散歩する話
日に日に愛子は元気になり、ある日愛子の部屋に行くと体力を持て余した様子の愛子が外に出たいと訴えてきた。そろそろ、そう言うころだろうという予想はついていた。数日前にジンから愛子が言ってきたら外出してもいい、と言われていたのですぐに外出許可を出すと、あまりに僕が簡単に頷いたので驚いた様子だった。僕自身、ジンから外出許可をもらったときは驚いたが、どうやら自分の意思が尊重されているという印象を持たせるためらしい。だから、僕から外に連れ出すことはせず、あくまで愛子が外に出たいと言ってからだと念を押された。
ジンの考えと愛子の喜び様の差が少しばかり心苦しかったが、愛子が喜んでいるんだからいいかと自分を納得させた。
是が非でも外出許可をもぎ取ろうという態度だった愛子は頭の上にクエスチョンマークを出したまま突っ立っているので、クローゼットから服を出し着替えるようにと愛子に手渡した。
そういえば、愛子の年齢だともう一人で着替えられるのだろうか。着替えの手助けをするか迷ったけど、愛子はしっかりしているし、できなかったら呼ぶだろうと考えて部屋から出て着替え終わるのを待った。
着替え終わって部屋から出てきた愛子がきちんと服を着ていたことに安心した。そしてそのまま研究所から出た。早い時間だったため外は少し肌寒くてブラウスしか着ていない愛子が心配になり「肌寒くないかい」と声をかけた。
「うん、大丈夫」
「疲れたらすぐに言うんだぞ? 愛子はずっと動かない生活をしていたんだから、筋力も衰えているだろう?」
「大丈夫だよ」
「外には危ない人もいるから、あまりキョロキョロしたり勝手に歩き回ったらダメだからな。手を離したらしばらく外出は禁止にするから。……わかったか?」
「はーい」
外出時に子どもにかける注意を思い返して言ってみたが、愛子は聞いているのか聞いていないのかわからないほど上の空で軽い返事だった。目線は外の風景で、早く早くという気持ちが伝わってきたので、注意は諦めた。
研究所の敷地から外に出ると、愛子の表情は明るくなった。面白いものなんて何もないのにあたりを見回している。風景に集中しすぎて歩くのが遅くなっているので、僕もその速度に合わせた。どうせ遠くまでは行けないんだ。ゆっくりと歩けばいい。
楽しそうな様子を見て、人間不信になっていないことに安堵した。ファミリーに拐われて以来、組織の人間以外と接触するのが初めてだったから、外を歩く一般人――特に愛子を千里眼にしたブリガンテファミリーと同じイタリア人を見てフラッシュバックを起こさないかを心配していたが杞憂だったようだ。
それでも、大勢の人間を見るとパニックになったり、精神的に負担になったりするのではないかと周囲に気を配っていると、不思議そうに僕を見上げた愛子が「バーボンもキョロキョロしてると転ぶよ?」と笑いながら言った。
「僕の心配はいいから、愛子は自分の心配をしてなさい」
ちゃんと気を付けるようにと真面目な顔で言ったが、やっぱり出るときと同じような気の抜けた返事が返ってきた。
少し歩くと、目に見えて愛子の足が遅くなった。そろそろ体が限界だろう。人気もない今の間に帰った方がいいだろう。
愛子に引き返すことを伝えると、まだ外にいたいようで帰宅を渋った。だけど、こちらも折れるわけにはいかない。今後はこもってばかりではなく外にも出ないといけないんだ。今無理をして外に出るのを嫌がるようになってはいけない。頑として譲らない姿勢を見せると、愛子は不承不承に首を縦に振った。
だけど、結局愛子は帰るまでに数えられないくらい「疲れた」と言い、その度に「次は帰りのことも考えるんだよ」と愛子の頭を撫でて励ますこととなった。