ご利用は計画的に

「ナナミンさぁー、面白い話してよ」
「ありません」
「嘘だあ」
「本当です」
「じゃーさぁ、ナナミンの前の仕事であった面白い話とかないの?」
「前の仕事であったことは全部クソです」
「ちぇっちぇけちぇー」
「チェケラみたいにイジけるのはやめなさい」

 虎杖は高専の一室で、七海と共に五条悟を待っていた。虎杖はすでに暇を持て余し、「ひとりでやるしりとりと大富豪、1番クソゲーなんだからね」と憤慨している。七海は手元の英字新聞が途端に読めなくなった。やかましすぎて目が滑る。
 七海は仕方ない、と英字新聞を畳んで置いた。怒らせたか、と僅かに身を固くする虎杖に向き直り、口火を切る。

「仕方ありません。こうなってはいけない、という大人の話をします」
「五条先生の話?」
「その認識があるなら大丈夫かと思いますが、もう一人、人間誰しもこうなっては手がつけられないなと思う人間を知っています」
「五条先生のこと否定はしねえんだ」
「しませんよ。あれもああなったら終わりの例ですから」

 怒られるのではないとわかった虎杖が、ギッタンバッタン傾けて遊んでいた椅子の脚を地につける。サングラスの奥で見届けて、七海は語り出した。


*****


 初めて会ったとき、その人は刑務所から出てきました。

「やーごめんねえこんなナリでねえ。君が七海さん? 俺田村薫。一級呪術師。君を一級呪術師に推薦したげるので、しばらく頼みを聞いてほしいんすわ。色々よろしくね」

 田村さんは守衛に「お世話ンなりァーしたッ」とかなんとか頭を下げて、やけに大きなバッグをいくつも持って歩いてきました。頼んでもないのにベラベラと身の上を喋っていましたが、内容はほぼ忘れました。
 あんまりにも返事をしなかったので、興が削がれたんでしょう。田村さんは話の矛先をこちらへ向けました。

「七海さん、いや呼びづらいな。ナナミンね。俺の方が先輩だから。いや卒業したのはたぶんナナミンの2年くらい後かな、服役してたから」
「そうですか」
「ねー何してそんなんなったんですかって聞いてくれていいんじゃん? 何ナナミン、リーマンなの? あ脱サラしたんだっけ? どこ勤めてたの?」
「証券会社です」
「マジ〜? 俺いっこ嫌いな証券会社あってさぁ。社員さんぼちぼち優しいのに社長がウェイ系でパリピみたいなくせに情より実益主義みてーな奴がいるとこ」
「…………身に覚えがあります」
「あ?! マジ?! ナナミン元職場そこ?! やばーウケる!」

 田村さんは大きなバッグを振り回して笑っていました。その時は何が面白いんだろうとしか思っていませんでしたが、次の言葉を聞いて、なんと言いますか。うわ、と思ったのを覚えています。

「俺今回ねえ、そこメチャクチャにしてムショ入ったんよ。株価狂わしてさ」


*****


「株ってアレ? ニュースの最後にオワリネハ〜とか言ってるやつ?」
「そうです」
「狂わせられんの?」
「られますが、やったらダメなのでブチこまれたんですよ」
「あーそっかそっか」

 虎杖は椅子の背もたれに頬杖をついて聞いていた。頭は悪くはないが、馴染みのないジャンルであったらしい。

「オチ?」
「まさか。まだですよ」


*****


「うぇーい、結局半分持ってもらっちゃってごめんねえ」
「いえ」
「ねーナナミンもっと喋れば? Siriのほうがもっと喋るよ。ヘイ! ナナミン!」
「生憎バーチャルアシスタントではありません」

 仮住まいだという物件に荷物を運ぶのを手伝って、田村さんは一層やかましくなりました。
 私はといえば、この五条悟モドキみたいなやかましさの権化が「仮住まい」と呼んだ場所に内心舌を巻いていました。
 高級住宅街にそびえる超高級マンションの最上階がその人の仮住まいでした。ええ、家賃だけで中古車くらいなら余裕で買えるタイプのやつです。
 家主はレトルトの米に粉々にしたポテチとマヨネーズとツナ缶をかけて食っていました。「食う?」と言われたので固辞しました。気が狂うかと。色んな意味で。

