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「これにします」

 店員の持つ黒いリュックを手にとってそう言えば、店員は口角を上げて微笑んだ。

「はい、かしこまりました。他にも何かご覧になりますか?」
「いえ、それだけで結構です」
「それではあちらのレジまでお願いします」

 レジまで案内する店員の後ろに着いて店の奥にあるレジまで行くと、さっきの親子が会計をしていた。レジ台に置かれたカゴには先程と比べ物にならない量の商品が入っている。僕に着いていた店員もそれを見て慌てて会計を手伝いに離れていった。
 レジに入った店員はてきぱきとレジを通した商品を袋に詰めていく。服の他にも大小様々な手提げ袋などもある。どこかで見たことがある大きさだと思っていると、店員がにこやかに「入学準備ですか?」と尋ねた。
 そうだ、通りで見たことがあるわけだ。一番大きな手提げは絵具や道具箱を入れるもの。中ぐらいのものは体操服入れ、小さいものは上靴入れ。他にも小物を入れる巾着が数枚。僕もかつては使っていたものだ。
 聞かれた母親はさっきの子どもをなだめていたときとは違い、幸せそうな顔で大きな方の子どもの頭を撫でながら「そうなんですよ」と頷いた。撫でられた子どももレジによじ登りながら「来年から小学校に行くんだよー!」と元気よく笑った。

「もう、レジに乗っちゃダメって言ってるでしょ。来年からお姉ちゃんでしょ」
「はーい」
「ママー私もお姉ちゃんになりたい」
「はいはい、あと一年待ってね」
「一年ってどれくらいー? 何回寝たらお姉ちゃんになれる?」
「いっぱい寝て大きくなったらよ」

 妹と母親の会話を聞いていた店員二人がクスクス笑いながら和やかに会計を終わらせ、僕の番になった。鞄を渡すと、さっきまで一緒にいた店員はそういえばと言った顔で僕の顔を見た。

「お客様のプレゼントされるお子様も五歳とおっしゃっていましたよね」

 さっきの親子を見ての質問だろう。

「あ、はい」
「でしたらご一緒に、入学準備にハンカチなんかもどうですか? ハンカチは何枚あっても無駄にはなりませんから」
「入学、準備」
「はい!」

 もう一人の店員も「そうですね!」と同意して、二人できゃっきゃとハンカチの便利さを教えてくれるが、愛子は小学校に入学することはないのだ。まさかそんなことを正直に言えるわけがない。この日本で小学校に入学しない子どもなんて――。

「お客様?」
「あ、ああ、ハンカチですよね。……今回はご褒美のプレゼントなので、入学祝はまだ別の機会にします」
「そうですか、かしこまりました」

 脳裏にさっきの親子の姿がちらついた。愛子がマフィアに攫われなければ、もしくは保護されたのがあんな組織でなければ愛子は今ごろ小学校を楽しみにしていたのかもしれない。
 プレゼント包装について聞いてくる店員の言葉が、どこか別の国の言葉に聞こえる。耳に膜が張ったように、音としては何かを喋っていることは認識できてもそれを理解するのに時間がかかる。曖昧に返事をして、代金を払ってラッピングされた商品を受け取るとあとは無意識のうちに駐車場に停めた車に乗っていた。店を出てからの記憶はない。
 ふう、と息を吐いてシートに身を任せ目を閉じた。
 今までは組織のせいで愛子の未来が奪われたと思っていた。僕はどうすることもできないから、せめて僕がいつでも普通の女の子に戻れるように守ろうと思っていた。それなのに愛子は僕の目の届かないところで見てはいけないものを見てしまった。
 暗殺現場なんて、普通の女の子が見るものではない。もし、今警察が愛子を保護したとして愛子は一生、人が銃殺された瞬間のトラウマを抱き続けることになる。
 勝手に僕は愛子を普通の女の子のまま守っていけると過信していた。その結果がこれだ。愛子は小学生にもなることができず、あの子どもがキラキラとした瞳で友達と学校に行って明るい未来について考えている間、愛子は人の死を目の当たりにし続けるのだ。
 せめて、せめてもう少し大きくなるまで人の死なんて見せたくなかった。普通の女の子のようなことを経験させてあげたかった。それからでも裏の世界を知るのは遅くはなかったはずだ。それもこれも僕が失敗したのが原因だ。あの組織の中で愛子を守れる者なんて僕しかいなかったのに、僕が油断したからこんなことになってしまったんだ。
 現実は変わらないのに、「もしあの日僕に任務が入らなければ」、「もしライではなくスコッチだったならば」、「もし組織が愛子に目をつけなければ」なんて僕らしくもない仮想に思いを馳せた。
 依然として、思考に霧がかかったままだった。

ヒトリヨガリ