可愛いの賞味期限について






 大人になんてならなくて良いよ。子供のままでいてね。ずっとずっと、可愛い可愛い桜河こはくくんでいてね。なんて、そんなのわたしのエゴに過ぎない。



「なまえちゃんってさァ、こはくちゃんのこと好きな訳?」

 思わずエンターキーを押す指先に力がこもった。
 無機質な天井を眺め、椅子に乗ってくるくると回転している声の主をパソコン越しに見遣る。
 暇なら、こんなところで油を売っていないでさっさと帰れば良いのに。

「所属アイドルなんで好きに決まってるじゃないですか〜。勿論、天城さんのことも好きなんでご安心下さい。」
「俺っちそういう話ししてんじゃねェんだわ。」

 その声に思わず顔を上げる。
 嫌だな。そんな真面目な顔似合わないんでやめて下さいよ。心の中でそう思ったが、そんな風に茶化せる空気ではないことを察している。

「天城さん、わたしの年齢知ってます?」
「いや、流石に知らねェけど。」
「わたし成人してるんですよ。」
「それは知ってる。」
「この国では成人してる大人が未成年に手を出すのは犯罪になるんですよ。」
「それってさァ…、」

 結局こはくちゃんのこと好きってことっしょ?その問い掛けに、答えることが出来なかった。肯定も、否定も、出来ないから。


 ふと、つい先日のオフィスでの出来事を思い出す。どうして天城さんはそんなことを聞いてきたのだろう。単なる興味本位ならやめて欲しい。
 壁にもたれながら、次のライブで使用予定の衣装を合わせるCrazy:Bの面々を見遣る。
 HiMERUくん、身体の三分の二くらいは脚じゃん。なんて馬鹿げたことを考えていれば袖口をくいっと引かれた。

「ん?こはくくん?どうかした?」
「なまえはん、申し訳ないんやけどこれやって貰ってもええ?」

 彼が指先で摘んだネクタイは、首に無造作に引っ掛けられたままである。そういえば、洋服を着るのが苦手だと言っていたような気がする。
 いいよと返事をすれば、彼は顔を綻ばせた。
 しかし、簡単に了承したものの、生憎人のネクタイを結ぶという経験がないため手こずってしまう。

「ごめん、手際悪くて…。」
「ええって、わしが自分でやるよりなまえはんにやって貰った方が綺麗やろ。」

 衣装担当のスタッフにやって貰うのが的確なのだろうが、生憎今は他のメンバーについているため彼もわたしに頼んで来たのだろう。
 どうにかこうにかしてなんとか形になったネクタイを微調整する。
 ふと視線を上げれば、近くには整った顔があって思わず手を止めた。
 パンプスを履いているわたしと並ぶ身長も、いつか追い越して、わたしのことを見下ろす日が来るのだろうか。一人で結べないネクタイも、きっとそのうち結べるようになる。
 十五歳の桜河こはくは、きっと一瞬だ。

「なまえはん…?」
「あ、ごめんごめん。もうちょっとで終わるから。」

 いけない、歳を取るとなんだか感傷的になってしまうことが多い。
 マイナスな思考を打ち消すよう、ネクタイの形を整えていると肩にズンと重みが伸し掛る。

「おっも…。」
「ド阿呆!なまえはんが潰れてまうやろ!」
「大丈夫だよこはくくん。わたしそんなに脆くない。」
「はよ退かんかい呆け。」
「こはくちゃん、俺っちにだけ当たりキツくねェ?」

 顔を見なくても、わたしの肩に腕を回してきた人物は誰だかわかる。天城さんだ。別に潰れはしないが、自分の図体のでかさは理解して欲しい。普通に重い。

「なまえちゃんさァ〜、」
「なんですか。重いんでさっさと退いて下さいよ。」
「このシチュエーション、」

 天城さんがわたしの耳元で囁いた。恐らく、目の前の彼には聞こえていない。

「新婚さんみて〜だなァ?」

 思わず手に力が入った。体に掛けられた重みはスっとなくなる。

「ゔっ、なまえはん、苦しい…!」
「え、あ、わー!ごめんね!こはくくん!」

 動揺によって手元が狂い、勢いよく締め上げてしまったネクタイを急いで緩める。
 そんな姿を見て、天城さんはぎゃはは!と大口を開け手を叩いて笑っている。誰のせいだと思っているんだ。そんなことを思いながら天城さんを横目に睨めば、再びこちらに寄りまた耳元で囁く。