「ナナミン鳩が豆鉄砲食らったときの顔してるよ」
「ご自身が豆鉄砲撃った自覚はおありですか?」
「あるある。もっとジャンクなメシ食えばもっとびっくりした?」
「もう十分です」
「ねーナナミン、いろんなこと訳わかんなさそうな顔してるよ。全部解決する魔法の一言があんだけどどう? 聴きたい?」

 悪魔が人の形をとるならば、きっと一部はこの人を象るだろうなと思いました。悪魔は人を誑かすもの、人を誑かすには、まずその人に葛藤が、欲がなければいけない。
 私はあのとき、知識欲に負けました。

「あんね、俺が協会の資金の6割ぐらいを株で稼いでっからだよ」


*****


「なので、もしかしたら虎杖くんのその制服も田村さんが株で稼いだ一部かもしれません」
「マァジで?!?!」
「マジです。忌々しいことに、私の給料の一部もまた」

 虎杖は「はぇ〜っ」と制服をぱたぱた叩きながら目を瞬かせた。年頃の青年に、大金を操る者というのはどうにも珍しく見えるらしい。七海は久しく忘れたその反応を心の内だけで微笑ましく眺めた。ある程度桁ついたら金なんかただ単位が円なだけの数字である。

「でもさー、それだとただ面白いお金持ちじゃん。真似したらアカンって言うには弱くない?」
「ええ。まあ初対面が刑務所なだけで、まだただの変な人です」
「なんかそう言われるともうヤバいな。あ待って、インフレする気配がある」
「ええ、インフレも、インフラ整備の話もあります」
「も?!」

 虎杖は椅子ごとのけぞった。こういう騒がしい会話はあまり七海の好みではないが、自分が話す場で反応をもらえるのはなかなかどうして気分がいいものである。

「では、続けます」


*****


「ナナミーィン、チェイサーとって」
「それらしいものが入っていませんが」
「あるじゃんバドワイザーが。オリオンでもいいよ」

 田村さんはボウモアを、虎杖くんは未成年でしたね。バカ高いウイスキーを飲みながらビールを空けていました。チェイサーというのは、飲酒の際合間に飲む水を一般には指します。ええ。水の代わりにビール呑んでるんです。

「早死にしますよ」
「でけえブーメランだねえ。呪術師やってて死期と大往生はクソ味噌だよ」

 田村さんは端末を操作しながらツラっとして言いました。その通りですが、操作しているのが持ち株ではなくソシャゲだったので説得力が薄いなと思っていました。
 思っている間に、ベルの音が鳴り続けています。虎杖くんは、ああ経験がなさそうで良かった。ええ、ゲーム内課金を無限にしていました、あの人。しかも一番高額なパックを、一切の躊躇なく。

「何やってんだって思ってるでしょ」
「思ってますね」
「洗濯。大変なんだこれが。一口五十万くらいのパック出ねえかな」
「洗濯、いや待ってください」
「証券マンは気づくの早いねえ。そうだよ、マネーロンダリングしてる」

 マネーロンダリングというのは、資金洗浄とも言います。出所の暗い金を、いくつかの会社や企業を経由して手元に戻すことで出所をわからなくすることです。収賄の際などに使います。普通に生活してたら使う機会ありませんし、もし万一やっていれば今いるべきは高専ではなくムショです。
 田村さんは延々と課金処理をしながら、ポツリと「手が足りないなぁ、二人くらい増やすか」と呟きました。
 そうですね。従業員だと思うでしょう。従業員には変わりないんですが、ないんですが。

「ナナミン、16階の角部屋に住んでるヤツから石もらってきてくんない?」
「アカウント売買ですか」
「ゲーム内通貨としての石じゃねーよ。言えば寄越してくれるから。頼むね」
「なぜ私が?」
「一級呪術師推薦書類もソイツが持ってるから」
「……」

 言われるまま16階の角部屋に向かうと、
表札には「田村」とありました。ご家族かと思ってインターホンを鳴らして、出てきたのが、ね。

「おーナナミン、俺が迷惑かけんね。石やろ? あと書類だっけ。ちょい待ってね」

 田村さん本人でした。髪型と服装が違うだけで、喋り方も背格好も、顔も声も、何もかもが同一でした。
 田村さん・2は、百円均一なんかで売っていそうな仕切りのついたケースとクリアファイルを投げ渡して、「じゃあ俺によろしく〜」と言ってさっさとドアを閉めてしまいました。何が何だかわからないまま戻れば、田村さんは灰皿を山にして待っていました。

