欲張ってよ、可愛い子
跡形もなく、根こそぎ奪い取って欲しかった。同じように、捨ててくれれば良かったのに。
「女の子にこんなことを言うのもなんだけど、きみは本当にめんどくさい女の子だね!」
「…自分が一番わかってますよ、そんなこと。」
「…全く、どうしたものかね。」
めんどくさいと思うのなら、わたしのことなんて放っておいてさっさとどこかへ行ってしまえば良いのに。どうして彼は、わたしなんかに構うのだろう。
「きみは仮にも夢ノ咲の生徒なんだから喜ぶと良いね!」
「そんなのわかってますよ…、でも…、」
「でももだってもないね!」
SSでEdenはTrickstarに負けた。夢ノ咲学院の生徒であるわたしなら、Trickstarが優勝したことを喜ばなければいけないはずなのに。
Edenが、いいや。巴日和の敗北を認められずにいた。
fineとしてアイドルをしていた巴日和が初恋だった。キラキラしていて、眩しくて、一目見た瞬間恋に落ちた。
好きで好きで、どうしようもなくなって、少しでも彼に近付きたくて、出来るだけライブには通った。握手会もサイン会も、巴日和に会うためだけに参加した。
言い方は悪いかもしれないが、正直fine自体にそこまで興味はなかった。ただそこに、巴日和が存在していたから。巴日和が居てくれさえすれば、なんでも良かった。
初恋は実らない。そんな迷信がある。迷信というより事実なんだとわたしは思っている。だから、その他大勢で良かった。たまにファンサービスを貰えるような、ただ一人のファンで。それで、本当に充分だった。
日和くん、そう名前を呼べば、いつもありがとうとアイドルの笑顔を向けてくれる。それだけで良かったのに。
あの日から、巴日和がfineとして最後のステージに立ったその日からだ。それだけでは満足出来なくなってしまった。
その日はライブが終わり、それでもなんだか帰る気にはなれず、ベンチに座って夜風に当たっていた。ほんの少しだけ、彼の様子が気がかりだったから。
彼のことを考えたところでわたしは彼自身ではない。彼の気持ちを理解することなど出来はしない。
「なまえちゃん?」
「へ?」
「やっぱりなまえちゃんだね!」
「日和、くん、だ…。」
ぼけっとしていたわたしの目の前に現れたのは、未だユニット衣装を着たままの巴日和。真っ白なその衣装と月の明かりに照らされているせいか、彼はまるで王子様のように見えた。
「fineのライブの時は警備が強化されるから変に勘違いされないよう気をつけないといけないね!」
「あ、は、はい…。あの、」
「なんだね?」
「日和くん、わたしの名前、覚えててくれたんですか?」
「当たり前だね!みょうじなまえちゃん、ちゃんと覚えているね!」
彼の言葉に目頭が熱くなるのがわかる。泣くな、面倒なファンって思われるから。我慢しろ。
「きみは、いつもキラキラした目でぼくのことを見ていてくれるね。」
「え?」
「きみを見ているとアイドルになって良かったと思えるね!」
「えっと、」
「アイドルは、みんなに愛を与えて、愛されるべき存在だからね。」
「…日和くんは、みんなに愛される存在です。みんなに、愛されるために生まれてきたような人だと、わたしは、その、思います…。」
彼の瞳が少しだけ見開かれる。黄緑色の柔らかい髪が風に吹かれて揺れた。
「…ぼくは、とってもなまえちゃんに愛されているようだね!」
「えっと、はい…。」
「ほら、もう遅いから早く帰ると良いね!」
「あ、日和くん!」
「ん?なんだね?」
「今日は、その、ありがとうございました。」
「こちらそこ、ありがとう。…またいつか、どこかで出会えたら良いね、なまえちゃん。」
「え?いつかって…、」
「うん!今日はなまえちゃんとお話出来て良い日和!気をつけて帰ることだね!」
「あ、日和くん!」
真っ白な衣装の裾を翻して彼はわたしに背を向けた。
それからしばらく経って、正式な発表もないままfineは天祥院英智を除いた三人が脱退した。そして、巴日和はこの学園から居なくなった。
壁に背を預けズルズルとしゃがみこみ、膝を抱える。
