調べたい話

 少しずつ愛子を外に慣れさせると、ジンから愛子を任務に同行させるようにという指示を受けた。まだ早いのではないかと反論したが、「ここは保育園じゃねえ」という一言に何も言い返せなくなった。おそらく僕が愛子に絵本を買い与えていることも含めての遠回しな忠告だろう。愛子が日本人で、今後は日本で活動するだろうことから、僕の日本語の絵本は許容されているが、それ以上の教育は排除されるだろう。
 組織は愛子を養育してるのではなく飼っているのだから。
 そして、「普段と違う場所」というシチュエーションにも対応できるかどうかを見るために、ジン愛子を任務に同行させるのはヴェネツィアでの暗殺任務に指定した。もっと安全な、情報収集の任務の方がよかったけれど、愛子が暗殺するのではないのだからと自分を納得させた。
 ヴェネツィアでの愛子は僕が思っていたより落ち着いていた。初めて散歩に行ったときのことを考えると、もっとはしゃぐかと思ったけれど僕とベルモットが任務に行っている間、文句も言わずに留守番していて拍子が抜けた。もしかしたら、過去にヴェネツィアに来たことがあるのかもしれない。それを愛子に聞いてもいいのかわからなくて、聞けないまま。
 愛子は昔のことを何も話さない。マフィアに捕まる前に、どこで誰と暮らしていたのかも。
 ヴェネツィアに来るときに乗った列車で、愛子に似た少女と会ったことがあると言うお婆さんの話を聞き、その少女が愛子の母親かと思ったけれど一緒に話を聞いていた愛子は何も反応しなかったし別人なのかもしれない。
 愛子の母親が組織に見つかると暗殺されるだろう。それなら見つからない方がいいのかもしれない。だけど、こんなに幼い子どもを親から引き離して裏の世界に置いておくのは、闇に染まっていない僕にはとてもできなかった。
 唯一僕が知っている手がかりは、過去に日本に住んでいたことがあるということくらい。その不確かな情報を頼りに、日本にいる警察関係者たちに愛子の年頃の女の子の捜索願が出されていないか確かめてもらっているが、今のところ何一つ情報は出てきていない。
 だからこそ、ヴェネツィアの任務が終わり、愛子が日本に帰国すると知ったときはこれで捜査が進展すると内心喜んだ。結局空振りだったが。
 それでも、今までメールでしか愛子のことを伝えられなかったのが、直接伝えられるようになったのは大きい。走り去る愛子の後ろ姿を見ながら笑っているスコッチを見てそう思った。
 スコッチにも愛子のことで協力を要請していた。いつかは顔合わせをさせないといけないと思っていたが、たまたまその機会ができてよかった。愛子曰く「いやらしい目で見ていた」ライは少し嫌われたようだが、物腰の柔らかいスコッチは受け入れてくれそうだった。

「ずっと愛子を見ていたが、どうかしたのか?」

 笑っているスコッチの隣で、じっと愛子を見つめていたライに話を振る。
 愛子が出て行ったときは笑っていたが、今は少し物思いに耽っているよう。何か愛子のことで気づいたことでもあるのかと思ったが、そういうわけではないらしい。追求したが口を割らないので、まさか本当に愛子の言うようにロリコンなのかとスコッチと顔を見合わせた。
 それを見て、渋々ライが口を開いた。

「あの年齢にしては大人びているな、と感じただけだ」
「幼い容姿で大人びている愛子のギャップに頭がやられたかということか?」

 慎重にライに聞き返すと、呆れた顔で「その話は置いておけ」と言われてしまった。しかたなく、真面目なライに付き合うことにする。

「愛子が大人びているのは、マフィアに誘拐されたからだろう? 美味しいものを食べているときなんて年相応の表情をしている」
「……それなら俺の勘違いだったか」

 まだ納得していない様子だったが、続いてスコッチが「俺も最初はライのように、まるで子どもに大人が乗り移ってるみたいだと思ったけど、喋ってるのを見ると気が張っているだけなんじゃないかと思えたよ」と言ったので、そういうことにしておこうとそれ以上何も言わなかった。
 そんなことより、スコッチの「喋っている愛子」という言葉に、はっとした。

「ライ」
「なんだ」
「愛子は根に持つから、しばらく機嫌が悪くなるだろう。それにロリコンとも呼ばれ続けるかもしれない。次に会うときには何か甘いものを用意しておいた方がいい」

 ライは嫌そうな顔をしたが、「愛子に取り入るためだ」と建前を言っておけばすんなりと頷いた。
 横からスコッチが「駅前のクロワッサンが美味しいらしい」と言ったので、ライはそれを渡すだろう。しばらくは僕から愛子にクロワッサンをあげないようにしておかなければ。

ヒトリヨガリ