成島家二女in監督生
ICV:〇縄まりあ
その日、鏡の間は悲鳴と動揺に包まれた。
学園長に連れられて入ってきた新入生――遅れてきた生徒のその姿に。
「こ、子供……?」
誰かがあ然とした声で呟いた。
入ってきた生徒は、どこからどう見てもまだ幼い子供だった。雪のような白髪の、どこかエキゾチックな顔立ちをしていた。
大きすぎて裾が余る式典服を引きずりながら、おぼつかない足取りでよたよたと歩く姿は陸に上がったばかりの人魚のようにも見える。そして式典服の下の服装。本来なら入学者は指定の制服を着ているはずだというのに、子供は制服を着ていなかった。
上はぶかぶかのオーバーネックパーカーをワンピースのように着て、棒のように細く小さな足を覆うレギンス、白色にピンクのラインが入ったスニーカー。片方の手を空けておきつつ、もう片方の手は見たことのない独特なデザインの赤色のリュックのようなものを離さないように握りしめている。
子供の顔色はお世辞にも良いとは言えないものだった。
キョロキョロとしきりに室内を見渡し、どこか怯えた様子で懸命に異常事態を理解しようとしているように見える。明らかに異様で異常だ。どよめく室内で、入学式に出席していた生徒たちの中でひそひそと飛び交う声は、連れてこられた子供を案ずる声が圧倒的だった。
ツイステッドと冠していてもこの世界はワンダーランド。女の子は皆プリンセスの卵であると云われ、お砂糖とスパイスと素敵なもので出来ていると云われる世界。女子供には優しくすべし、やんちゃな悪ガキにはちょっとお灸を据える程度、が標語のワンダーランドだ。闇の鏡に導かれて集められた思春期真っ盛りな男子といえど、現代地球とは倫理観の異なる優しいワンダーランドで育った未来の紳士の一人である。
異様な状況のなか、突然現れた子供を案ずる声が大きいのも仕方の無い事だった。
しかしそんなどよめきも何処吹く風といわんばかりに学園長は子供を闇の鏡の前へと連れていき、名前を名乗るよう言った。
子供は戸惑った様子で何度か学園長と闇の鏡を交互に見て、そっと口を開いた。
「……しま……」
なんとか絞り出したのであろう震える声は鈴の音のようにか細く、愛らしいもので――本能が、子供が小さな「プリンセス」であると、その場の全員へと現実を叩きつけたのだった。
「オイ、クロウリー。どういうことだ? なんで入学式に子供が――それも、小さいレディが居る?」
「ちょっと、殺気立たないでちょうだい。プリンセスが怯えてるじゃない」
褐色の肌の青年が学園長である男性を睨みつける。殺気混じりのそれを女性のように美しい顏(かんばせ)の青年が窘め、少女に視線を合わせるように屈み込む。
「ごめんなさいね、アタシたち、あなたに訊きたいことがあるの。答えてもらえるかしら?」
「……わ、わかること、なら……」
「ええ。それで十分よ。まず、あなたはどうやってここへ来たのかしら? 一応、入学者は闇の馬車が迎えに行くことになってるのだけど」
「馬車……?」少女が戸惑った顔で、首を傾げる。「いいえ、……あ、でも、蹄みたいな音、きいた、ような……?」
「あ、あの、わたし、これから学校に向かうところで……ここ、どこですか? わたし、どうしてこんな、こんな知らないところに……?」
幼い少女――シマ・ナルと名乗った彼女から聞き取れたこと。
それは彼女がほぼ確実に自分の意思ではなく強制的に此処に連れてこられた――攫われてきたということと、少女の元いた国が、異世界であろうという事実だけだった。
「あなたの年齢、教えてくれるかしら?」
「……今年で、十一」
十一歳。本来であればまだエレメンタリースクールに通う年頃の少女を、なんの手違いかは分からないが、ナイトレイブンカレッジの黒い馬車は入学者だと認識し、彼女を強制的に異世界へと攫ってきた。そして本来選定したはずの闇の鏡は攫われてきた子供に対し「魔力は無く、どの寮にもふさわしくない」と宣った。それならば元いた場所へ帰らせなければ、と再度闇の鏡に問えば、「あるべき場所はどこにも無い」といい帰らせてやることもできない。
どこからどう見てもバグとしか思えない。完全に事案だ。
途中、魔獣が潜り込んで一騒動起こしたもののなんとか収束させ、入学者たちを各寮へと連れて行った寮長たちは再度鏡の間へと集まり、あんまりな現実に呻き声とともに天を仰いだ。やってられっかこんなもん。そう吐き捨てたいのはやまやまだったが、目の前には被害者である幼いレディが居る。ただでさえ誘拐されて不安な中、これ以上恐怖を与えるような真似ははばかられた。
幸いにも、シマは通学鞄――「ランドセル」と称していたリュックを持っていた。
その中には今日使う予定だったのだろう見たことのない言語の教科書などが入っており、彼女が異世界から来たのだという確証がより強まる。
