彼との何度目かの食事会が開かれようとしていた。彼はそれなりに忙しいらしく私もそこそこ忙しく普段は外で仕事をしないが今日ばかりは彼を待つ間紙とペンを広げ仕事をしていた。互い時間の読めない仕事らしく彼と出会ってもう半年は過ぎていた。暖かった春の微睡みは秋の色付きへ変化していたのだ。

「奏さんお待たせ。」

「いえ。お勤めお疲れ様でした。何頼まれます?」

 私がお店に着き十数分待ったところに荒木さんも合流しいつものようにメニューを広げ各々注文をし運ばれてきた飲み物に口を付けくだらん話を話し始める。最近知ったことだが彼は役者をしているようで私以上に時間の読めない人だった。一日のスケジュールが変わることも、違うことも彼には楽しいようでキラキラ輝る何かのようだった。

「奏さんもしかして今日忙しかった?」

「?そうでもないですよ。まぁ最近は読書の秋に入ったので仕事は増えてますが数週間前よりずっと減りましたよ。」

「奏さんって作家か何か?」

「言ってませんでしたか。小説家です。」

 家族以外の他人と何時間も話すことはなく、荒木さんの職業を知ったのも本屋に並ぶ雑誌を見て知ったことで本人に聞けばそうだと言ってそれくらいの会話で、会っても世間話くらいで互いの話なんぞはあまりしてこなかったと今気付いた。

「会って半年も経つのに知らないことだらけですね。」

 そうだねって口元が緩む彼。さぞファンが多そうだ。今日は自己紹介でもしようかと言う言葉に頷き何を聞こうかと思考を巡らした。彼は何を聞いて来るのだろうかと思うが、聞かれる前に私の口は動き出していた。きっと聞いて欲しい存在だなんて自分は気付かずに。

 初めて彼に会った時彼は脚の心配までしてくれた。それは幼い頃。私の記憶にない頃にまで遡った。
 その頃近所の保育園に通っていた私は不慮の事故で少しばかり高い所から落下しコンクリートに身体を強く打った。打ち付けたのは左半身だったが衝動も大きく全身を強打したという。流血ものですぐ病院に搬送されたが衝撃が大きく目を覚ましたのは1ヶ月以上も経っていたらしい。目を覚ましても一向に動かない身体に麻痺が残っていた。左は特に酷くその時に視力を失って、脚も悪くした。リハビリでなんとか動くようになったが生活は未だに少々不便であった。

 そんな怖い過去の話を彼は聞いてくれたのだ。彼は同情することもなく。それがどれほど助かったことかと。
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