「……クリス君?」
「ん…、はるね……?」
気が付いたら、目の前に見覚えのある顔立ちをした大人の男の人が居た。何を言ってるかわからないと思うが、大丈夫、私にもわからない。
むくりと起き上がったその人は、確かに私の恋人――クリス君のはずだ。はず、というのは、彼の姿がいつも見ている十代後半程のものではなく、大人の――少なくとも二十代半ば程の外見をしていたからである。
「あの、クリス君、なんだよね?」
恐る恐る訊ねると、彼はふわりと笑みを浮かべて頷き、よしよしと私の頭を撫でる。少し眠そうなものの、「そういえば今日だったかぁ」という発言からして、何かしら知ってるのは分かった。
「大丈夫、何も怖くないからね。ちょっと驚いてしまっただろうけど――安心して、僕が守るから」
「う、うん……あー、クリス君?」
「どうかした? 春音」
正直、戸惑いの方が大きいのだが――まずは服を着てほしい。そう思いながら、私はベッド側に投げ捨てられていた服を手に取り、それを彼に手渡した。精神が肉体に引きずられているのか、彼の惜しみ無く晒された引き締まった体はなかなか目に毒だ。
きょとんとした顔で渡した服を受け取ったクリス君は、数秒ほど間を置いて理解したのか、にっこり笑ってシャツを羽織ってくれた。生暖かい眼差しが不本意だがやむを得まい。大人クリス君は色気がありすぎて、ドキドキが止まらないのだから。
「……なるほど。私は沢田君の企みに巻き込まれたってことか」
「そう。本来春音は一般人だし、僕もマフィア関連から足を洗ってるから無関係なんだけど――」
そこから先は言わずもがな、と肩を竦めながら溜め息を吐いたクリス君の頭を撫でる。私が何故此処に来たのかは十分理解した。
この世界――十年後の世界のクリス君は、なんと社長さんをしているらしい。総合商社、と銘打たれてるだけあって、なかなか大きな会社らしく、今日ゆっくり寝てたのも、久々にまとまった休みが取れたので私(正しくはこの世界の私だ)とのんびり過ごすためだったとか。なんだか申し訳ない。
「なんかごめんね、クリス君……」
「えっ?」
「だって、ほんとなら未来の私と過ごす筈だったのに、」
未来の私にも心の中で謝る。全部終わったら、未来の沢田君に一発喰らわせてもいいと思うよ……。
「気にしないで。初めに案に乗ったのは未来の春音だったし」
「えっ」
――前言撤回。何を考えてるんだ、未来の私は。私≠ネらクリス君と居られる時間は一分一秒でも大切にするのに。馬鹿なのだろうか……馬鹿なんだろうなあ……。
「ははは、だから気にしないで。いずれ僕も過去の自分と入れ替わる日が来るけど……それはまだまだ先だしね。それまでは僕が責任をもって春音の側に居るから」
優しい眼差しでそう告げたクリス君に、私は「よろしくおねがいします」と軽く頭を下げた。
かくして、私の十年後の世界での生活は幕を開けたのである。
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