださいよ!」

 ぜえぜえと肩で息をする。自分がやらかしてしまった事実に気付き、つーっと冷や汗が流れた。
 視線の先にいた上司にあたる男はデスクに突っ伏している。死んだフリでもしているのだろうか。
 三途さんがなにも言い返してこないのをいいことに、まだ死にたくないという気持ちでわたしは急いでその場から逃げ出した。



 わたしは渋い顔をしながら事務所の扉の前に立ち尽くしていた。
 逃げ出してから三日。幸いなことにデニムのポケットにスマホと家の鍵だけは入れており、なんとか家に戻って生活することは出来た。
 ただ、財布を事務所に置いてきてしまったのだ。財布の中には現金は勿論、身分証やキャッシュカード、貯めに貯めたポイントカードが入っている。そのまま置いておくわけにもいかなかった。
 元々、三日間の休日を与えられていた。シフトを貰った当時のわたしは三連休だ!やった〜!などと浮かれていた。休み明けに出勤してきたような感覚。呑気か。
 あ、この前のあれは無断早退になるのかもしれない。
 そもそも、わたしがこの組織にまだ在籍しているのかわからない。あれから三途さんからも誰からも連絡はなかった。
 扉を開けた瞬間、頭を吹っ飛ばされたらどうしよう。そう思いながら恐る恐る扉を開く。
 隙間から見える事務所内にはまだ誰も居ないようで、わたしはそっと事務所内に足を踏み入れた。まるで忍びのよう、抜き足差しで自分のデスクへと向かう。

「ひっ…!」
「…ああ?」

 どうしよう。本当に今日はわたしの命日かもしれない。
 誰も居ないと思って油断していた。
 自分のデスクに向かえば、そこにはわたしのデスクに突っ伏した三途さんがおり、思わず声を上げてしまう。
 その声を聞いた三途さんが顔を上げた。
 わたしの顔は見るなり、三途さんは長い睫毛に縁取られた瞳を何回か瞬きさせ、デスクに頬杖をついてわたしの顔を見つめる。逸らした瞬間殺されそうな気がして目を逸らすことが出来なかった。

「なぁ。」
「は、はい…!」
「オレの嫌いなとこ、なに。」
「え…?」
「いいから言え。」
「え、えっと、パワハラが、酷い…。」
「はぁ?どれがパワハラだよ。」
「え、あの、わたしにばっかり、突っかかってくるところ、とか…。ひとつも優しくしてくれない、ところとか、仕事中なのに、外連れ出すところ、とか、ですかね…。」
「ふーん。」

 三途さんは窓の外に視線を向ける。外は、この場に似つかわしくないほど青い空が広がっていた。
 眩しいな、そんなことを思いながら窓の外と三途さんの様子をチラチラと伺っていれば、三途さんの羽根みたいな睫毛が揺れた。

「つーかオマエさぁ、オレの顔は良いと思ってんだなぁ?」
「え?ああ…、まあ、綺麗な顔してるな、とは…。」

 そういえばこの前、顔が良いからって調子乗ってんじゃねえぞ的なことを言ってしまった気がする。
 三途さん、絶対この前のわたしの失言を一語一句覚えているだろう。嫌だな。

「あとさぁ。」
「はい…。」
「オマエのこと嫌いとか、オレ一言も言ってねぇだろ。」
「そう、ですけど…。」

 確かに、口で直接嫌いと言われたことはない。けれど、あんな扱いをされれば自分は嫌われてると思って当然だ。嫌いじゃないのなら、優しくするだろう。普通は。

「じゃあさ、オマエにオレが優しくしてやったらオマエはオレのこと好きになんの。」
「え…?ま、まあ、多少は…?」

 ふーん。そう言った三途さんは立ち上がり、わたしの方へと向かってくるものだから思わずギュッと目を閉じる。
 殴られでもするのだろうか。やだやだ、痛いのはやだ。そう怯えていれば頭にポンと手が置かれ、雑に髪を撫でられた。
 思わず顔を上げると、三途さんはわかった、そう一言だけ残し事務所を出て行った。いったい、なにがわかったというのだ。
 このときのわたしはまだ知らない。次に会ったとき、三途さんがまるで別人かのよう優しくなり、違う意味で日々怯えることになるのは。それはまた、別の話しだ。

2021.07.02






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