決意
ボーダーに入って数か月がたったとある日の午後、師匠である鳩原先輩の口から唐突に紡がれた。
「瑞希もそろそろ部隊に入ってみるのもいいかもね」
「先輩こそ、部隊は入らないんですか?」
「私?私は部隊に入れるような人間じゃないから……」
ベンチに腰掛けた鳩原先輩は、紙コップにそそがれたコーヒーの湯気を見ながらつぶやいた。
ボーダーに入隊したわたしは、まだ発足したばかりの狙撃手についた。純粋に攻撃手や銃手みたいな立ち回りが難しいと思って、数か月前先に入隊した佐鳥くんにならって狙撃手を選んだ。
当時、狙撃手についていたのは発足者である東さん、佐鳥くんそして鳩原先輩だった。東さんを中心としながらも手探りの段階で練習をしながら経験を積んでいった。
主に個人ランク戦のスペースを借りたり、実戦形式でランク戦に参加したり、日々の練習の中で目標を決めて、実践し、結果を受けて改善方法を模索する。そんな感じの研究みたいじゃないけれど、みんなで考えることがこんなわたしでも役に立てるのが嬉しかった。
そのころから狙撃手志望の隊員が少しずつ出始めた。開発室長の鬼怒田さんや他の上層部が許可を出して、訓練室に狙撃手専用の練習ブースができることになった。狙撃手はポジション的に攻撃手や銃手みたいな個人ランク戦でのポイント取り合いだと相性が良くないらしい。なので定期的に合同訓練を行いながら、常時訓練できるように東さんが上層部に掛け合ってようやく許可が下りた。
そんな時、東さんは部隊を作った。二宮さん、加古さん、三輪さんと一緒に。周りがどんどんと部隊を結成していくそんな中、鳩原先輩はぽろっとその言葉を零した。コップから立ち上がる湯気はなんだか鳩原先輩を隠しているような気がして、隣に座っていたわたしはふと生まれた疑問を口に出す。
「鳩原先輩は部隊組むのいやなんですか?」
「……嫌っていうか、だって私、人を撃つのが怖いの」
「わたしも、人を撃つのが怖いです」
「……瑞希は、大丈夫じゃないかな?きっと、誰かのために引き金は引けるよ」
そう呟いて、鳩原先輩はへらりと笑った。今、思えば、もう少しだけ別の言葉をかけていれば何か変わったのかもしれない。
✿
鳩原先輩とそんな話をした数日後、とある姉弟に勧誘を受けた。なぜ、わたしなんだろうと気負いながらも話を聞くことにした。
「あの、なんでわたしなんでしょうか?」
目の前のテーブルにわたしより三つほど上の女性が座る。たしか、|葉山美海《はやまみう》さんと言っていた。彼女は第一高校の制服を着ていて、少し癖のある黒髪は後ろに流し一つにくくっている。青い目がきれいでわたしを優しく見つめている。緊張するわたしにふわりと笑って答えた。
「確かに、瑞希ちゃんはあの三人に比べたらまだ粗削りな部分はあると思うの。でもね、私はあなたの潜伏して一発を確実に当てる力があると思ってる」
「……!、確実って言っても対人戦闘はほとんどまだできてないです」
「|対《・》|人《・》|戦《・》|闘《・》だからできていないのよ」
「それって……?」
葉山さんはタブレットを操作してテーブルの上に置いた。以前、混合部隊での防衛任務の記録が再生される。
「防衛任務のログを見させてもらったわ。この時はモールモッドだったけれど、こんなに早く動くモールモッドを一撃でスナイプできるなんて、十分誇れる腕前よ!」
「えっ、でも」
「……瑞希ちゃん、人なんて撃てなくてあたりまえなのよ。ほんの数年前まで武器なんて持ったことがない、争いなんて無縁の生活だったのに、一瞬で日常が崩れていくのを私も見てたわ」
ぐるりと心臓をつかまれたような気持になった。数年前の、忘れもしないあの日の。再開したお父さんと泣いているわたしの手を握ってくれたとっきーも、そして帰ってこなかったお母さんも、過ごした日々が壊れたのもあの日が、始まりの日だった。テーブルの下でぎゅっと手を握りしめる。怖くて、怖くてしかたがないのだ。引き金を引くとあの日のことが蘇ってきて、自分の体がどんどん冷えていくのがわかる。手を握りしめながら俯いていると蛍光灯に照らされた手に影ができた。後ろを振り向くと葉山さんによく似た、鼻筋から頬にかけて散らばったそばかすが印象的な男性が立っていた。その人は私を見下ろし口を開いた。
「おまえ、なんでボーダーに入ったんだ?」
「……それは、追いつきたいって思って、とっきーと佐鳥くんに。でもこんな理由でやってて……」
「別に良いんじゃね?それが|目《・》|標《・》なら。俺だってアイツらと同じ時期に入ったのに部隊組むの嵐山隊に先越されたし」
「……!もしかして、とっきーの友達の咲太くんって」
頭をかいた彼は、なんだ知らなかったのかと呟いた。葉山さんは立ち上がって微笑んだ。
「咲太、瑞希ちゃん、そして私のこのチームなら絶対に追いつけると思うわ」
「……わたし、」
「練習しましょう。瑞希ちゃんの目標も結局は誰かを助けて守ることに繋がるの。そしてそのためのランク戦なんだと思うわ」
とっきーと佐鳥くんが嵐山隊に入ったことを本人達から聞いた。真っ赤な隊服で、青い空に浮かぶ赤色が眩しくて、そこからは何が見えるんだろうと思ってしまった。
「だから、私達で頂上の景色を見に行きましょう」
いつか並んで、同じ景色を見たいと思ってしまった。
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