ある夜の話

「光忠さん、良かったらこの後お茶でもしませんか?」

ここはさにわという審神者が統治する本丸。夕餉が終わり、各々入浴したり談笑したりする中、台所で洗い物をしていた刀剣・燭台切光忠はそう声を掛けられた。彼が洗い物をしつつ振り向けば、頭一つ分ほど低い自身の主が柔和な笑みを浮かべている。

「この後かい?今から片付けと、湯浴みまで済ませないといけないから、遅くなってしまうよ」
「それは構いませんよ。それに、光忠さん1人でお片付けを任せるわけではありませんから」

光忠が少し考えるように返答すれば、主であるさにわは、器用に着物の袖を襷でまとめ上げる。そして泡のついた食器を水ですすいでいく。どうやら手伝いをしてくれるようだ。この本丸で審神者が内番や家事を手伝うことは珍しくないが、基本的に家事が得意な刀剣男士がするようにしている。事務処理に追われている彼女の負担を少しでも減らすためだ。
だから、彼女の行動に光忠は驚いたように声を出した。

「主、君の仕事はいいの?」
「ふふふ……そう、心配されると思って今日は頑張っちゃいました!提出に支障がないよう、済ませましたよ」
「なるほど、それなら大丈夫だね」

大丈夫だと言わんばかりの笑顔でさにわが言ったので、光忠も目を細めて笑んだ。彼の心配は杞憂だったようで、どうやら余裕を持って終わらせたらしい。要領のいい審神者と知ってはいるが、少し無理をする気質のあるため、やはり心配なのである。

「そこまでして僕と話したかったのかな、主は」
「はい。光忠さんとは仕事とか家事とかのお話はよくしますが、プライベート…ええっと、私的なお話はあまりしてないと思いまして」
「私的な話……言われてみれば、そうだね」

冗談のつもりで言ったのだが、さにわが即答したので光忠は思わずどきりとする。が、当の本人は気付いていないようなのでほっとする反面、どこか残念な気がした。

さて、どんなことを話そうかと思案しつつ主と話ながら片付けを済ませていった。

***

片付けもおわり、入浴もすませた光忠は広間に近い場所にある縁側に座り、月を眺めていた。今日は家事のできる刀剣男子が遠征だったため、1人でやるものだと思っていた。しかし、思わぬ手伝いがあったため彼が思うより早く終わったのである。

「光忠さん、お待たせしました」
「主。僕も来たばかりだから大丈夫。ちゃんと髪は乾かしたかい?」

足音がしたのでその方を見つめていれば、2人分のお茶と茶菓子を盆に載せて歩いてくるさにわが目に入った。乾ききっていないのかしっとりと濡れた髪は月明かりに照らされて銀に輝き、彼女の白い肌はいっそう白く見えた。

「待たせたらいけないと思って…あ、でもある程度は乾いていますから!」
「……そう言って、次の日寝込んだのはどこの誰だったかな?」

言い訳を言うさにわに釘を刺すように言えば、うっとバツが悪そうに顔をしかめる。仕方ない子だと思いつつ座って盆を置くように言うとさにわはそれ以上何も言わずに言う通りにした。これではどちらが主なのかわからないな、と光忠は心の内でくすりと笑った。

「それで?主は僕と何を話したいんだい?」
「んー…特に考えていませんでした」

ずるっ。そんな音が聞こえたような気がした。いつもはかっこよく決めたいと思ってる光忠だが、今回ばかりはそうも言ってられないようで、さにわを見つめながらぱちぱちと目を瞬かせる。そんな光忠の様子を見て、彼女はえへへと舌をぺろりと出して頭を掻くような仕草をとる。

「なんだか、今日は主に驚かされっぱなしだよ。僕をかっこよく決めさせてくれないね?…鶴さんに似てきたんじゃない」
「ええ?!別に光忠さんを驚かせたいわけじゃ……!それに、話す内容は考えてなくても、光忠さんだけをお誘いしたのには理由があるんですよ」
「僕だけ、っていうと……確かに。いつもなら、鶴さんか小夜くん、山姥切くんの誰かが近くにいるよね」

そう、いつもなら彼女は近侍を1人、寝る前までつけているのだ。契約のこともあって気にする必要はないが、万が一のためにと皆で決めたのだ。そのため、初期刀である山姥切国広、初鍛刀できた小夜左文字、古参の鶴丸国永を彼女はよく近侍に選んでいた。

「今日は光忠さんに頼むから、先に休むようお願いしたんですよ。相手が貴方ならって快く許可をいただけました」
「...信頼されてるんだなぁ、僕って」
「もちろんですよ!日々の出陣だけでなく、家事まで受け持ってもらっているんですから。...だから、今日はそのお礼のつもりで、光忠さんだけをお誘いしたんです」
「お礼?そんな、気にしなくてもいいのに...僕は好きでやっているだけだよ。主の負担が少しでも軽くなるならって思ってしているんだから」

前の主の影響か、元々家事が得意であり好きだった光忠は、この本丸に来てから自ら進んで家事当番を買って出た。出会った頃の主は、全て一人でこなしており今にも倒れそうな顔色で自分を迎えたのである。だから自分から家事を行ったし、その他自分たちでできるようなことは彼が刀剣男子たちを集め、話し合って決めた。
一方のさにわとしては、一番刀剣男子をまとめ自分を気遣ってくれた光忠にお礼がしたかったのである。