「びっくらこいた?」
「しました」
「あれねー、俺」
「でしょうね」
「シャバの空気うまいからナナミンには喋りすぎちゃうなぁ。タネ明かししたげんね」

 田村さんはケースを取り上げて開けました。
 中に入っていたのは、バカみたいなカラットの宝石たちでした。種類もクソもなし、ただ入るだけ入れられていました。カラットというのは、宝石の大きさの単位です。200ミリグラムが1カラットにあたります。液体でいうリットルみたいなもんです。
 田村さんは適当な宝石を摘み上げ、舌でベロッと舐めて床に転がしました。ええ、同じ反応をしましたよ私も。宝石商が見たら助走をつけて殴られるなと思いましたね。
 床に転がった宝石は、瞬きするうちにみるみる形を変えて、ものの数秒で「田村さん」になりました。

「俺石を媒体に分身をつくる術式を持ってんの。精度はモース硬度が高ければ高いほど、カラットが高ければ高いほどいい。石ころでも作れるよ、簡単な作業くらいならさせられんね。こいつは資金洗浄の他にも使うからちゃんと作ったの」
「ねー俺、どの端末で課金やりゃいいの」
「こないだ北九州で呪術師やってた俺が死んだじゃん。それ使って」
「あれ今警視庁じゃん。やだよー」
「じゃあバラして売っちゃお」
「行くよー」
「タヒチの口座の4割洗ったら次の指示出すわ。よろしくねー」
「んあーい」

 new田村さんはやる気なさそうな返事をして部屋を出て行きました。その後のことは知りません。行ったんじゃないですか、警視庁に自分の遺品を取りに。
 すっかり呆気に取られていた私に、田村さんは楽しそうに言いました。

「ナナミンさぁ、基本的に呪霊は話通じないけど、通じないのは話だけで感覚は通じるって知ってる?」
「と言いますと」
「数の暴力、あとは死亡フラグ。これは理解できるらしい。だから俺大した強かないけど一級呪術師もらってんの」
「そうですか」
「でもねー、数で戦うのは良くないよ。薄まるもん俺が」
「ではなぜこのような方法を?」
「俺だって昔からこうじゃなかったよ。でも薄まったからねー。自分でも自分の考えがわかんない時あるよ。今は呪術協会と年金制度大ッ嫌いだから受給開始までにありったけ稼いでモルディブとかに逃げんだ」
「パナマの方がいいのでは?」
「それも考えたんだけど、モルディブでモヒートが飲みてえの」
「そうですか」

 田村さんは今度は葉巻を巻きタバコみたいな気軽さで吸いながら言いました。年金貰うより先に死にそうな吸い方でした。


*****


「なので虎杖くんには、身体を乱暴に扱うのはそうせざるを得ないときだけ、自分がどうして呪術師になったのかを忘れない、あとは適度な倫理観を守っていてもらいたい。田村さんからの教訓はこんなところです」
「はえ〜、なんか、なんだろな。ロック?」
「素直に狂ってると呼んで構わないです」
「頭ヤベーね!」

 虎杖は素直に言い放った。七海も否定しない。全く同じことを思っている。

「えーヤベーね、絶対まだヤベーエピソードありそう。ある?」
「ありますよ。もうそろそろ来そうですし、これを話して終わりにしましょうか」
「やったー」

 虎杖は椅子の背もたれに腕を組み、その上に顎を乗せて聞く姿勢に入った。眼差しは動物園に来た子どものそれと同じだ。自分に向けられたものではないと知っていても、なんだかその目で観られるとあんまりいい気がしない。早めに話を畳もう、と七海は息を吸う。


*****


「株やってっとさぁ」

 田村さんはもやしをマヨネーズにつけて食べながら、もう片方の手でまた何やら端末を操作していました。食べ物がジャンク極まりないのに飲み物はこだわるようで、もやしが盛られた皿の横にはちょっと良いリキュールがグラスにありました。

