ごうごう風が鳴る外を窓越しに見ながら、彼女のことを思う。
 こういうとき、側に居られないというのは辛い。一緒に住んでいるのなら、隣に寄り添って夜が明けるまで過ごせるのに、別々に暮らしているとそれもできない。
 電話をするのも憚られる。夜も更けてきたし、なによりこの天気だ、きっとご両親と三人で過ごしていることだろう。自分と違って、彼女はとても家族仲がいい。その団欒の邪魔をするのは嫌だ。
 本棚に並ぶ本を読む気分にもなれないし、かと言ってタブレットやノートパソコンを開く気分でもない。そもそも、調べたいと思うことも無いのだ。不思議だ、彼女が知りたいと思うことならいくらでも調べようというやる気が出るのに、自分のことだとこれっぽっちもやる気が出ない。そんなことを言うと彼女が悲しそうな顔をするので極力言わないけれど。

(もう、寝てしまおうかな)

 時計の針は普段の就寝時間よりも随分早いけれど、たまにはそんな日もあっていいかもしれない。
 さっさと寝て、明日起きたら連絡を入れよう。電話をして、モーニングコールするのも良いかもしれない。そう考えたら、体は自然と寝る方向へとシフトされていく。
 座っていたデスクチェアから立ち上がり、そのままベッドに向かう。ごろんと一人用にしてはやや大きいそれに寝転がって、ぼんやりと天井を見上げた。

(……一緒に暮らしたい)

 朝、目覚めたときに彼女の顔を見られたらどれだけ幸せだろう。起こしてもらうのもいいし、眠ってる彼女を見つめながらぼんやりと幸福感に浸るのもいい。
 おはようとあいさつをして、夜は同じベッドでおやすみと言いあって眠りに就く。ありふれた、本当にありふれたものでいい。そんなささやかな幸せが、何よりも大切なのだと知っているから。

 ごうごうと窓越しに風が鳴っている。そろそろ寝ようかと電気のリモコンに手を伸ばしたとき――携帯がブルブルと震え始めた。

「えっ」
 思わず声が出る。画面に表示された着信相手を見た瞬間、手は即座に通話ボタンを押していた。「も、もしもし?」隠しきれない焦りを繕いながら話しかける。電話越しに聞こえた声は、ついさっきまで思いを馳せていた彼女のものだった。

「どうしたの? ……ああ、台風? うん、こっちも荒れてるけど、大丈夫、それほどでもないよ。そっちは? ご両親と居るんでしょう?」
 訊けば、彼女の家の方も風は強いけれど特に事件が起きることもなく、そのまま自室に戻ったのだという。
「そう、それは良かった。うん? 僕? 僕は一人だけど……ああ、大丈夫だよ、平気平気、いつものことだしね」

 一人で寂しくはないか、そう問い掛ける彼女の声はどこか寂しげだ。ここで寂しいと言ったら、彼女はどんなふうに返してくれるだろう。慰めてくれるのかなと考えて――自分の馬鹿さに冷静になる。

「ありがとう。本当は、電話しようかどうしようか迷ってたんだ。……君の声が聞きたくて、どうしようかなって。それで、どうせなら明日にでもと思ったんだけど――うん、やっぱり早く電話しておけば良かったよ。声が聞けただけでこんなにも元気が出た」
 胸の奥が温かくなる。一人だとけして感じることのないものだ。それなら良かった、と電話越しに言う彼女の表情が目に浮かぶようだ。きっと、安心したような穏やかな表情をしてるに違いない。

「それじゃあ、あまり長電話も悪いから、名残惜しいけどまた明日……今度は、僕からかけるから待っていて」
 おやすみなさい、と言い合って電話を切ろうとして、言い忘れたことを思い出して慌ててまた電話を耳に当てる。「ごめん、もうひとつ、言いたいことがあって」なあに、と大好きな声が聞こえて、言葉はするすると形になった。

「愛してるよ、誰よりも。……明日、モーニングコールをするから、目覚ましはしなくていいからね」

 声にならない声を聞きながら、やったもの勝ちだと電話を切る。「おやすみ」、とちゃんと付け加えて。

「……今夜はいい夢見れそう」
 部屋の明かりを消して、布団に入る。気づけば外の風も随分と弱くなっている。電話に夢中で、全然気にならなかった――とても幸せなことだ。
 目を閉じれば彼女のことが思い浮かんで……そのまま、穏やかな眠気に誘われて眠りに就いたのだった。



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