「だからこそ、です。この本丸を影から支えてくれている貴方にお礼がしたいんですよ。...光忠さん、いつもありがとうございます」
「...どういたしまして。なんだか、改まって言われると照れくさいね」
「ふふっ!あ、そうそう。お礼の内容なのですが、わたしにできる範囲でしてほしいことはありませんか?」
「してほしいこと、かぁ...」

ふわりと微笑んで軽く頭を下げた彼女に、思わず息を呑んでなんとか言葉を紡ぐ。ごまかすようにぬるくなったお茶を含んだ。できる範囲でという制限付きのしてほしいことを考えるがなにも思いつかない。台所の備品は最近新しくしてもらったばかりだし、今の待遇に不満があるわけでもないため、光忠は悩みつつ主へと視線をずらす。お礼の内容が気になるのか、じっと自分を見つめる主を見て、決めた。

「じゃあ、主の髪を触らせてほしい」
「えっ。...そんなことでいいんですか?」
「うん。だって、皆の前で気安く主の、もっと言うなら女性の髪を触るなんてできないでしょ?あと、僕たちからすると珍しい髪の色だから、触ってみたいんだ」
「...なるほど、わかりました」

光忠の言い分に納得したのか、一つ分空いた間隔をさにわがつめる。ありがとう、と言ってあまり他人が触れたことのないであろう、主の髪を一束すくってみた。生まれた時から患っている病のせいだという色素を失った髪は、月明かりに照らされて青白く輝いて美しい。また、その見た目通り、絹糸のように柔らかく細かった。指を通して梳けばするりと抜けていく。

「思った以上に柔らかいね...絹糸みたいだ」
「ふふ、でしょう?...でも、絡まるとすごく厄介なんです」
「そうなのかい?指通りがいいから、そんなことなさそうなのに」

細いから意外と絡まりやすいんですよ、とくすぐったそうにしながら真白が笑う。

「あと、鶴さん...いや、ひょっとしたら彼よりも白いのかもしれないね、主は」
「ああ...確かに。鶴丸さんも白いですからね...でも、あの方には負けると思います」

ここにはいない、自分よりも白く驚きを求める刀剣を思い出しながらさにわは目を細める。淡い光の差すそんな彼女の様子は元の白さが相まって、今にもどこかにいってしまいそうな錯覚を覚えてしまい、光忠は思わず主を引き寄せ自分の胸に閉じ込めた。

「えっあ、あの、光忠、さん...!?」
「...いや、主の方が白いよ。月に、攫われそうだ」

なんてことをしてしまったんだ、と思う反面ほっとしている自分がいることに、彼は心の中で格好悪いなあ、とため息をつく。慌てながらも力でかなわないとわかっているからか、自分の腕から抜け出そうとしない主を見て、自分の行動を取り付くように言葉を出した。

「...なんてね。びっくりしたかい?」
「! か、からかったんですね?! も、もう!」
「ごめんね。...でも、月に攫われそうっていうのは、本当だよ。この淡い光に照らされて、主がそのまま消えてしまうんじゃないかって錯覚してしまう」

そしてごまかすように笑って開放すれば、さにわは月明かりでもわかるくらいに頬を染めて語気を荒げた。そんな彼女を見て、光忠は困ったように笑いながらも本心を言えば、赤い頬はそのままに主は眉を下げる。

「君は僕たち刀剣男子よりよっぽど神らしい姿をしていて、何より神気が清いからね。だから、惹かれてしまうのかもしれない」
「......そん、な。わたしは、ただの人間ですよ。ただ、貴方がたを従えることのできる力を持っただけの」

ああ、きっと彼女は気づいていないのだろう。自身の容姿とその身に秘めた神気がどれだけ自分達刀剣を魅了しているのかを。しかし、彼女を縛ることは許されないし、主自身、そんなことは望んでいないから神隠しなど馬鹿なことは考えない。

「少し話しすぎてしまったね。もう遅いし、休もうか」
「...そう、ですね。ううーん、結局、お礼らしいことあまりできませんでした」
「いや、僕にとっては十分すぎるくらいだよ。ありがとう、主」

この話は終わり、とばかりに言った。しかし、お礼の内容が物足りなかったのか不服そうなさにわに、光忠は本心から感謝の意を伝える。普段はあまり一緒にいることのできない人と話せたのだ、これ以上に幸せなことはないだろう。空になった湯呑と盆を持ってさにわは立ち上がり、それに合わせて光忠も立つ。

「光忠さんがそういうなら...。では、おやすみなさい」
「うん、おやすみ。・・・あ、主、」
「はい? ―――っ、!?」

挨拶をして立ち去ろうとした彼女を引き止めれば、光忠は相手の前髪を払い、顕になった額にそっと唇を寄せた。そっと離れて、彼女を見れば先ほどよりも頬を赤く染めており、その様子に眩しいほど綺麗な笑みを浮かべる。

「少しは危機感を持たないと、だめだよ。僕だって、一応男なんだから」

それじゃ、おやすみなさい。そう言って光忠は自分の部屋へと戻っていった。一方のさにわは驚きと恥ずかしさでその場から動けず、厠に起きてきた者に声をかけられるまで盆を持ったまま固まっていた。