ベリーベリーストロベリーフラペチーノエクストラホイップ






 無駄に大きい音を立てて事務所の扉が開かれる。もう少し静かに出入り出来ないものか。そう思い入り口の方に視線を向ければ、そこにはコーヒーショップの紙袋を持った三途さんがいた。
 なんとなく、上司にあたる男に視線を向ければ、さっきまで軽快にパソコンのキーボードを叩いていたくせに今はデスクに突っ伏している。相変わらず死んだフリをしているようだ。

「よぉ〜、ちゃんと仕事しってかぁ?」
「三途さん、お疲れ様です。」

 三途さんはコーヒーショップの紙袋をわたしのデスクに置くと、椅子半分貸せとわたしを見下ろす。椅子半分貸せってなに?どういうこと?いまいち言葉の意味が理解出来ず、とりあえず半分スペースを空けてデスクチェアに座り直す。
 そうすれば三途さんはその半分空いたスペースに無理矢理腰掛けた。
 なんで?他のところから椅子持ってくれば良くない?空いてる椅子あるけど?狭いし距離は近いし、本当に意味がわからない。
 あの日から、三途さんのわたしに対するパワハラは一切なくなった。しかし、今は別の問題が発生している。
 元々距離感がおかしいと思う節は多々あったが、それがより加速した。そして、手のひらをひっくり返したように優しくなった。今だってそうだ。

「どっちがいい。」
「…そっち。」

 ん、そう言って三途さんは紙袋から取り出したそれに緑色のストローを差し、わたしの前に置いた。
 今日発売の新作のフラペチーノ。プラスチックの蓋の小さい穴からは少しだけクリームがはみ出している。三途さん、わざわざホイップ多めで注文してくれたのかな。そんなことを思いながらストローに口を付けた。
 一週間程前の休憩中。スマホを眺めていれば、いつの間にか背後にいた三途さんに画面を覗き込まれ、なに見てんのと聞かれた。
 新作のフラペチーノ美味しそうだなって思って。そう言って画面を見せれば、ふーんと興味なさそうな返事をされたのは記憶に新しい。
 人の話し、聞いてないようでちゃんと聞いてるんだな。そう思いながら隣に腰掛ける三途さんがカップにストローを差す動作を眺めた。
 先程、どっちがいいかと聞いてきたもう片方のドリンク。三途さんがストローを回したことにより氷がぶつかり合う音が鳴る。
 カフェオレかなにかだろう。どっちがいいかなんて聞いてきたけれど、最初からそれを自分が飲むことは決まっていたんだと思う。
 一つの椅子に二人で座るのは酷く窮屈だ。そんなことを思いながら飲んだフラペチーノは思ったよりも甘かった。

「うめぇか。」
「うめーです。」

 ふーん、やっぱり三途さんは興味がないといったような返事をする。そしてわたしの方に体重を掛けた。重い。このままだとわたしが椅子から転がり落ちてしまう。

「三途さん。」
「んー。」
「椅子、そっちにありますけど。」
「うん。」

 うん?うんってなに?わかってるなら退けてほしい。
 組織の上に属する人に文句など言えるはずもなく、わたしはただ耐えるしかなかった。
 もうわたしが立てばいいのでは?と思ったが、ここでわたしが動いてしまうと、多分三途さんが椅子から転げ落ちる。そうなった場合、わたしは今度こそ死んでしまうかもしれない。
 命が惜しいゆえに、わたしは耐えるしかないのだ。
 わたしは隣にいる存在をまるでないものかのように扱い、再度キーボードを叩く。作っているのは多分ろくでもない物の顧客名簿。
 買ってきてもらったフラペチーノを啜りながら仕事を進めていれば、隣からなまえと小さく名前を呼ばれる。
 手を止めることなくなんですかと返事をすれば、目の前にある画面を指先で叩かれた。

「ここ、間違ってっけど。」
「あ、すみません。」
「別にいーけど。」

 別にいいっていうなら、この前の菊地の件だってあんなにガミガミ言うことなかっただろう。あの一件さえなければ、こんなことになっていなかった。かといって、ここで働き続ける限り三途さんにいびられるのも嫌だけど。
 指摘された間違いを直せば、先程まで死んだフリをしていた上司にあたる男が俺ちょっと買い出し行ってくるわ〜と事務所を出ていってしまった。
 いや買い出しってなんだよ。ここの仕事に買い出しとか必要ないだろ。
 今日はチャラチャラした大学生は合コンがあるとかなんとか言って休みだ。つまり、わたしは事務所に三途さんと二人きりで放置されてしまった。
 しんどい。そんなことを思いながらもわたしはただひたすらに仕事を進めることしか出来ない。少しだけ大きい音を立ててエンターキーを叩く。わたしは嫌々ながらも仕方なく口を開いた。

