目をつける話
ある年の春、「イタリアンマフィアが人体実験を行い、千里眼を持つ子供を作った」という噂が世界中の裏組織に伝播した。信じられないような情報ではあるが、かつて同じイタリアで人体実験が複数行われていたことを知るマフィアはそれを信じた。
そしてそれは複数の情報屋を通して、遠く離れた極東の国、日本の組織にも伝わった。
その中で真っ先にその千里眼を略奪すべく動いたのは、酒の名をコードネームとして用いる組織だった。
組織で司令役となっているジンから山奥に隠された本部に呼び出されたバーボンは、「千里眼の略奪」と聞いたとき自分の耳を疑った。超能力や超常現象の愛好家がいることは知っていても、自分自身それを信じたことはない。しかし、目の前のジンとウォッカの表情は真剣そのもの。そしてそれがボスの意思なのだと言われれば、バーボンから疑うという選択肢は消えた。
ジンは壁にもたれて腕を組むバーボンに向かって話し始める。
「人体実験を成功させたのはブリガンテファミリーという弱小マフィアだ。相手は千里眼を持て余して交渉材料にしようとしているが、使えるかどうかもわからねえ子供にかける金はねえ」
「子供、ですか?」
「ああ。五歳らしいが定かじゃねえな」
その年齢と人体実験という言葉から、おおよその子供の身の上は察したバーボンだったが、そのあと吐かれた「俺たちがファミリーから攫ったあと、バーボン、お前が洗脳しろ」という言葉に人知れず奥歯を噛みしめた。しかし表情は人を食ったような飄々としたもの。
「幼い子供を洗脳して楽しむ趣味なんてありませんよ」
「趣味がなくてもお前なら丸め込めるだろ。……いいか、これは保護だ。千里眼は、どこかから買われたのか拾われたのかして人体実験をされたガキだ。ファミリーでの扱いも杜撰だろう。そこで俺たちはガキを保護するために連れてくるんだ」
「ああ、洗脳ってそういう」
「そうだ。憐れなガキに優しくして、その恩で組織に忠誠を誓わせる。そうやって騙すのはお前の得意なことだろ」
「……でもどうして僕に? 他にも言葉を巧みに操る構成員はいるのでしょう?」
「もう一人、人を騙すことに長けたやつはいるが、あの女は表の顔が知られすぎているし、千里眼は日本人らしい。同じ日本人のお前の方がやりやすいだろう。それにガキとはいえ女だからお前が適任なんだよ」
ジンは、帽子の奥に隠れた目を悪どく歪めた。
バーボンは肩をすくめて「あなたに顔を褒められても嬉しくありませんね」と憎まれ口を叩きながらも、ジンからの指示を受け入れた。もとよりバーボンに拒否する力はない。それがどれだけ不愉快な仕事であっても。いや、不愉快だからこそ他の構成員にその役を変わらせるわけにはいかないという気持ちがあった。憐れな被害者を組織に弄ばれないようにするには自分が当事者にならなくてはならない。
「うまく付け込めば、組織のためだけに動く従順な駒になるぜ?」
愉しげなジンとウォッカとともにバーボンも笑みをこぼしながら、組んだ腕の下でぐっと拳を握りしめた。