* 「これが最高のバッドエンド」の続き・スレイ視点
! 闇落ちスレイ
! 仲間を×した表現があります



日の光があまり差し込まない薄暗い部屋で、俺は腕の中で眠る女性を見つめていた。気が強そうなつり目は閉じられ、穏やかな寝息を立てている。
仲間達に手をかけ、彼女だけを連れ去ったのは半年ほど前だっただろうか。

俺を、導師をよく思わない人達がかつての仲間だった女の子を人質にとり、事故とは言えその子を殺してしまった。それだけならまだ踏みとどまれたけど、殺した奴らはなんと女の子の―――アリーシャの生き方や夢を笑って侮辱したんだ。その瞬間俺の中で何かがぷつりと切れ、どす黒くドロドロとしたものが溢れ出すのを感じた。それが穢れだと気付くのに時間はかからなかったが、抑える術を知っていながら俺は止めることを拒否した。

アリーシャを殺されたことも侮辱されたことも許せなかった。アリーシャは腐った奴らでも国に必要だからと、どんなに酷い扱いを受けようと屈辱に耐えていたのに。なのに、アリーシャは、俺は……こんな奴らに利用され、助けたと思ったら化け者扱いされなければならいのか!
そんな、ここまでの旅で溜め込んでいた負の感情がとめどなく溢れて

こんな世界なら救わない方がいいんじゃないか。

そう思ったところで、意識がぶつりと途切れた。
次に目を覚ますと辺りは赤く染まり、傍には仲間たちが、遠目には友人を殺した奴らが倒れていた。ああ、俺がやったのか。仲間に手をかけたと言うのに俺は案外冷静で、迷うことなくある人物を探して見つけるとその人の所へ歩いた。傍に行き膝をついて名前を呼べば、びくりと肩が震えて、恐る恐る俺を見上げた。怯えたように恐怖をたたえた目と視線が合って、安心させるために笑って

『ナマエは、俺と一緒に来てくれるよね』

と声をかけた。女性―――ナマエが返事をする前に俺は彼女を抱えてその場を立ち去った。

それからは人目につかない空家を見つけてナマエの手当をし、回復を待った。その間ナマエは何度も俺を諭したり、穢れを祓おうとしてくれたが導師となってから溜め込んでいた負の感情は完全に俺を飲み込んでいたんだろう。聖主から賜ったという彼女の白銀の炎ですら祓うことは不可能だった。

手遅れだったんだ、何もかも。

だからといって何をするわけでもなく、とりあえず導師の装いは脱ぎ捨てた。アリーシャからもらった大事なものだったけど……穢れてしまい役目を果たせなくなった自分には、もう必要ないと思えたから。また、ナマエも手の施しようがないと気付いてから、穢れを祓うことも諭すことも止めてしまった。かわりに、俺の体調を気遣ったり他愛もない話したりするようになった。

俺が言うのもなんだけど、彼女の態度は明らかにおかしかった。普通なら、いくら穢れに耐性があるからといって仲間に手をかけた奴の近くになんかいたくないから逃げ出すはず。だけどナマエはそんな素振りが一切ない。……いや、俺が逃げてほしくなくて手と足に枷をはめてるせいで、逃げたくても逃げられないようにしてるんだけど。たまに、後ろめたくて枷を外してその場を離れたこともあった。
それでも、彼女は逃げなかった。不思議に思って問いかけると、ナマエはきょとんとしたあとに笑って

『だって私、スレイのことが好きで……傍にいたいんだもの』

と言ってのけたのだ。さらになんと『御子の力も返還したわ。だって導師がいないと役目も果たせないし……好きだなんて、堂々と言わないわ』と答えた。
信じられなかった。ナマエは俺よりも年上で、仲間達とも平等に仲良くしてたって感じだったし。何より……彼女は導師を補佐する御子で、お互い「家族を持つことはできない」決まりがあった。だから、ナマエが俺を気にかけて助けてくれたり、そっと寄り添ってくれていたのは、役目からだとずっと思っていた。彼女の告白は、ずっと胸に秘めていた想いを自覚するきっかけになった。
そう、俺もずっとナマエのことが好きだった。ロゼやアリーシャが男性陣と話していても何とも思わなかったけど、相手がナマエになると落ち着かなかった。いつか彼女がとられてしまうんじゃないかと思うことも少なくなかった。ただ、俺が思った以上にわかりやすかったらしく、ナマエ以外の仲間たちには気づかれていてしっかり釘を刺されたんだけど。だから、好きだと自覚したうえで伝えることはせずに、ただ彼女が傍にいてくれるだけでいいと思っていた。
仲間達に手をかけたあの日……俺はナマエを生かすように戦ったのだと思う。使命はもう俺を、ナマエを縛ることはないと本能的に悟っていたから。

だけどわずかに残った良心が、本当にこれでよかったのかと問いかけてくる。その疑問に胸が苦しくなって、思わず言葉がもれた。

「……ごめん、ナマエ」
「……どうして謝るの?」
「!? 起きてたの!?」

不意に下から声が聞こえて驚くと、閉じられていた目がゆっくり開いて ついさっきね、と眠たそうに答えが返ってきた。

「それで……どうして謝ったのかしら?」
「分からない。けど、なんか謝りたい気分だったんだ」
「そう。……もしかして、私をここに縛ってるんじゃないかって思って辛いの?」

ナマエは起き上がって俺と目線を合わせて、右手で俺の頬を撫でる。考えていることを見透かされて言葉に詰まり、視線を彼女からそらしてしまう。

「……」
「無言は肯定ととるわよ。……気に病む必要はないわ。だって私は辛くなんかないし、むしろ望んであなたの傍にいるんだから」

はっとしてナマエと再び視線を合わせると、彼女は優しく微笑んでいた。その表情と先ほどの言葉は、不思議なくらいどんよりと曇っていた俺の気持ちを明るく晴れやかにしてくれる。

「ナマエは後悔してないの?」
「その口ぶりだと、スレイは後悔してるのかしら」
「質問を質問で返すのは卑怯だろ」
「ふふ!ごめんなさいね。―――してないわ、微塵もね」

自信たっぷりに言い切ったナマエ。優しく細められ俺を見つめる目、頬を撫でる彼女の手の柔らかさに鼓動が早くなる。こんな時に上手く言葉を返せたなら良かったけど、残念ながら俺にはそんな経験が全くない。それが悔しくて、照れ隠しに頬を撫でる手を掴んでナマエの身体を引き寄せた。

「そっか。……実はちょっと後悔してたんだけど、ナマエの言葉で吹っ切れたよ。もう、迷わない」
「そう。それは良かった」

ぎゅっと少し抱きしめる力を込めて、彼女の首と肩のあたりに顔を埋めれば花のような香りが鼻をくすぐり、安堵したような声が耳に響いた。ナマエの腕が俺の背に回ってぽんぽんと叩かれる。
元々、後戻りはできないんだからくよくよ悩んでたって仕方がなかったんだ。

「ナマエ、ずっと一緒にいてほしい」
「! もちろんそのつもりよ。……堕ちるところまで堕ちてあげる、たとえそこが地獄の果でも」

お互いの顔が見える距離まで身体を離し、笑い合って誓うようにキスをした。

この先に何があるのか全くわからないけど……俺のために、故郷も役目も捨てて傍にいてくれるナマエのために。いつかこの関係が終わるその時まで、俺は大切な人を手放さないと誓った。

永遠はないと知りながら、
ただ少しでも尊くありますようにと

(この関係がずっと続くはずはないと分かっているから)

お題元:確かに恋だった 様(選択式お題・1770番より)