ーーそんな場所に閉じ込められちゃって可哀想

 友人が電話で何気なくこぼしたその一言が、喉に刺さった魚の骨みたいな違和感と不快感を私に残した。
 とうに通話を終えたスマホをしばらく見つめ、それから、電源ごと落とす。今は仕事以外で外部との連絡をしたくなかった。

 カルデア外部との連絡が復活し、新たな人材が増えた現在でも人手不足は相変わらずで、以前ほどではないけれど忙しいことには変わりない。それに、休みがあったってこんな雪山の中に建てられた建物から気軽にどこか遊びに出掛けるなんて無理だし、一部のサーヴァントの圧力が凄くて一人でのんびり気軽に外出なんて言い出せないし、もし無断でしようものなら後が大変だろう。
 けれど、だからと言って、私は可哀想だろうか。

「はぁ……」

 むくむくと膨らむ反抗心のようなものに反比例して、カルデアで暮らすようになって長いし、外部の人と感覚がずれてきてるのかなぁ、という不安も膨れ上がる。

「マスター?」
「えっ!?」

 いつからいたのか、突然声をかけられて驚いたせいで大袈裟な動作で振り返った私を、シャルルも驚いて見る。

「すいません、驚かせましたか?」
「あ、ごめん。ぼんやりしてたから……」
「ぼんやり? 凄い顔をしていましたけど」

 そんなに顔に出ていたのか。
 思わず顔に触るけど、自分じゃよく分からなかった。

「何かあったんですか?」
「あー、ちょっと考え事してただけ」
「考え事ですか」
「うん……」

 はぐさかすように笑いながら、スマホを革のケースに隠す。
 何となく、この話は聞かせない方がいいと思った。大体、可哀想な女だと思う? って聞かれて肯定出来る訳がない。気を遣わせるだけだ。

 それ以前に、そんな質問を私自身がしたくなかった。不幸に酔っている女みたいじゃないか。

「……どんな内容か、聞いても?」
「えっ?」

 もう話は終わったものと思っていたから驚いてしまう。
 だって、まさかシャルルが深追いしてくると思わなかった。

 確かに彼は、私の行く末を見守る為、全てが終わるまで首を守ってくれると約束してくれた。罪の意識に苛まれ、手を血に汚しながら、それでも、ついて来てくれると。
 けれど、彼は刃であると同時に天秤だとも言った。私をはかる中立の存在だと。

 だから、そんな彼が私の個人的な事に踏み込んできた事がとても不思議に思えたのだ。

「すいません、出過ぎた真似でしたか」
「あ、ち、違うの。ちょっと驚いただけ」

 けれど、シャルルは反応がないのを拒絶と受け取ったらしい。慌てて訂正して、けれど、何と言おうか少し迷う。

「……ちょっと、落ち込む事があったの。でも、それは価値観の違いで、誰が悪い事でもないから、仕方ないんだけど」

 そうだ、別に悪意を持って言われた訳ではない。哀れまれる事でもないと思うけど、友人にはそう聞こえてしまったなら仕方ないじゃないか。
 むしろそんな事を思い悩んでいる私が悪いのだ。重く受け止め過ぎている。何事も過ぎるといけない。

「……本当ですか?」

 一呼吸ほどの刹那的な沈黙を挟んで、シャルルは静かに私を問い質した。
 本当に納得しているかどうか。

「あ、」

 当たり前だと答えようとして、真っ直ぐに私を見据えるシャルルの目に怯む。

 きっと、それが答えだ。
 だって、いくら言い訳したって私は可哀想という言葉に反発したくなった。可哀想じゃないと。

 その、咄嗟の気持ちが私の偽らざる気持ちだ。

「……嘘、今のは綺麗事。ちょっと、思いもしない言葉だったからショックだった、かな」
「マスター」
「でも、大丈夫だよ。カルデアの皆がいるから、私は可哀想でも不幸でもないから」

 シャルルの気遣わしげな声を遮って、明るい声で続けた。

 どうか、私に可哀想というマイナスなレッテルを張り付けないで欲しい。
 私は私の意思でここにいて、これからも私の意思で戦っていくのだ。私をマスターと、同じ職員と、仲間と、認めてくれる皆の為に。

「だから、これからもどうか私の刃でいてね、シャルル」
「はい。地獄の底まで、天の果てまで付き従います、マスター」


君の優しい羊水に浸かっていたかった



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