世話係になる話

 ブリガンテファミリーから拐ってきた女の子は、イタリアにある組織の研究所の一室に寝かされている。連れてきてから三日。女の子はまだ目を覚まさない。
 僕は研究所から近いホテルに宿泊していて、毎日女の子が目を覚ましていないか確認しに研究所に足を運んでいる。気になることはたくさんあるが目を覚まさないことには身動きが取れない。
 女の子が寝かされている狭い部屋で、じっと彼女の顔を見るがやはり起きる気配がない。しかたなく、軽く室内を見回して異変がないことをさっと確認して部屋をあとにした。
 今日も収穫はなしか。研究所から出るために廊下を歩き、エレベーターを待つ。下矢印のボタンを押して少しすると、エレベーターがやってきた。チンと軽い音がして扉が開くと、中にジンが乗っていた。

「来い」

 有無を言わさぬ目力で睨んでくるので、特に反発する理由もないため何も言わずエレベーターに乗り込んだ。僕が乗るとジンも無言のまま二階のボタンを押した。
 珍しくウォッカを連れず一人でいるので、その理由を聞いてみたが鼻を鳴らすだけで無視をする。この男には社交性の欠片もないのかと、静かに憤っている間に二回に着いた。
 扉が開くと無言のまま歩き始めるので、その後ろをついて歩くとたくさんあるドアの中の一つをこれまた無言で開いた。ルームプレートを確認すると「小会議室C」と懸かれている。変な部屋ではないことに安心した。そしてそのままジンに続き、室内に入った。

「なんだベルモット、もう来てたのか」
「『至急』と言ったのはあなただったはずよ。急いで仕事を終わらせてバイクを飛ばして来たのに、そんな言い方やめてくれる」
「ふん、ご苦労だったな」

 十席ほどの小さな部屋の窓際にベルモットは立っていた。どうやら彼女はジンに呼び出されたらしい。
 二人が適当な席に座ったので、僕もジンとベルモットの間の、スコシベルモットに近い位置の席に着いた。座ると早々に「で、用ってなに?」とベルモットが口を開く。

「あのガキのことだ」
「ああ、ブリガンテファミリーの……」
「バーボンは知っているが、ここにそのガキを置いている。……お前たちにはそのガキの監視と説伏を任せる。ガキがどれほどの力を秘めているかは不明だ。万が一、組織の害になるような能力だった場合は始末しろ。そして、それよりも重要なのがガキに組織に対する忠誠を誓わすことだ。前にベルモットが洗脳と言っていたが、まさに洗脳してでも組織に愛着を持つように仕向けろ」

 饒舌に僕たちに命令したジンは、喋り終わると以上だといったようにタバコを取り出した。

「別にいいけど私は任務もあるし、ずっと付きっきりなんてできないわよ?」
「ああ。今日明日にガキを引き込みてえわけじゃねえからな」
「あの女の子のデータはないんですか?」
「たいしたもんじゃねえが、一応ブリガンテファミリーから持ち出したデータがある」

 そう言って数枚の紙がホチキスで止められた資料を渡してきた。
 受け取った資料に目を通したが、目ぼしい情報は書かれていない。名前ですら番号でわからない。年齢や出身地の欄は空欄のまま。唯一使えそうな情報は、半年ほど前にファミリーに誘拐されたということ。
 一枚目をめくって二枚目を読もうとしたとき、同じく資料を読んでいたベルモットが「あら」と声をあげた。

「あの子、日本人なのね」
「え……」

 ベルモットが二枚目の真ん中あたりの欄を指差して見せた。

「そうらしいな。ガキが回復して落ち着いたら日本に連れていく予定だ。……なんだバーボン、あのガキが日本人なのが気になるのか?」
「え、ええ、まあ……」
「ふん、変な気は起こすなよ。絆すつもりが絆されてちゃ世話ねえからな」
「その心配はありませんよ。任務はきちんと遂行しますから」
「それならいいが。……それと、ガキが日本だからバーボン、お前をあいつの世話係に任命する」
「僕、子どもの扱いなんてわかりませんよ?」
「なに、ガキといえども女は女だ。女の扱いは慣れているだろう?」
「嫌な言い方しますね」

 話はそれだけのようなので、資料をジンに返して席を立った。
 目が覚めて一番最初に会った方が僕に警戒せずに済むはず。そうと決まれば、この部屋に居続けるより女の子の部屋に行こうと扉を開いた。

ヒトリヨガリ