「あの、三途さん。」
「なんだよ。」
「なんだよはこっちの台詞なんですよねえ…。」

 さっきから隣にいる三途さんの視線が痛いほどに突き刺さり、正直まったく仕事に集中出来ない。なにか用があるならそう言ってほしい。

「さっきから、なんですか…。」
「顔で落とそうと思って。」
「…なんの話しですか?」

 成り立っているようないないような会話に首を傾げれば、三途さんはただでさえ近い距離にいるというのに更に顔を近付けてきた。

「オレのことかっこいいつったじゃん。」
「…言ってませんけど。」
「顔が良いって言った。」
「確かに綺麗な顔してるとは言いましたけどかっこいいとは言ってないです。」
「同じようなモンだろ。」

 いや違うだろ。わたしは心の中で呟いた。
 最近ではこの距離感になんの疑問を持たない自分がいる。慣れって怖い。そう思いながら目の前にある三途さんの顔をまじまじと見つめた。
 三途さんの睫毛は多分マスカラを塗りまくっているわたしよりも長くてボリュームがある。ビューラーもしていないだろうに、なんでこんなにバサバサなんだろう。そんな睫毛に囲まれた瞳だって、そこらのジュエリーショップに並ぶ宝石なんかよりもずっとキラキラしているような気がした。生気が宿っているかは別として。
 口元にある傷すらも霞んでしまう程には綺麗な顔立ちをしている。お人形さんみたいなんて言ったらきっと怒るんだろうな。
 肌だって白くてキメ細かいし、三途さんの顔はかっこいいとかそういうことではなく、まるで作り物のような美しさがあるんだ。
 三途さん、そう口にしようとした瞬間唇に生暖かい感触が押し付けられた。

「…は?」
「あ、わり。」

 つい、そう言った三途さんと今までにない程近い距離で視線が絡み合う。わたしはその視線から逃れるように体を引く。すると体は突然浮遊感に襲われた。
 忘れてた。椅子、ギリギリで座ってたんだ。
 わたしはそのまま椅子から転げ落ち、視界に広がるのはコンクリートが打ちっぱなしの薄汚い事務所の天井。ぶつけた頭と腰が痛い。
 わたしは自分の腕で目の前に広がる天井を視界から遮った。

「なまえちゃーん。」
「うるさい、こっち見んな。」
「オイオイ、上司にタメ口聞いてんじゃねぇぞ〜?」

 そう言った三途さんは、あろうことかひっくり返った亀よろしく仰向けに転がるわたしの上に跨り、顔を隠していた腕を無理矢理剥がした。

「へぇ〜、そういう顔も出来んじゃん。」
「退いてください!」
「どーすっかなぁ。」

 じたばたと暴れていればぐっと三途さんの顔が近付く。こんな綺麗な顔、見慣れたと思ったはずなのに。目を合わせることが出来ず、思わず顔を背けた。

「顔真っ赤だけど。」
「誰のせいだと思ってるんですか!」
「オレがちゅーしたから?」

 ちゅーとか、可愛い言い方すんな。ムカつく。
 そもそもどうして、わたしは三途さんにキスされたんだ。ついでするものじゃないだろう。
 いや、三途さんならするのか?パワハラの次はまさかのセクハラ?最近優しいと思ってたのはわたしの気のせい?
 悶々と考えを巡らせていれば、上からつーかさぁ、と三途さんの少しだけ不機嫌そうな声が降ってきた。

「優しくしたら好きになるって言ったオマエだろ。」
「なんで、今その話しになるんですか…。」
「なまえはオレのこと好きになんねぇの。」

 そりゃあ、優しいか優しくないかじゃ優しい方が好きだし。そもそも、三途さんに関してはまだ苦手の分野にある。
 最近は確かに優しいけれど、そもそものスタートがマイナスからだ。好きに辿り着くまでの道のりはまだ遠いだろう。
 そもそも三途さんはわたしに好かれたいのか?なんで?わたしに好かれたって別になんの得もしないだろう。
 どうしてそれがわたしにキスする理由になるんだ。三途さんは好きでもない女についで気軽にキス出来てしまうような男なのか。

「ん…?好き…?」
「だーかーら、オレのこと好きになるんじゃねぇのかよ。」
「…あ、あの、三途さん、その、あの、も、もしかして、」

 勘違いだって笑ってほしい。自惚れんなって、前みたいに怒鳴ってほしい。
 目を細めた三途さんの長い睫毛が揺れる。なんだか、それがスローモーションのように見えた。
 三途さんの指先がわたしの頬を撫で、やっと気付いたのかよ鈍感女。そう言って笑った。
 そのとき、事務所の扉がガチャリと開かれる音が響く。
 視線を向ければ、そこにいたのは上司にあたる男。その手からコンビニのビニール袋が滑り落ち、幾つかのペットボトルが地面を転がる。
 目が合ったのわたしか、はたまた三途さんか。
 こちらを見るなり、お邪魔しました!と大きな音を立て扉を閉め出ていってしまった。待って、助けて。

2021.07.21






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