無情な話
「あの子ども、末恐ろしいな」
会議に出るために本部に出向くと、近寄ってきたライが周りに聞かれないように耳打ちしてきた。「あの子ども」が愛子のことだということはすぐにわかったので、話を聞くために、邪魔にならない人気のない廊下に移動した。
「……任務に愛子を連れて行ったのか」
「ああ、一昨日にな。お前とベルモットが別の任務があったから代わりに俺が運転手係をやらされた」
「それは悪かったな」
やれやれとオーバーなリアクションをするライに軽く謝った。だが愛子は大人しい性格だからライの手を煩わせることはなかっただろう。
「クロワッサンはやったのか?」とからかうつもりで言ったら、ライは呆れた表情をした。
「機嫌はよくなったが単純すぎないか?」
「子どもなんてそういうものだろう? コロコロ表情を変える」
「たしかにそうだが、少し不自然さを感じる」
少し俯きながら長考するライを見て数日前の食堂でのことを思い出した。あのときもライは愛子のことを「年齢のわりに大人びている」と評していた。それは僕も感じるが、それでも僕はそれが不自然だとは思わなかった。壮絶な体験をし、親元を離れているのだから気持ちを押し殺していることも多いだろう。
「取り繕っているような笑顔だと感じたことはないか?」
あるかないかで聞かれれば、「ある」と答えるしかない。
「だけど、それは……」
「わかっている。愛子にとってこの組織にまだなじんでいないから、と言いたいんだろう? 俺もそう思っていたさ。……俺がターゲットを殺すところを表情を変えずに見るまではな」
ライの言葉に、ひゅっと息が詰まるのを感じた。息苦しい気持ちの中、今言ったライの言葉を反芻する。「俺がターゲットを殺すところを表情を変えずに見るまでは」。どういうことだ。今はまだ愛子にこの研究所の近辺の道を覚えさせるだけのはずだ。写真の男を探す任務なんて、ただの口実で、それに愛子に殺しを見せるのはまだ精神的に早いということだったのに。
震える声を誤魔化して「なんで」と尋ねると、ライはなんてことない顔で「たまたま見つけたんだ」と言う。
僕が聞きたかったのは、どうして愛子が直接ターゲットが殺されるところを見ないといけなかったのかだが、ライにとっては愛子の年齢なんて関係がないのだろう。愛子は組織に入った、だから同じように任務をする。僕が愛子に心を砕いていることを知らないライはいい気なものだ。
一昨日愛子に同行したのがスコッチだったなら、もしかしたらそうならないように気をきかせてくれたかもしれないのにと思うと、心が晴れない。
「あれ? こんなところで何をしているんだ?」
噂をすれば影。スコッチが廊下の角から顔を出した。
「ああ、愛子が任務でターゲットを見つけたことを世話係のこいつに報告していたんだ」
「例の裏切り者か」
「ああ。偶然だが、車に乗っているときに愛子がターゲットを発見して、俺が始末したんだ」
「へえ、それじゃあ初めて愛子が任務を成功させたってことか」
「そうだな」
「バーボン、愛子の初任務成功に立ち会えなくて残念だったな」
からかうスコッチに曖昧に笑う。
スコッチとライは軽快に会話を続けるが、それに僕が入ることはできない。二人との間に厚い壁を感じる。
「なあ、バーボン」
僕がボーっとしていると、スコッチが僕を呼んだ。瞬きをしながら見ていると、スコッチが「聞いていなかったのか」と笑った。
「悪い」
「いや、大したことじゃないんだ。ただ初任務をお祝いしようとっていう話をしていたんだ」
「俺は柄じゃないからしないが」
「ああそうだったな。俺とバーボンで、愛子にプレゼントをあげたら喜ぶんじゃないかっていう話をしていたんだ。どうだ?」
「……ああ、喜ぶと思う」
祝える気分ではないが、純粋に愛子を褒めたいという顔のスコッチを見て反対派できない。それに、愛子も喜ぶだろう。
「じゃあ、プレゼントを準備したらまた連絡する。……そろそろ行かないと会議が始まるぞ」
スコッチの言葉に、僕とライは同時に時計を見た。少ししか話していない気がしたが、もう随分と時間が過ぎていた。
プレゼントのことを考えると気が重いが、それが周囲に気取られないように注意をしながら会議室に入った。