「ただいま、マキちゃん」
「……クリスくん?」
ぱちぱちと瞬きをした後、私は急いで彼に駆け寄った。今の彼の姿は、出ていく時と全く違う、ボロボロで色んなところから血が出ている状態だった。
「と、とりあえず座って! 救急箱……ファイさんが置いといてくれたやつ……」
ふらふらな足取りの彼をなんとか椅子に座らせて、今は出掛けている旅の仲間が用意してくれた救急箱を引っ張り出す。ファイさんがいればもしかしたら治してもらえるのかもしれないけど、生憎彼含め男性陣三人はクリスくんとはまた別にお出かけ中だ。
二階にはサクラちゃんとモコナが居るけど、二人とも疲れておやすみ中なので起こすという選択肢はまず無い、つまり今、彼を手当てできるのは私だけなのだ。そう自分を叱咤して、震える手を誤魔化しながら包帯や消毒液を取り出す。
「ごめんね、染みると思うけど」
「いや、大丈夫だよ。……っ」
消毒液で傷口を拭ってはガーゼや包帯で不器用なりに巻いて手当てをする。消毒液を染み込ませた綿はどんどん赤く染まって、彼の傷がひどいのだといやなくらいに私に教えてくれた。
「一体、だれがこんなひどいこと……」
「大丈夫だよ、僕が油断していたって言うのもあるし……だから、ほら、泣かないでマキちゃん」
酷く疲れた様子なのに、私の目尻から出てきた涙をそっと拭って笑顔を見せるクリスくんは、やはり強い人だ。だからこそ、自分の弱さがいやになる。
「泣いてないよ……」
ぐっと奥歯を噛み締めて、涙をけして流さないようにしながら必死に手当てを進める。全体的に切り傷が多いけど、特に酷いのはお腹だ。
まるで何度も殴られたりしたような、青紫と赤色が混ざりあってぐちゃぐちゃになってしまった色。こんな色を人間の体は出すことができるのかと思うほど酷くて、とりあえず消毒液で綺麗にして、血の出ている部分にはガーゼを貼り付ける。
「こ、これで一通りはできた……はず」
まだ痛いとこはないかと聞けば、彼は「十分だよ」と笑みを浮かべて優しく私の頭を撫でた。
「ありがとう。ごめん、カッコ悪いところ見せちゃったね」
「クリスくんはいつでも素敵だよ」
「そう? それは嬉しいなぁ」
……あ、なんか流された。
そうわかってしまうのは、私が彼のことを好きだと思っているからだろう。此方は至って真剣に言ったつもりなのだが、彼にはそう見えないらしい。
その事実が少し悲しいけど、それはきっと、彼が私でなく私≠想っている証拠だ。
「飲み物持ってくるね、ちょっと待ってて」
「うん」
少し前に、こっそりファイさんに教えてもらった。私がまだ私≠セった頃――侑子さんのミセに訪れた時、彼は私のことを「マキちゃん」ではなく、「春音」と呼んでいたと。そしてモコナに頼んで、皆に見つからないように侑子さんに通信したときに知った。私が支払った対価のことを。
失われた記憶、彼だけが知ってる私=A彼は今、どんな気持ちで私を守ってくれてるのだろう。私≠ヘ、どんな気持ちで自分の記憶を差し出したのだろう。
悲しかった? 苦しかった? 本当は渡したくなかった? ぐるぐる考えてみても、空白の記憶は戻ることはなくて――私は、彼がもう一度、わたしを名前で呼んでくれる時を待っている。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、マキちゃん」
優しく微笑む彼が好きだ。だから、ずっと笑っていてほしい。
その為に必要なら、どんな対価を払っても失われた記憶を取り戻したいと思う。例えそれで、今の私が消えてしまったとしても、彼がまたわたしを名前で呼んでくれるなら――それはとても、幸せなことだと思うから。
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