わたしはただのファンで、客席でステージの一部始終を見ることしか出来ない存在なのに。出演者でもスタッフでも、ましてやプロデュース科のあの子でもない。
それでも今こうやって、このステージ裏にいるのは彼のご好意だ。何故か彼がわたしを呼んだから。だから、彼に迷惑は掛けたくないのに。
「ほら!顔上げる!」
「うわっ、」
「前にも言ったと思うけど、きみにそういう顔は似合わないね!」
「…だってぇ、」
無理矢理顔を両手で掴まれ、彼と目線が合うようぐっと上を向かされる。
わかっている。赤の他人のわたしなんかよりも、所属事務所の不祥事のこともあって、彼本人の方がずっとずっと悔しいはずなのに。
一つ瞬きをすれば涙が零れ、それを彼の細い指先が掬った。あの雨の日みたいに。
その後、わたしは必死になって巴日和のことを調べた。どうしても、諦めることが出来なかったから。
あの日が最後だとわかっていたのならば、わたしのことなど無視して、ただ一人のファンとして終わらせて欲しかった。fineと、夢ノ咲と共にわたしのことも切り捨てて欲しかった。
やっと辿り着いたとき、彼は玲明学園に転校しており、Eveというユニットに所属していることを知った。
玲明学園はここから遠い位置にあるが、行けない距離ではない。どれだけ時間がかかったとしても、なにがなんでも彼に会いたかった。
その日もいつもと変わらず行ってきますと言って家を出た。なかなか寝付けなかったせいか、寝坊をしたせいで朝ごはんは食べられなかったけれど。
階段を登っていつもとは逆のホームへ向かう。線路を挟んで向かい側、いつも乗っている学院の最寄りへ向かう列車が発車した。
いつもと変わらない朝。ローファーの踵を鳴らし、いつもとは逆の方向へと向かう列車に乗り込んだ。
玲明学園に行ったところで、彼に会える保証なんて何一つとしてない。そして仮にもアイドルを育てる学校だ。一般人のわたしが学園内に入ることは許されないだろう。会えなければ、きっとそれまでだったんだ。
これがわたしの最後の悪足掻き。少しだけ、許してほしい。
学園から少しだけ離れた建物の影に隠れるようにして様子を伺う。冷静に考えればやっていることはストーカーとなんら変わりはない。
一時間経っても、二時間経っても、彼はやっぱり現れなかった。
わたしはなんの確証があって、ここまで来たのだろう。
巴日和でないといけない理由って、一体なんなのだろうか。どれだけ考えてもわからない。それでも、彼がいい。巴日和でなければ駄目だった。
立っていることに疲れを覚え、思わずしゃがみ込めば、ポツポツと地面に小さな染みが出来始める。
始めは音も立てず地面を濡らしていた雨粒も、次第にコンクリートを叩きつけるような強い物に変わっていった。
朝、時間なくて天気予報なんて見てきてないや。
傘など持っているはずがない。額や首筋に張り付く髪が酷く鬱陶しかった。
本当に、なにをやっているのだろう。彼は、わたしとは違う。アイドルなのに。
寒くて、冷たくて、涙が出そうになった。
痛いくらいの雨粒を全身で受け止めていたはずだった。しかし、その雨はピタリと止む。
ふと視線だけを上げると、びちゃびちゃに濡れてしまった高そうな革靴。周りの水溜りは相変わらず雨を弾いている。雨が止んだのは、わたしの頭上だけ。
「ちょっとおひいさん。さすがにこの場合ブラッティ・メアリとは勝手が違いますよぉ〜?」
「そんなことわかっているね!ジュンくんにはこの子が犬に見えるのかい!」
その声に思わず顔を上げる。そこには、わたしがずっとずっと会いたかった人がいた。
「犬はなんとか飼えても人は無理っすよぉ〜?」
「わかっているね!貴族のこのぼくでもジュンくんはさておき、さすがに人間を飼ったりはしないね!」
「オレ、あんたとメアリの世話だけで手一杯なんすからねぇ〜。」
「ぼくはジュンくんに世話になった覚えはないね!むしろぼくがジュンくんをお世話しているね!」
「はぁ〜…。とりあえず、面倒事は持ち込まないでほしいんすけど。オレ先に寮に戻ってるんで。」
少しだけ鋭い瞳と目が合う。彼はわたしに小さく会釈をすると歩みを進めた。彼は確か、巴日和とユニットを組んでいる漣ジュンだ。