「行ってらっしゃい、旦那様〜。ってやつだなァ?」
「…ちょっと天城さん!」
「そんな怒ることないっしょ〜?」

 もう構っていられないと目の前の彼の襟元を正した。誰かさんのせいで一度崩れてしまったがきちんとした形になった。良かった。

「なまえはん、燐音はんになに言われたん?」
「え、な、なんでもない…!」
「…じゃあ、なんでそんな顔真っ赤になってはるん?」

 え、嫌だ。わたし、顔赤くなってるのか。これじゃあさっき、天城さんに言われたことを真に受けているみたいじゃないか。
 思わず顔を隠すよう俯けば、彼はそれを追うようにわたしの顔を覗き込んだ。

「こはく、くん、その、ち、近い…、」
「え、あ!その、ごめん、なさい…。」

 語尾を小さくした彼はそっとわたしから離れる。心臓に悪いからその綺麗な顔で必要以上に近付かないでほしい。
 頬の熱はなかなか引く気がしない。それを誤魔化すように彼の肩をぽんと叩いた。

「はい、出来たよ。」
「なまえはんのおかげで助かったわぁ。」
「今度からは一人で結べるようにならないとね。」
「…あ〜、そう、やなぁ。」

 なんだか彼の返事は歯切れが悪かった。それを疑問に思っていれば、衣装スタッフが彼の名を呼ぶ。

「こはくくん呼ばれてる。」
「あ、あのなまえはん。」
「ん?なに?」
「…これ、似合っとる?」
「うん?似合ってるよ、かっこいい。」

 ありがとうなまえはん。そう言って顔を綻ばせた彼はスタッフの元へと向かった。その背中を見てほっと一息つく。
 そんな時間も束の間、天城さんがわたしの元へとやってきた。

「なにしてくれるんですか、天城さん。」
「俺っちは別になんもしてないっしょ?」
「わたしで遊ぶのやめて下さい。」

 不快さを隠さず顔に出せば、ひでェ顔と笑われた。いったい誰がこんな顔させていると思っているんだ。

「なまえちゃんさァ、知ってる?」
「なんですか。」
「こはくちゃん。」
「こはくくん?」
「こはくちゃん、ネクタイ自分で結べるんだよなァ〜。」
「…は?」

 思わず隣に立つ天城さんに顔を向ける。その表情にいつものような不真面目さは感じられない。
 視線の先には、衣装スタッフにジャケットを合わせて貰っている彼がいた。

「つ〜か、事務所に来る時たまに制服着てるっしょ。こはくちゃん。」
「あ、」
「なに?ジュンジュンが着せてあげてるとでも思ってたのかァ?」
「いや、え、そうか…。玲明ってブレザー…。」
「それにESが用意した衣装もネクタイあるっしょ。」
「そういえば、そうだ…。」
「マ〜ジでなまえちゃん気付いてなかったんだなァ?」

 天城さんとその視線の先にいる彼を交互に見遣る。彼は衣装の打ち合わせをしているためわたしの視線には気付いていない。
 なんだか、よくわからなくなってきた。

「こはくちゃんもネクタイ結べないフリするなんて強かだよなァ?」
「天城さん、あの、」
「なまえちゃんにとってこはくちゃんは子供なんだろうけどさァ、こはくちゃんだって成長すんだよ。」
「…わかってますよ、そんなこと。」
「そりゃあ、年齢を気にすんのはわからねえこともねェけど。そもそもこはくちゃんだって一人の男なんだわ。」

 なんで、そんな真面目な顔して話すの。いつもみたいにヘラヘラ笑って、冗談だって茶化してくれれば良いのに。

「なまえちゃんはさァ、こはくちゃんのこと、好き?」
「…好き、です、」
「だったら、ちゃんと向き合わねえとなァ?」

 そんな難しく考えんなよ。そう言って笑った天城さんはわたしの頭は雑に撫でる。おかげで髪の毛はボサボサだ。
 すぐさま手櫛でボサボサになった髪を直せば、燐音はん!と大きな声が響く。
 声のした方へ顔を向ければ、スタッフに衣装を調整されながらもこちらを見て頬を膨らませた彼がいた。
 天城さんは両手を上げ、わりぃわりぃといつも通りヘラヘラと笑っている。
 可愛い可愛い桜河こはくくんは、わたしの中でもう子供ではいてくれないようだ。

2021.02.05






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