タッちゃんと10年後に大学バスケを荒らす僕

 近所にいるでかいゴリラは、隣のうちに住んでいる赤木剛憲くんというらしい。パパが教えてくれた。
 バスケットをやっていて、高校生らしい。高校生は、あと5回終業式をやったら僕もなれるらしい。これもパパが教えてくれた。
 ゴリラ…赤木剛憲くん…いまはタッちゃんと呼んでいるその人とはじめて会ったとき、僕は泣いてしまった。
 なんたってでかくて、なんたって筋肉がもりもりで、なんたって声が低くて、僕のパパとはいろんなことが比べものにならない。
 いろんなことにびっくりしすぎて泣き出した僕に、タッちゃんがこう言った。
「怖がらせてすまん」
 タッちゃんは僕のほっぺと目を拭くと、僕をママに渡してさっと消えてしまった。
 すごくかっこいいと思った。僕もこうなりたいと思った。


 バスケットは、体育で何回かやったことがある。タッちゃんがやってるのは男子バスケットらしい。男子と女子で分かれなきゃいけないものなの? と思ったけど、タッちゃんとぶつかったら僕はたぶん粉々になる。女の子を粉々にするタッちゃんを見るのはヤだ。
「そんなに気になるなら、見に行くか? 剛憲くんの試合」
「いいの!?」
「ただし、パパとママの言うことよぉ〜く聞けたら、当日の朝決めるからな。全ての権限はパパが握っている!」
「タッちゃんよりちっちゃいのにえらそーにしないでよ!」
「ワハハハハ痛くも痒くもない、あれと並ぶのは無理だ」
「ほら、剛憲くんぐらい大きくなるんでしょ。早く寝なさいね」
「な゛る゛!゛ おやすみなさい!」
 それから、タッちゃんの試合の日までたくさん手伝いもしたし、宿題も勉強もたくさんやった。タッちゃんは高校生で、成績がいいらしい。はやくタッちゃんみたいになりたくて、頑張った。
 試合の前の日、窓に「がんばれ!」って書いた紙を貼って寝た。タッちゃんが見てくれてたら嬉しい。



 ママに怒られると思う。
 でも、僕がきかなきゃ嫌だった。
 ずっと楽しみにしてた試合はタッちゃんのいるショーホク? と、カイナン? の試合で、ショーホクは負けちゃった。
 一番ショックだったのは、途中タッちゃんが倒れてどこか行っちゃったことだった。
 あんなに大きくて、あんなにむきむきで、あんなに声が低くて。ぜんぶぜんぶすごいタッちゃんが、倒れてどこか行っちゃった。
 僕がすごく泣いちゃったので、パパとママは謝りながら僕を連れて家に帰った。すごく泣いたら熱が出ちゃって、ママが明日は学校休もうか、って言った。
 怒られる。僕が、しめた! と思ったからだ。
 タッちゃんの部屋は僕の部屋の向かいだ。タッちゃんは大きいので夜更かししても怒られないから、遅くまで明かりをつけてるのをカーテン越しに見ながら僕は寝てる。
 だから、大体何時に帰ってくるかも知ってる。
 パパはお仕事だし、ママは4時を過ぎたらスーパーに行く。その時に留守番するふりをしてこっそり家を出て、タッちゃんが帰ってくるのを待てばいい。
 それで、聞きたいことを聞く。これだ!