「全く!こんな土砂降りの日に傘も差さないなんて風邪を引いても文句は言えないね!」
「日和、くん、」
我慢していた涙が零れ、彼はそんなわたしを見てしゃがみ込むと細長い指でわたしの涙を拭った。
彼は、こんな風に目線を合わせ、笑いかけてくれるような人だっただろうか。
「日和くんの言った、またいつかって、いつなんですか。どこかって、どこなんですか…。」
「ん〜?きみが会いに来てくれたから今日、この場所だね!」
「…ずっと、会いたかったんです、」
「…なまえちゃんは、きっとどこに行ってもぼくを見つけてくれるんだろうね。」
久しぶりに呼ばれた自身の名前に胸が高鳴るのがわかった。もっと、わたしの名前を呼んで欲しい。なまえちゃんって、笑って欲しい。いつからわたしは、こんなに欲張りになってしまったのだろう。
「うんうん!思った以上にぼくはきみに愛されているみたいだね!良い日和!」
「…好き、です。日和くんが、大好きなんです。」
「そう思うのなら、そんな顔はしないでほしいね。きみは笑っている方が似合っているからね。」
彼の指先がわたしの額に張り付いた前髪を払う。
彼がこんな風に優しい表情を浮かべるのを、わたしはこの時初めて知った。
「いつものキラキラした目でぼくのことを見てほしいね。」
「おひいさ〜ん、って、ゲッ…。それ、どうにかしてから来て下さいねぇ。」
「わかっているね!ジュンくんは先に行っててほしいね!」
漣ジュンが嫌そうな表情を浮かべわたしを顎で指す。面倒な女だと思っているに違いない。実際、わたし自身が一番そう思っている。
「それで、きみはいつになったら泣き止んでくれるんだね?」
「わたしのことはほっといてもらって大丈夫です…。」
「…それが出来たら苦労しないんだがね。」
彼がなにか言ったような気がしたが、自分のグズグズと泣く声や鼻を啜る音で聞き取れはしなかった。
「…今日のぼくは、きみから見てどういう風に見えたか教えてほしいね。」
「一番、かっこよかったです…。キラキラしてて、眩しい、世界で一番かっこいい、誰よりも輝くアイドルでした。日和くんが、一番かっこいいに、決まってるじゃないですかぁ…。」
「きみから見てそう見えているのならそれで充分だね!だって、きみの一番にはなれているからね。」
彼がわたしの前髪を指先で優しく払った。ぎゅっと目を閉じれば、涙が一筋零れて頬を伝う。もう泣かないように、そう決めてゆっくり瞼を持ち上げた。
それでも抑えきれない涙が目尻に溜まる。零れないよう、落とさないように、必死で力を込めた。
「もう泣かないでほしいね。」
目尻に温かくて、柔らかい感触。思わず目を見開き、近距離にある彼の顔を見つめた。
「…は?」
「やっと泣き止んだね!」
「え、いや、今、…え?」
彼はわたしの目尻に優しく、唇を落とした。
ボロボロ零れていた涙は引っ込み、その代わり頬に熱が集まるのがわかる。
「なまえちゃんのそういう顔は初めて見たね!」
「え、は、はあ〜?い、意味わかんない!」
「嬉しくない?」
「う、嬉しいとか、そういうことじゃなくて!」
「なまえちゃんがぼくに与えてくれた分、いいや!それ以上の愛を返そうかと思ってね!」
「やっぱり、全然わかんない…。」
「なまえちゃんにはまだぼくみたいな高貴な人間の考えがわからないようだね!まあそのうち理解出来るね!ぼくがきみに与えて貰った、愛されているという実感をね。」
そう言って彼はまた一つ、わたしの額にキスをした。
初恋は実らない。そんな迷信がある。確かに、わたしの初恋は実ることはなかった。わたしの初恋は、アイドルとしてステージ立つ巴日和だったから。
けれど今は、自己中で、それでもって他人にはあまり興味のない。自分ばかり話して人の話は聞いてくれないし、他人を見下してしまうところもある、少しだけわがままな、アイドルではない。そんなただ一人の人間としての巴日和が好きなんだ。
アイドルとか、もうそんなの関係ない。わたしは巴日和という一人の人間を愛したんだ。
2019.09.26
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