▼ 2017.01.07 牛島さんのち五色、時々白布

「あれ白布んとこの先輩じゃない?」
「あ」

 ふと見やった窓の外、2階の我が教室の目下に広がる中庭で見つけたのは男子生徒4人の姿。さして珍しくもない光景に、態々視線を止めてまじまじとその様子を観察するつもりはちっともなかったのだが、如何せん見つけてしまった。バレーの強豪校として名を轟かせる白鳥沢学園のエース、牛島若利先輩の凜々しいお姿を。
 これは内輪の者にも知らせたことのない超々秘密事項なのだが、実は私、牛島先輩の大ファンである。偶然同じバレーチームに2年ほど在籍していた小学生時代、その時から既に頭角を表していた一つ上の男の子に、バレー好きの拙い女の子が憧れを抱くのは極々自然なことだった。その後、牛島先輩が県内の進学校に進学したらしいという噂を聞きつけた私は、県内有数のバカ中学から怒濤の追い上げを見せ、見事白鳥沢学園高等部に入学。机に向かう時は大抵漫画かPCと格闘していた娘が、ある時期を境に分厚い参考書片手にサインコサインタンジェントを唱え始めたことを知った両親は、揃いも揃って核シェルターの設備計画を立て始めた。雪どころか核爆弾が降ってくると思ったらしい。ふざけんな。
 とまあそんなこんなで私の人生を掛けた追っかけ生活は今年で目出度く1年を迎えた。白鳥沢に入って変わったことと言えば、時折見かける牛島先輩の逞しいお背中に乗りたい欲求が以前より高まったことだろうか。盗撮欲求を抑えるのにも苦労する。

「ほんとだ。何やってんだあの人たち……」

 私が知っているのは牛島先輩だけだが、他もどうやらバレー部の人たちらしい。前の席に座っている白布は、次の時間のテスト対策ように動かしていたらしい手を止め私同様窓の外を凝視している。
 4人の内お揃いのネクタイをしているのは牛島先輩を含めた3人。他の1人はどうやら一年生のようだ。定規で揃えて切ったかのようなキレッキレの前髪が目に留まる。「あれ、後輩くん?」と聞けば「ああ、うん」と返答は歯切れが悪い。ちらりと白布の顔を見れば、苦虫でも噛みつぶしたような顔だ。何があった白布賢二朗。
 と、その直後。声を上げた白布に反応して中庭に視線を戻せば何がどうしたのか、一年生の後輩くんと牛島先輩が何やら競って走り出した。歪な円上の中庭を突っ切るように、手前から向こう側へと走る姿は小学生の徒競走に似ている。俯瞰すると先輩の方が一歩リードしているように見えるが、後輩くんも中々の脚力の持ち主なのだろう、引き離される様子は無い。おう、やりおるな一年坊主。あの牛島若利とタメはるとは……羨ましいぞ。私も牛島先輩と横並びで走りたい。かなりの高確率で置いてかれるだろうけど。

「あっ!!」

 牛島先輩と走って置いていかれるオチまで想像して寒気がしたその時、いい感じで追っていた後輩くんがなんと、転けた。これには流石の白布も動揺を隠せないのか、バシリと結構な力で窓の桟を叩いた挙げ句痛がっている。力加減を考えろ。
 何で先輩と後輩くんがトラックもない中庭で徒競走をしているのか理解出来ないが、転んでしまったらもう先輩に勝つことは叶わないだろう。そう決戦の行方を見届けたと思いきや、まさかの結末が待っていた。
 なんと。数メートル先を走り過ぎた先輩が態々戻ってきて後輩くんに手を差し伸べたのだ。う、嘘だろ。やばい、牛島先輩かっこよすぎやしないか。あの強面からは想像できない紳士的な所行には、当然の如く胸を打たれた。やばい……益々好きになるんですけど。もうこれ以上、上がるはずも無い牛島若利の株がぐんぐん上昇し、私の中で限界突破しようとしている。
 そんな目下。勝敗の付かなかった戦いにそれを見守っていた他二人の三年生は笑い転げ、後輩くんは先輩の手も取らず泣いて走り去ったらしい。
 次の小テスト、何故か白布は0点だった。



▼ 2017.01.06 赤葦と女の子

 高校生らしく浮ついた粗相をしでかす人種がそれなりにいる教室では、その真っ黒な髪色は逆に目立って見えた。そういう自分も髪は黒だが、彼女のは余計にそれが際だって見える。教室の隅で静かに本でも読んでいそうな、大人しい女の子。それが最初のイメージ。

「何それ、意味分かんない」
「さあ。俺も昔の俺に忠告してやりたい」
「なんて?」
「この女とは関わらない方が良いって」
「あら、酷い」

 窓際のカウンター席に二人並んで座ったのは十分ほど前。ここのドリンクが好きなのだと某アメリカ発祥のコーヒーチェーン店に嬉々として駆け込んだ彼女が、先刻買ってきたのは見るからに甘そうな何か。彼女はそれを飲み物と言い張るが、正直俺にはクリームの乗っかった溶けかけのアイスにしか見えない。

「太るよ」
「いいの、私痩せてるから」

 この手応えのない感覚。年甲斐も無くはしゃぎ回って自分の言葉に一喜一憂してくれる部活の先輩を思い浮かべ、彼女を見る。同じ人間どうしてこうも違うのか。茶化すようにゆらゆらと揺れる華奢な腕を軽く払い、視線を窓の外へ向ける。木兎さんが俺にとって人類で一番扱いやすい人だとしたら、彼女はこの世で最も理解し難く思い通りにはならない人間だ。

「私はさ、全然大人しくなんかないの」

 薄い唇の間で、平らになったストローの先端がちらちらと見え隠れする。ストローを噛むのが彼女のクセだと気がついたのは先週。足を組むのも昔からの悪いクセで、それを直したいと思っていることを知ったのはつい先日。

「知ってるよ」
「そ? 幻滅した?」
「……なんで?」
「だってそう言うコ、多いから」

 赤葦は違うの? と首を傾げた彼女の真意はどこにあるのか。そう言った心理を探り当てるのは苦手じゃない筈だった。けれど彼女が相手となると、話は別。分からない。俺に彼女は理解出来ないし、恐らく彼女も俺を理解出来ない。きっと、互いに理解を必要としていない。

「いいんじゃない、別に」
「いいの?」
「うん」
「赤葦がいいなら、いいや」

 彼女は笑った。幸せの一つを小さく噛み砕くような、くしゃりと無邪気なそれは、嫌いじゃ無い。


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