斜陽



「今日の英語のプリント難しくなかった?」
「それ俺も思った」
「もう付いてくの必死だよ〜。ちゃんと予習もしとかないと…」
「あー…」

落ちていく夕陽に照らされて、オレンジ色に染まっている下足場。
私が下駄箱を開くと、その光が遮られて壁まで闇が伸びた。
上靴を入れ、スニーカーを取り出して扉を閉める。

「俺さー…お前のこと好き」
「えっ…」

突然のその言葉に驚いて、外靴を落としてしまった。
地面に落ちた音が響き、足元で靴がゴロン、と一回転するのが見えた。
ていうか…いまなんて?

「なに…」
「名前、俺のことキライ?」

恐る恐る振り返ると、上鳴は下駄箱に寄りかかるようにして立っていた。
その真剣な表情から、これは冗談じゃないんだと理解する。
いつでも笑いの絶えない私たちの間に沈黙が訪れた。

「そんなことは…ないけど…」
「じゃあ、他に好きなやつでもいる?」
「い、いないよ…!」
「だったら…」
「ま…まって!」

回らない頭を必死に回して考える。
上鳴が、好き?私を?

「そんな素振り一度も見せたことなかったじゃない…!」
「そりゃ隠してたからな」
「か、上鳴をそんな風に見たことないよ…」
「んじゃ、そんな風にしか見れないようにさせてやるよ」

そう言うと上鳴は私の後ろの靴箱に手を伸ばす。
耳のすぐ側で手をついた音がして、逃げられないことを悟る。
上鳴の薄い唇が近づいてきて、反射的に目を閉じた。
髪を掻き上げられたかと思うと、額に柔らかい何かが当たったのを感じる。
ちゅ、と小さな音がして目を開けると、至近距離に上鳴がいた。

「…ドキドキ、した?」

そう言われてつい胸に手を置いて鼓動を確認してしまう。
思った以上に大きく速く脈打つ心臓の音が、上鳴に聞こえてしまいそうだ。
というか、私は今なにをされたのだろうか。
おでこに当たったあの柔らかいのって、上鳴の…?

「ははっ、顔真っ赤。脈アリってこと?」
「っ、上鳴…いま…!」
「ん?もっとする?」
「なっ!なに言ってんの!?」
「否定はしねぇんだ?」

心まで見抜かれているようなずるい笑顔で、上鳴はもう一度顔を寄せてきた。
意を決して彼に合わせるようにゆっくり目を瞑ると、今度は鼻の頭に唇を落とされた。

「唇にされると思って期待した?」

さっきよりも近い距離でそう囁かれて、息を飲んだ。
火が出るように顔が熱くて、心臓がうるさい。

「なぁ、どうなんだよ…?」

普段のおどけた明るい声色は影を潜め、ただただ低く真剣な音が目の前の上鳴の口から奏でられる。
”そんな風に見たことない”とは言ったけど、こんなことされて意識しないわけがない。
さっき目を閉じたのも、上鳴になら構わないと思ったって証拠だ。

「き、…き、期待…した…」

彼の質問に、絞り出すようにして答えた。
この状況でドキドキしない人間が居るなら知りたい。
心臓はさっきより早鐘を鳴らし、頭の中にバクバクと音が響く程だ。

「んじゃ…もっかい目瞑って」

近づきながら吐息混じりになっていく声で、そう促されて瞼を降ろす。
上鳴の熱い手が優しく頬に触れて、私の名前を呼ぶ。

「名前、好きだ…」

そしてその唇は、私のそれと重なった。