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トントンと規則的にドアを叩く音で、読んでいた本から目線をそちらへと向けた。

「どなた?」
『僕だよ。今いいかい?』
「ミクリオ。ちょっと待って、今開けるから」

ドア越しから聞こえた仲間の声に危険がないことを確認して本をテーブルに置いて立ち上るとドアへ近づいて開ける。部屋の外にいたのは毛先が水色がかった銀髪の線の細い少年―――ミクリオだった。天族と呼ばれる種族の彼は普通の人間には見えないため、ドアがひとりでに開いたことを見られると厄介なので私が開けなければならない。彼を招き入れ不自然に見えないよう一旦部屋の外を確認するフリをしてドアを閉めた。

「スレイ達は?」
「スレイは街の伝承を探しに、ロゼとデゼルは『セキレイの羽』の仕事、ライラとエドナは街を見回りたいとかで外に出ていったよ」
「そう。でも、珍しいわね。ミクリオがスレイについて行かないなんて」
「そりゃあ僕だって一人でゆっくりしたい時もあるさ」

そう言ってミクリオは肩をすくめた。彼とスレイは幼馴染だし、遺跡話になると止まらなくなるほど気の合う組み合せのため一緒にいることが多い。そのために出た言葉だった。
ここではたりと気付いて首をかしげる。

「一人でゆっくりしたいって言ったけど、私の所に来る必要はあったの?」

私の素朴な疑問に、彼は眉を寄せた。え、そんな顔をしかめるような質問だったかしら……。

「一人でゆっくりしたいって言うのは建前さ。僕が、君と一緒にいたいと思ったから来たんだ。あの日以来、二人っきりになる機会なんてなかったしね」

はあ、とため息をつき何かをぼやいたと思えば、腕を組むと彼は呆れたように答えた。その答えにどきりとしてじわじわと顔に熱が集まってくる。
ミクリオの言うあの日とは、彼が私に告白した日のことだ。もちろんきっぱり断ったのだが、「私が意識してくれればいい」と言ってのけたのである。以来、ミクリオは様々な場面で私と一緒にいるようにしたりフォローをしてくれたりすることが多くなった。実のところ、私は不意の出来事とストレートな言動に弱い。彼のさりげない行動の裏に隠れた真意が分かってしまうと嫌でも意識せざるをえなくて、私はまんまと彼の策にはまってしまったのだった。
このアプローチがたいして関わりのない人間だったら迷惑な話である。しかし、ミクリオは私の戦いの師匠であり、弟のような存在であり、気の許せる仲間だ。つまり好感度は高いため、迷惑や嫌悪といった感情を持つことはできなくて。逆に質が悪い。

私の反応に満足したのか、呆れた表情を一変させておかしそうに目の前の少年が笑った。

「顔、真っ赤だよ」
「っ、だ、誰のせいだと……!そ、それよりゆっくりするんでしょう。飲み物でも」

からかわれて思わずつっかかりそうになるのを抑えてごまかそうとした。が、言い終わる前に背中が何かに当たる。とん、と顔の横に何かが逃げ道を塞ぐように置かれ、視界の端には水色の何かが映った。何が起こったのか分からず顔を上げれば、切れ長の紫水晶の瞳と視線が交わる。
逃がさないとばかりに私の目を見つめるミクリオから目が離せない。するりと、彼が私の頬を空いていた手で撫でる。突然のことで理解が追いついていない私に、目の前の少年を押しのけるという選択肢は思いつかない。私が動けないでいると、端正な顔立ちがその距離を縮めてきた。咄嗟に目をつぶる。

「……ふ、」
「?」

目を閉じて数秒。こらえるような声が聞え、何も起こらないことを不思議に思って目を開ければ肩を震わせているミクリオが目に映った。状況を把握できずに目を瞬かせていると、彼は一歩下がって私との距離をとりくすくすと笑う。

「本当に君って不意打ちに弱いんだね」
「! か、からかったのね……!?」
「半分はね。ふふ、おかげで普段見られない表情(かお)を見れたよ」

面白いものを見たと得意げに言うのを見て、恥ずかしさを通り越して気が抜けてしまった私はずるずるとその場に座り込んだ。年下にからかわれて悔しいのもあったが、何より……キスされなくて残念だと思っている自分がいたことに気付いてしまった。
あれだけきっぱり断ったのに、ちょっとよくしてもらったからと絆されてしまうのはいささか単純すぎないか。そう思ってしまったものの、気付いてしまった感情はどうしようもない。でも、やられっぱなしは性にあわないし……しばらくは、黙っておこう。
そう自分の中で結論付けると、突然座り込んだ私を心配して手を貸そうとする少年をじとりとにらみつけた。

君の虜に成り果てる



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