「脳汁すげー出ることあるじゃん。ナナミンも経験ない?」
「私は……そうですね。スイスショックの時は対岸の火事でしたが驚きました」
「スイスフラン!!!!!」

 田村さんが突然奇声を上げました。腹を押さえて呻き、テーブルに突っ伏して狂っていました。

「ナナミン……面白い話するね……」
「今もう面白いので喋らないで結構です」
「俺当時当事者でした……」

 株、というのは、買い手と売り手がいて成り立ちます。かつ、常に流動しているものです。フリーマーケットだとでも思ってください。
 株式市場という法に則ったフリーマーケットで、常に品と金が循環しています。売りに来る人と買いに来る人がいます。
 ここで私が、虎杖くんが売っている、例えばレシピ本の値段を500円に規定するというルールを課していたとします。虎杖くんはレシピ本をかならず500円で売り、その利益で別の場所でものを売っている人から買っていたとします。そういうルールがあると思ってください。
 ある時私が、虎杖くんのレシピ本の値段設定を撤廃します、と発表するとどうでしょう。買い手は言い値で買っていきます。元々500円だったものが、250円なら買う、230円なら買う、というふうに値崩れしていきます。
 かつ、虎杖くんにはこの在庫を持ち帰る術がないとしましょう。なんとしてもこの場で全て売りきりたい。なので、どんどん値切って安くなる。売上の回収がどんどん厳しくなるなか、それでも他の場所のものは買わなければならない。どうしますか? そう、自腹を切りますよね。
 雑にですが、これと似たようなことが国家予算単位で起きたのがスイスショックです。覚えなくて結構ですが。
 今の例えの虎杖くんと同じ状況、桁違いの負債を田村さんは抱えたと言いました。場合によっては追証、自腹を切る金額が数千万にものぼる、ここ最近ではわりと有名な大惨事でした。

「ナナミンはスリーサイズまで教えた仲だけど、あんときの負債額は言いたくない」
「教えてくれと頼んだ覚えもありませんし、今回も教えていただかなくて結構です。ですが」
「ン。気になる? 証券マン的に?」
「元、です。どのように決済を?」

 田村さんは額をテーブルにこすりつけたまま言いました。

「俺さー、分身の術式持ちって言ったじゃん」
「言ってましたね」
「10人ちょいぐらい中国とレバノンと東南アジアで全身売った」
「は?」
「だからねー、あっちの方で移植されてる臓器のなんぼかは俺なんだよね。維持してなきゃいけないんだよ今も。俺が術式解いたら俺の臓器持ってる人みんな死ぬと思うから」

 絶句するでしょう。ええ私もしました。
 分身の臓器を全身売っ払ったそうです。10人分ほど。詳しいレートは今は知りませんが、当時は骨髄がグラム2万ドル強だったそうです。日本円にすると200万ほどですか。腎臓は20万ドル。日本円にして2300万ほど。それを全身。10人分。売った国によってバラつきはあるでしょうが、数千万なら余裕で払えますね。

「ナナミン、ドン引きしてるでしょ」

 田村さんが顔を上げる前に、私は席を立ちました。以前田村さん・2に渡された推薦書類を持ってマンションを出て、早歩きで五条先輩に電話をしました。
 あの人に推薦されるのは無理です。先輩から推薦をもらえませんか、と。


*****


「やぁば」
「ええ。先程のに追加してください。手に負えない金に手を出してはいけません」

 七海は話は終わりとばかりに再び英字新聞を手に取った。椅子の背もたれからすっかり両手をダラリと落としてしまった虎杖がうわごとのように「ヤバ……ヤバ……」と呟く。本当にその通りだと思う。日本語が操れて株ができているのが不思議なくらい、倫理観がない。

「その人今何してんの……?」
「網走にいるそうです」
「任務?」
「いえ刑務所に」
「またァ!!!!!」
「以前の無限課金でカード会社に疑われたそうです」
「この世で一番クレジットって単語と縁遠いのにクレカ持ってんのウケる」
「出所したような噂もどこかで聞きましたが、どの末端か知れませんし、そもそも本体がまだ生きているかも不明ですし、着信拒否しているので」
「それがいいと思う。うわー連帯保証人になっちゃダメってこういうことなんだね」
「税金の仕組みを学校では教えませんからね。痛い目を見て学びながら大人になるんです」
「クソじゃん」
「クソですよ」

 虎杖が重たい溜息をついたところで、ドアから別のクソが来た。五条悟である。

「おまんたせ〜! なに? 葬式? 悠仁のはもうやったじゃん」
「やってねえよ! やー何だろういっそ安心するな、五条先生のこと比較的マトモなんだなって俺今初めて思ったよ」
「やだー七海! 何誑かしたの!」
「田村さんの話をしていました。こうなってはいけませんよ、と」
「あ、ほんと?」

 五条はほんとうに、ほんとうに悪意ゼロで、廊下を指差しながら言った。

「そこですれ違ったけど呼んでくる?」
「やだ!!!!!!!!!!!!」
「舌を噛んで死にます」