古くから呉服屋として繁盛し、洋服文化が流行る頃には海外の生地布もいつしか取り扱うようになってたらしい。跡継ぎに恵まれている家計で自由に育てられた。だけどいつしか私まで仕事を手伝わされることが増えた。

「遊馬、今日は院が休みだよな。知っての通り社長とその秘書である両親は海外出張中だ。だが今日は注文された生地を届けに行かなくてはならない。」

「そんなこと私の知ったことじゃないわ。行かないわよ、私は。社員なんてこれでもかってほど居るじゃないですか。」

「あぁ居るさ。だが今回の届け先は遊馬が出したマンガの舞台の稽古場だ。どうだ、興味は持って頂けたかな?まぁ普段はそんな所に持って行きはしないが俺の知り合いで根回しをしたんだ。」

「余計なお節介だわ。」

 会社の跡継ぎである兄に丸め込まれてそれなりに量のある生地を配達することになった。大学院はそれほど暇でもないしやるべきことは多くある。それに趣味で始めたイラストレーターの仕事もありがたいことにある。マンガといっても原作者は他に居て自分は絵を描いただけ。舞台化が決まって嬉しかったけどそこに関与するほどでは無いと決めていたのにこれだ。車を運転しながらナビを睨め合い着いた先の近くには運悪く駐車できる場所はなく歩いて少しの所になってしまった。何も荷物がなければ苦はない距離だが重い物を持って歩くのは大変だった。
 一応スーツで来たのが間違いだったのかもなんて今更ながらに思う。生地専門会社なんだから伸縮性の良い生地でシャツを作ってもらえばこんな無駄に大きな胸の窮屈さで頭が一杯にならないはずなのに。

「着いたもののどこに行けばいいのやらだわ。お兄様に詳しく聞いて来るべきだったわね。」

「松井遊馬さんですか?」

 しばらく建物を眺めていたら入口から出て来た一人の男性に声を掛けられた。

「あっ、俺は○○の衣装担当している鈴原です。勝平から妹が来るとお聞きしていたので。」

「そうでしたか。妹の遊馬です。今日は社長秘書代理として来させていただきました。ご注文の布なのですが重いので少し持っていただいても構いませんか?」

「す、すみません。気が回らず。お持ちします。」

 そう言って鈴原さんは布が入った袋を全て持ってくれた。鈴原さんに案内され稽古場といわれるスタジオに通され端っこで邪魔にならない所で見学させてもらった。
 原作の世界観や自分が思い描いていた動きが目の前で繰り広げられていることに酷く感動した。絵といのは限られたものしか描ききれないもので泣く泣くカットしたものもあったがそれすら表現されていた。しばらくすると休憩に入ったようだったが役者陣は休みながらも芝居の確認などしていた。

「あれYuma先生!」

「あっ、永森さん。お疲れ様です。」

「お疲れ様です。なんで先生がこちらに?」

 この原作の担当編者である永森さん。ここに居る理由を告げれば納得したようで、先生という呼び方も止めさせた。永森さんは私や原作者の先生の代わりに原作では描ききれなかったところの指示をしにここへ通っているようだった。

「申し訳ございません。永森さんにお手数な面倒をお掛けしてしまい。」

「何を言うんですか。遊馬さんは学生さんでお忙しいし、顔出しもしていないので私は編集者として当然のことをしているまでです。それにこの作品の大ファンなので細部までこだわりたいんです。」

「永森さんが私の知らないところで情熱を注いで下さっていたなんて。舞台を観るのが楽しみです。」

「えっ!?」

「頑張ってチケット取ったんです。幾つか応募したんですが取れたのは一公演だけなんですがね。」

「そんな。チケットなんてこちらで用意できるのに。」

「私も一ファンとして楽しみたいので。」

 その後稽古は再開された。永森さんがこだわりを持ってして頂いてると知りあまり今見るのは自分にとって楽しみが無くなると思い鈴原さんに帰ることを伝えその場を後にした。


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