頬を叩かれ落ちた眼鏡は女の靴のヒールで踏み壊された。幸いレンズは割れず傷が付いたほどと思われる。

「お前のコレはただのお飾りかよ!」

 罵声が眼鏡を捻じり踏みしながら降り注ぐ。いつの間にか周りに集まった人だかりからは私が悪いみたいな視線が痛い。元はと言えばこの女性の息子がスーパーの店内で走り回り棚の前に居た私にぶつかって転んだのが始まりなのに。やっぱり外はろくでもない所じゃないか。

「なあお前聞いてんのか!こっち見ろよ!」

 こっちを見ろと言われても私にはわからない。いつからか左目は色の識別ほどと右目は半分ほどしかない視野にぼやけた視界しか無いのだから。でもこの人たちには一切関係無いからどうもできない。

「マジむかつく。呆れた!帰るよ!!」

 いつまで経っても埒が明かないと分かったのか女は息子の腕を引っ張り店を後にしたようだった。私もいつまでもここに居るわけにはいかないのでぶつかった時に落としたカゴを拾おうと左手に持つとビリビリと痺れが走った。試しに左脚を動かすとこれまた同様に痺れ正常には歩けなかった。

「どうしろってんのよ、まったく。」

 ため息しか出せないじゃないか。近くにいた店員(らしき人)に買い物は止めると言って眼鏡のスペアをカバンから取り出し、痺れる脚を引きづりながら店を出た。壊れた眼鏡は視野に入らなかったから置いて来た。持って帰ったところで買い直さないといけないのはわかりきっていることだし。左半身は鉛みたく重くて歩くのが疲れてしまったじゃないか。こんな酷い痺れなんていつぶりだろうか。眼が壊れた時に左半身も壊れリハビリのおかげで歩けるようにまでなった時以来だろうかなどと昔を思い出しながらフラフラと歩いた。

「…の!あの!」

 ふいに声を掛けられ肩を掴まれ歩くことを制御された。人が真剣に歩いていたのになんの用だと睨むように振り返った。

「!!す、すみません。あのこれ、貴方のですよね?」

 そう言ってヒトは眼鏡を差し出した。紛れもなくそれは私のであった。

「レンズは傷入ってますがフレーム、見たところ大丈夫そうだったんで持って来たんですが」

「そうですか。わざわざありがとうございます。」

 声や身長からして男性であろうヒトから差し出された眼鏡を受け取った。せっかく届けたもらったご縁の眼鏡だ、修理とレンズを買い替え使おう。実は気に入ってたし。

「あと、どこか怪我されたんですか?」

「は?」

「脚、痛むんじゃないかって。」

「あぁ。元から脚悪いんで気にしないでください。」

 ヒトがいつからあの場面を見ていたのかは知らないが脚が悪いというのは強ち間違ってはいないしもう会うこともないヒトだ。嘘くらい平気だろう。ヒトに適当に別れをげ今度こそ帰路についた。
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