途中、少女の着ていた式典服を狙って襲ってきた魔獣が乱入するなど、異例ずくめの入学式だ。
何より危惧すべきは、この幼い少女の処遇である。
ほぼ確実に学園側の過失な上、選んだハズの闇の鏡は知らんと言い、どこにもあるべき場所は無いとか言いやがる。異世界からの女児誘拐という事実は、ワンダーランドの男たちのハートを粉々にする勢いで穿った。
必死に我慢していたのだろうが、不穏な空気にとうとう耐えきれずほろほろと涙を流した少女の涙を拭いてやりながら、ぐつぐつと煮立つ苛立ちを学園長へぶつける。
「だからちゃんとメンテナンスはしなさいよって言ってたのに! どうなってんのよ、学園長!」
「これは大問題ですよ。空間転移魔法が異世界に干渉しただけではなく、飛び級でもない別の世界の――それもまだ幼い少女が連れてこられたなんて」
シマは制服として、男子用としては一番小さな――それでもまだオーバーサイズで、何とか調節した制服の上着だけを着ている。
上着の下には教師陣が用意してくれたインナーシャツに、身を守るための魔法具をネックレスとして仕込んである。ネクタイはリボン結びで、相棒であるグリムとお揃いねと笑う姿に少年たちがキュンと胸をときめかせた。
ズボンは担任となったクルーウェル監修のもと、七分丈に調整した男子用のパンツスタイル。そして元々履いていた白色にピンクのラインがポイントのスニーカー。鞄は元々こちらの世界に連れてこられて一緒にやって来た赤色のランドセルをそのまま通学鞄として使用している。
全校生徒にはシマの処遇について説明済みだ。完全に学園の過失で強制的に異世界から誘拐された幼い少女。しかし理知的な思考で見事クセの強いナイトレイヴンカレッジの男たちの手綱を握った胆力から、学園長が「監督生」として二人で一人とグリムとセットの形で一人の生徒として認めるというもの。
当然ながら反発はあった。
そもそも、シマは本来ならエレメンタリースクールに通う年頃の子供である。それも異世界の。育った世界も常識も違う子供に、ハイスクールの――それも名門校であるナイトレイブンカレッジの――勉強など分かるはずもない。何より危なすぎる。シマは魔法のない世界から連れてこられた、ただの子供なのだから。
まだ学園で保護する形で置いておくならそれでいい。そもそも彼女が連れてこられたのは学園側の過失なのだから、責任を持って親元へ返すまで保護するのは当たり前のことだ。しかし「生徒」とはどういう了見なのか。それも「監督生」という役割を担わせ、見る人が見ればすぐに分かってしまうような学園長の下心が丸見えな形で生徒として通わせ、学校から遠く離れたオンボロ寮に住まわせるなんて!
ちょっと控えめに言って狂っているとしか言いようがない。
これには流石の妖精族の皆さんもおこだった。妖精族は幼子が好きなので、異世界とはいえ幼子が誘拐されて泣いてるとか地雷中の地雷。幼子よハッピーであれ。飴ちゃんあるよ? 食べる?
「グリム、次の薬草ちょうだい」
「わかったんだゾ!」
抜群の記憶力を持つ子分のシマが釜を掻き混ぜ、親分であるグリムが材料を渡していく。同じ屋根の下で共に暮らすうち阿吽の呼吸でコンビネーションを発揮するようになったオンボロ寮組は、混ぜるごとに色を変えていく大釜の中身におおと歓声を上げた。
「すげーんだゾ!」と沸き立つ親分の姿に子分であるシマも嬉しくなる。「そうだね」と言って、さて次の工程はと記憶を呼び起こす。上手く行けば完成は間近だ。焦らず行こうと親分に声をかけ、シマは大釜を掻き混ぜる腕に力を込めた。
「Good! よく出来ているぞ仔犬、頑張ったな」
「へへん、当たり前なんだゾ! オレ様と子分にかかればちょちょいのちょいだ!」
「グリム、そこは素直に頑張ったでいいとおもうよ」
「オメーはもっと胸を張るんだゾ! ただでさえちっちゃいんだから、他の奴らに舐められちまう」
「んぅ? そうかなあ……」
よくわからないと呟く小さな少女を頭を撫でてやりながらクルーウェルは懐からキャンディを二本取り出し、それを二人に渡した。よく出来た仔犬にはきちんと褒美をやるのが飼い主の役目である。嬉しそうにキャンディを受け取った幼い少女と魔獣という異例のコンビは、クルーウェルにとってイレギュラーながらもかわいい仔犬なのだ。
オンボロ寮生であるシマとグリムは、たびたびサイエンス部で実験の手伝いや見学をすることがある。
それはサイエンス部の顧問でありシマとグリムの担任であるデイヴィス・クルーウェルが取り計らってくれたもので、異世界より誘拐されてこのツイステッドワンダーランドへとやって来た幼い少女と無知な魔獣にこの世界の常識を教えるための知育の一環だった。
シマは異世界より誘拐されてきた魔力を一切持たない人間だが、記憶力は教師陣が目を見張るほど優秀だった。
