思惑
「そんなに拗ねるな」
車を運転するライが少し困った顔でミラー越しに後部座席に座る私を見た。ライの視線から逃れるように体を動かす。車内に私の態度を諌める人はいない。
「しかたがないだろう、バーボンは急用で呼び出されたんだから」
「じゃあ今日は休みでよかったじゃない」
ふてくされてシートに体を倒して、体を縮こませて寝転がる。ライはため息をついた。
数日前、バーボンは組織からとある男を探せと指示された。それのサポートが私だ。比較的、組織にとって邪魔な男のようで毎日捜索していたのだけど、今日はバーボンが別件で追っている人物に動きがあったから一人で出かけてしまったのだ。だから私はオフの日だと思って寝ていたのに、バーボンの代役でライが来てしまったからこうして仕事をするはめになってしまった。
サングラスのつるがシートに押されて、鼻あてが皮膚にめりこむ。
私はターゲットの男が写った写真を取り出した。輪郭を隠すようにセットされた傷んだ金髪。不自然に大きいグレーの瞳はカラコン。写真の背景はどこかのクラブ。ステレオタイプな日夜遊んでいそうなチャラい男だ。
その顔を網膜に焼き付け、もぞもぞと動いて仰向けになって目を閉じた。
「……もうちょっと車のススピード下げてほしいな」
私の千里眼は、透視じゃなくてあくまで分身を介して違うところを見ているだけ。車が動いていると、外の分身との距離がどんどん離れていって差が広がってしまう。
落ちた速度に安心して男を探した。
――歓楽街の大通りはチェーン店も建ち並び活気があるけれど、一本中に入ると閑散としている。夜だと鮮やかに輝くネオンも昼間に見ると色褪せていた。
――そんな町をゆったりと走り数十分。街は少し景色を変えていく。大学生や社会人が往来する繁華街だ。見落とさないように細い道を縫うように走ってもていると、とある小さなビルに男に似た顔を見つけた。繁華街に似合う軽薄な若者だ。
「ライ」
「なんだ」
「右のコンビニのあるビルに、写真の男に似た人がいる」
「わかった」
男がいる階と部屋を教えると、すぐにライはハンドルを切り方向を変えた。車はゆっくりとビルから離れていく。
「え、ライ?」
「心配するな」
何か理由があるようなので何も言わずに、男に動きがないかの監視に徹する。
「お前は七百ヤード離れたところは見えないんだったな?」
突然そう言われてヤードってどれくらいだっけと記憶を辿る。昔リボーンに叩き込まれた知識を引っ張り出し計算する。
「うん。七百ヤードは無理だね。……人を探すなら四百ヤード、あの男の人を監視するだけならもうちょっと離れても大丈夫っていうところかな」
「そうか」
ぐるっと遠回りしてから男のいたビルの近くに戻り、人気のないビルの前で車が停まった。私は乗ったままかと思ったけれど、降りろと言われたので素直に降りた。そして、廃墟のようなビルの中に入っていくライについていく。何をするのかは聞かなくてもわかった。ライの背負う長いバッグはボンゴレでも見覚えがある。
ああ、あの男は殺されるのか。
そう気づいたけど私には止めることができない。ここで止めたら潜入捜査が台無しだ。素知らぬフリをして静かに階段を上っていく。
「入れ」
案内された部屋は、ガランとした何もない部屋だった。窓からは、大通りや背の低い雑居ビルの向こうに例の男のいる部屋が見える。
よく見ようと窓に近寄ろうとすると、ライに手で制された。しかたなくドアのそばに留まる。
「下手に動くと外の監視カメラに映る」
「なるほど」
「それで、男の様子はどうだ」
「えっと……椅子に座ってる。部屋には男以外もいるよ」
「そうか。なら男が一人になるタイミングを待たないといけないな」
「ええー、いつまで?」
「さあな。すぐにその時がくるかもしれないし、今日はずっと誰かといるかもしれない」
廃墟のビルで夜まで監視するなんてやってられない。せめてどれくらいかかりそうなのか見当をつけたくて、意識を分身に集中させた。
――男は周囲を警戒しながら近くにいる若い女の子にあれこれ指示をしている。組織に命を狙われていることを知っているようで、窓はすべてブラインドが下ろされている。
――部屋の中にいるのはみんな幼い顔つきで、怯えてはいるものの事態の深刻さを理解していないのか、ヘラヘラとどこか浮わついた表情をしている。特に男は指示をしながらも手に持ったスマートフォンでSNSを更新し続けている。
――「やれるもんならやってみろ」「たいしたことないな、俺はまだ生きてるぜ」「どうせ、あいつらも口だけなんだよ」。
――男の言葉は瞬時に拡散され、囃し立てるようなコメントが溢れていく。それ気をよくした男は、より過激な言葉を吐き出していく。
どうやら、仲間内の度胸試しで組織構成員の写真を撮ったらしい。それ自体はたいしたことない構成員が誰かと話しているだけの写真だ。問題は、その「誰か」が組織の活動を支援している金持ちであったことだ。その人物の機嫌を損ねる前に始末してしまいたいのだろう。
呆れた。こんな下らないことで命を狙われるなんて。
だけど不幸中の幸いは、男もその周りも写真の重要性に気づいていないこと。ただ、無断で写真を撮られたから怒っていると思っている。もし知っていたら、ビルの人たちみんな殺されていただろう。
――しばらくすると、男は緊張した面持ちで席を立って部屋から出ていった。
「ライ、男が部屋から出たよ。でも廊下にも人がいっぱいいる」
「廊下に窓もないようだし、タイミングが掴めないな。男はどこへ行くつもりなんだ?」
「どこだろう。……あ、トイレだ」
「トイレか、ちょうどいい」
廊下の窓もすべてカーテンか段ボールで塞いである。だけどトイレの窓は磨りガラス。
私がいなければ、ガラス越しに見える人影が写真の男とはわからなかっただろう。本当に運がなかったと言うしかない。
影さえ見えれば正確な位置はわからなくてもライにとっては問題じゃないらしい。私が細かいことを言う前に、サイレンサーのついたライフルのトリガーを引いていた。
バシュンッ。
掠れた音が間近で聞こえて、身構えていなかった心臓がばくっと跳ねた。
「わっ!」と叫んで服の上から胸を押さえる私を尻目にライは「行くぞ」と私に声をかけた。
ギリギリで男が絶命する瞬間は見ずに済んだ。音に驚いて幻覚が消えてしまったから。
撃つときは言ってよ、とライに文句を言ったが私のことを気にかける様子もなく、ただ淡々とライフルを片付けて部屋から出ていく。しかたがなくライの背中を追った。
***
修正前に「写真の男を探す話」として本編にあったライとの任務の話の修正版です。
修正版では削ったものの、すでに修正済みだったこともあり番外編として挿入しておきます。