 と思ってた。
 迷子だ!
 僕は学校と家と、たまにママに連れてってもらうスーパーと友達のショウくんちしか知らない。タッちゃんが通うショーホクコーコーがどこかなんてわからない。ちょっと甘かった。ママに見つからないように遠くに行ったのがまずかった。
 知らない場所の5時のチャイムが鳴る。この音が鳴るころには家に帰ってないと先生に怒られるんだ。どうしよう、ママだけじゃなく先生にも怒られる。
 どんどんタッちゃんと遠くなる。どうしようどうしよう、頭の中はそれしか考えられなくなっちゃって、目から涙がぼろぼろ出てきた。どうしよう、それどころじゃないのに。早く帰らなきゃ。タッちゃんを探さなきゃ。
「……なんでここに?」
 ずっと聞きたかった声がする。
 見てみたら、杖をついたタッちゃんが、大きい(タッちゃんよりは小さい)お兄ちゃんたちと一緒にいた。
「ダンナ、知り合い?」
「ああ。隣の家の子でな」
「うお、ゴリ潰すなよ。手加減しろよ、間違えたらプチって行くぞ」
「潰さんわ」
 タッちゃんはお兄ちゃん達とおしゃべりしてて、でも「あー」って言ってこっちを向いた。
「ダンナ無理せんでよ」
「いい、大丈夫。……あー」
 タッちゃんはゆっくり膝立ちになって、僕と身長を近くしてくれる。
 僕がタッちゃんのことをこれだけ好きなのを、たぶんタッちゃんは知らない。最初に会ったときに僕が泣いたせいで、タッちゃんは僕を泣かせまいと、あんまり喋らないからだ。たまに会って挨拶したり、窓越しにお手紙を書くくらい。
「タッちゃん、僕四年生になった」
「ん!? うん。大きくなったな。あの頃はもっと小さかった」
「僕ね、タッちゃんに聞きたいことあって、勝手に家出てきたの」
「……うん」
「聞いてもいい?」
「いいぞ」
 タッちゃんの後ろで、小さい(僕に比べたらちっとも小さくない)人が「なーにー?」って言う。ちっとも気にならなかった。タッちゃんに、やっと聞きたかったことを聞ける。どきどきしてしょうがない。
「……ば。バスケットやめちゃうの?」
「辞めない」
 僕が言い終わるよりも先にタッちゃんが答えた。
 その答えに、僕はもっと涙が出る。
「昨日ね、昨日ね。試合みたの」
「そうか。何のだ?」
「タッちゃんの。かっこよかったの」
「……」
「僕途中で帰っちゃって。タッちゃん倒れていなくなっちゃったときにすごい泣いたから、いい子しきれなくて最後までいれなかった」
 タッちゃんは、頷きながらじっと座っている。泣きすぎて、変なしゃっくりが止まらない。何も言えなくなる前に、ぜんぶ言わなきゃ!
「僕さ、僕さぁ、タッちゃんのことかっこいいからぁ、タッちゃんみたいになりたいから、皆んなでバスケやってるのかっこいいから、僕がタッちゃんと同じになるまで、バスケやめないでえ!」
 もうだめだった。泣きたいわけじゃないのに止まらない。わーん、って泣いちゃった。カッコ悪い。
 タッちゃんは、僕が泣き出してからちょっと迷って、でも僕のことをぎゅっと抱きしめてくれた。
「辞めない。一緒にバスケやろう。よく言ってくれたな、かっこいいぞ」
 うそだ。一番かっこいいのはタッちゃんだ。
 そう思って、変なしゃっくりをしたままちょっと目を開けたら、タッちゃんの後ろにいたお兄ちゃんたちがウンウン頷いてた。
「かっこいいぜおチビ。ゴリがそう言ってんだし、この大天才もそう言ってやる」
「ひゅう果報者!」
「隅におけないなーキャプテンも」
 僕にわからない言葉で何か言ってる。でも、褒めてくれてるらしいことはわかった。
 タッちゃんが僕を離す。頭を撫でながら、ぐちゃぐちゃになった顔を拭いてくれる。笑ってくれる。
「昨日の窓の手紙、嬉しかった。ありがとうな」
 タッちゃんは!
 窓のお手紙見ててくれてた!!
 もうダメだ。本当にダメだった。僕は「たっちゃぁぁぁ」と叫びながら今度は僕から抱きついて、そのまま寝ちゃった。
 忘れてた。そもそも、昨日泣きすぎて熱を出したから今日学校を休んだんだった。



「はい。なので、今自分と一緒にいまして……はい。すみませんご心配を、はい。いえ大丈夫です。はい、失礼します」
「……てかダンナ、タッちゃんて呼ばれてんだ?」
「黙れ」
「タッちゃん♡」
「殺すぞ」
「おー怖〜」
「まったく……」
「やーしかし良い子っスよ。言えないね俺たちにゃあんなのね。子どもってすげえや」
「良い子だ。お前たちよりずっと」
「へへん、スマセンしたって本当。……ダンナ、早歩きできそう?」
「どうした?」
「この子熱出してっかも」
「早く言わんかバカタレ!!」