冒頭
高校進学のお祝いに――と寄越された旅行券。
生まれて初めての海外に心が浮き立たなかったと言えば嘘になるだろう。
残念ながら体に不安が残る何人かは日本国内の姉妹リゾート地に行くことになったものの、毎夜(時差的に日本では十三時間ほど進んでいるので昼過ぎ頃にはなるが)のようにネットを介して皆で顔を合わせているし、渡してきた側が用意した通訳の男性は朗らかに自分達の質問に答えてくれる。
大半が中学英語程度の拙い言葉しか話せなかったが、安心してニューヨーク観光をしていられた。
――そう。していられた、のだ。
「……まさか、こんなことになるとは」
青は深く溜息をついた。これは流石に予想外であったと言わざるを得ないだろう。部屋に集まった級友たちに目を向ければ、皆一様に青と似たような苦みを含ませた笑みを浮かべている。
一部屋に全員は入りきれないため数人ごとに何部屋かに分かれてはいるが、今の気持ちは皆同じだろう。
よりによって、海外にいる間に世界に終末が訪れるなんて――と。
ニューヨークに到着した頃から不穏な気配はちらほら見え隠れしていたものの、まさか己が身に降り掛かってくるとは思わなかった。
「早めに切り上げて帰国すべきだった……」
「んだなぁ。でもさすがにこんな事になるなんて誰も思わねーって」
項垂れる青の肩を叩き、部屋に集った級友の一人が笑いながら窓の外を見る。
鉛のような曇り空、ところどころ煙が立ち上がり、窓から見下ろすストリートは車がクラッシュし、道路で玉突きのような形でいくつも重なっている。
控えめに言って大惨事だ。
とうに帰国の期日は過ぎ去り、現在青たちが居るホテルも既に従業員も逃げ出し、いつ電気が切れてもおかしくない状態だ。それでもここに留まっていたのは辛うじてまだWiFiの回線や電気が通っていたからで、それも時間の問題であることは明白だった。
そして外に出ない何よりの理由、それは――
「しっかしまぁ気持ち悪いなぁ、死体が動き回ってら」
「そうだね」
死体。
本来既に生を終えた人の身体が、何故か動き回るようになった。その身体は熱を求め――つまり生き物に吸い寄せられ、その熱を貪る。おぞましい生き物だ。人は、生き物はその化け物に追われ、捕まって喰われてしまえば最後、自分もその化け物の仲間入りを果たしてしまう。
正十字騎士團は何をしてるのかと悪態をついたのも既に過去の話。騎士團が機能してないと分かってからは、部屋に篭もりどうにか日本と連絡を取るのに尽力した。
「やっほーい、ご飯取ってきたよ」
「おー、ありがとなほとりチームー」
ひょこりと顔を覗かせたのは級友の一人であるほとりだ。彼女は長い黒髪をいつものように髪紐で高くひとつに結って、日本に居た頃と変わらない朗らかな笑みを浮かべている。
今回宿泊していたホテルは、あらかじめ青たちでワンフロアが貸切の状態となっていた。それもあり、この異常事態が起きてからは従業員が居ないのをいいことにさっさと壁をぶち抜き、拠点に決めた数部屋を繋げたのだった。
「下はどうなってた?」
「どうもこうも、お察しのとーりだよん。シェフ達もみーんな見事にバケモンになってたから始末して、食糧かっぱらってきた〜」
「そう……」
「あとさっきトランシーバーで外の探索班が一人保護したって連絡あった。日本人みたい」
「……そうか、無事で良かった」
アメリカに来ていたのはクラス全員のうち二十人ほどで、残りの十数人は身体の都合や外せない用事があるなどで国内のリゾート地で休暇を過ごしているはずだ。国内であれば此処と似たようなことが起きていたとしてもどうにかできるだろう。級友達ならばなおのこと、心配するだけ杞憂というものだ。
今回不幸中の幸いだったのは、アメリカに来ている全員がこの手の異常事態に慣れているということだ。
特に今回は上手い具合に国内の級友達とパワーバランスが分けられてるため、精神的なアドバンテージがあった。
目下の問題といえば、どうやって帰国するか――その一点に尽きる。
「……なるほど。つまり、私達全員でこのアメリカ大陸をヒッチハイクしてロサンゼルス空港を目指せ――と」
『ご安心を、遠隔で全てとは行きませんが我々もサポート致しますので☆』
「ったりめーだばっきゃろー!二日ってそれ車でしょうが!どうやって行けと!?」
『ハッハッハ。何をそんな戸惑ってらっしゃるのです?できるでしょう、そこは最早法も倫理もおおよそ崩壊しているといっても過言ではない無法地帯。であれば、手段などいくらでも、ね?』
「……それもそうか」
「青ちゃん!」
「……皆を集めて。助けた彼女は英語も話せるし、目的は一致している――皆で日本に帰ろう」
覚悟を決めた目で全員が顔を見合わせる。
かくして、二十人の中学生と救助された少女は、故郷に帰るためニューヨークからロサンゼルスへの大陸横断を決断したのであった。