「わたしってかわいそうなんだって」
「…誰に言われた」
「さぁ?知らない人」

読む気の失せた雑誌を捲りながら、背中を預けていたベッドに頭を預ける。ふわふわの布団に後頭部を埋めながら、上下が反転した世界の中で猿比古はこちらを見ないまま青灰の瞳を揺らした。何をしているのかもわからない薄い画面上で、さっきまでするすると動いていた指もピタリと止まる。相変わらずしろくて、ほそくて、ぎゅっと握っただけで折れてしまいそうだ。

「告白されたの。名前も、所属も、よく知らない人に」

そう呟けば、ゆったりと首を動かした猿比古の眦が鋭くなる。真っ直ぐわたしだけを見つめる瞳。肌が粟立つ感覚は何度経験しても慣れない。

「なにがかわいそうなんだよ」
「んー?わたしがねぇ、伏見に構ってもらえなくてかわいそうなんだって」
「……」
「ふふ、でも安心してね。きちんと断ったから」
「……」
「あ、でも、すごーく真剣な顔してたんだよね。ちょっとかわいそうなことしちゃった」

ねぇ?と体を反転させて笑いかけると、鋭かった瞳が元のタレ目に戻りゆるゆると逸らされる。
それから「そんなの俺のほうが…」と呟いた猿比古の言葉を無視する。
聞こえなかったフリじゃない。聞いてる前提で無視して、それからもう一度向けられた、伺うような熱のこもった視線も「なぁに」と一蹴した。

あの誰かさんはわたしが可哀想だと言ったけれど、本当は逆だ。職場の態度だけしか見ていないからわからなくて当たり前だけど、このツンケンした男は本当のところ随分と甘えたなのだ。
それなのに、構ってくれてないような態度をとらせるのはわたし。すきだと言ってくれた猿比古にのぼせ上がって、いつのまにか飽きられて、捨てられるのが怖いわたし。冷たい態度をとって、距離を置いて、離れていかないか試している。

「猿比古」
「……なんだよ」
「んーんなんでも」

ちょっと名前を呼ぶだけで喜ぶ猿比古がすき。職場でも、いまさっきもタンマツを弄りながらわたしのことを覗き見てたのもぜんぶぜんぶ知ってる。本当はもっと呼んであげたい。笑いかけてあげたい。ひっつきたい。お話もしたい。もっともっともっともっと!
……でも

「名前」
「ん?」
「…こっちくれば」
「……あはは、やだぁ」

かわいそうな人。哀れな人。もうはなしてあげないんだから。


幸せは罪深く笑う



Back