本来ならばエレメンタリースクールに通っている年頃であるというのに、魔法史や魔法薬学など、記憶力や魔力を使わない授業の実験や筆記は片手ほど年の離れた一年生たちよりも優れているときがあるほどだ。
クルーウェルの担当するA組の生徒たちなど、本来なら自分たちが教えてやらなければならないところ、逆に年下のシマから教えられているほどだ。やや感情の起伏が乏しい部分があるものの、上にクラスメイトたちと同い年の姉が居るだけあって年上と接するのにも問題はなく、本人の温厚な性格や面倒見の良さもあって、小さなプリンセスは年上のクラスメイトたちとも良好な関係を築けているらしい。
しかし、飛び抜けて優れた記憶力は幼い少女にとっては諸刃の剣だ。
曰く、「望んで覚えているのではなく『忘れる』という機能がないだけ」である脳は常にオーバーワーク状態らしく、食事を摂っても栄養が足りてないのか体は小柄で、「頭を回転させたくない」と日頃からなんとか省エネルギーで済ませようとしている。という話はクルーウェルも知っている。
自身が顧問を務めるサイエンス部に呼んだのは、魔法薬学や錬金術などの実験ならは魔法が使えないシマでもできるということと、彼女の献身的な知育によって実験に興味があるらしいグリムの教育も兼ねており、デメリットよりもメリットの方が大きかったからだ。
部員たちも二人の身の上は把握しているし、なによりいたいけなリトルプリンセスと(本人は否定しているが)お猫様の組み合わせ。実験をしつつも癒される、実に合理的。
オンボロ寮に半ば軟禁されるように暮らしている二人の境遇を知るサイエンス部のお兄さん達は最早クルーウェルに次ぐ保護者のような気持ちでふたりを見守っていた。
余談であるが、オンボロ寮の二人は基本的に談話室で寝起きしている。学園長はシマが魔法が使えないにもかかわらず修復魔法を使ってくれることも無く、小柄なシマとまだ未熟なグリムでは清掃魔法は使えなかったのだ。なので二人は少ない生活費の中でやりくりしながらなんとか談話室を使える状態にし、そこを寝室と兼用していた。
ツナ缶が好物のグリムのため、シマは自分の食事を切り詰めていたのだがそれでも不足は多く。グリムもどんどん顔色が悪くなっていく小さな子分のために我慢してくれていたが、それにも限界があり。二人は最終的に家計簿を片手に担任であるクルーウェルに「食べられる野草を教えて欲しい」と職員室へ訪ねたことで事態が発覚したのだった。
以降、クルーウェルは二人の保護者を自称し、オンボロ寮の空き部屋はサイエンス部のお兄さん達の飛び地となっている。学園長はその件以来、シマに徹底的に避けられている。
「ん〜? ……バルカスせんせの筋肉もいいけど、パパのがすごかった……」
うつらうつらとしつつも答えてくれるシマに休憩していた同級生たちが少しどよめいた。
「バルカス先生よりすげえ筋肉ってどんなだよ……」「ヤベーなシマちゃん父」「つーか前にシマちゃん父親似って言ってなかった?」「やだよ俺、シマちゃんの顔したゴリマッチョなんて……」「それは誰でも嫌だろ」
「ママとパパは……えっと……ママが、偶然見かけた大会のポスターに出てたパパに一目惚れして……そんで、ママはその大会に出る予定だった同級生に声掛けて、パパの名前を知ったって」
「あまずっぺえ〜!」
「ロマンス始まっちゃうじゃん……」
ワンダーランドの男たちはロマンスだとかも嫌いじゃあないのだ。ナイトレイヴンカレッジの男たちら素直では無いのでおすまし顔だが、その実そういう馴れ初めとかに盛り上がれるタイプだった。
「そんでそんで?」
「えっと……ママ、それからパパが出る大会によく見に行くようになって、んーと、その同級生の人、彼女持ちで、それ見込んで頼んだらしくて、格闘技の大会だったから。パパが出るのはできるだけ見に行ってたって」
「健気〜〜〜!」
「シマちゃんのママ超健気じゃん……俺そんな女の子居たら瞬間交際申し込むわ」
「バッッッカそんな健気が女の子がオメーみたいなのに惚れるわけねーだろ!」
「ぐうの音も出ねえ」
「パパもママのこと、気づいてたらしくて。格闘技なんて興味無さそうなかわいい女の子が見に来てるって、皆噂してたんだって」
「あら〜〜〜〜〜!!」
「で、ママと友達だった男の子、パパと同じ所属で、きかれたんだって。そんでママがパパが気になって見に来てるって話したら、みんなびーっくり!」
「分かるわ〜、男だらけのとこなら男子校みたいなもんだからな」
「確かに毎回見に来てくれる女の子が自分目当てって分かったらときめくよな……」
「それもシマちゃんとよく似たママさん……」
「…………すっげえ嬉しいな」
「俺、雄叫びあげちゃうかも」
「俺も」「僕も」「否定できない」
「」