2人に素敵なチョコを



「いらっしゃいませ! こんにちは、名前さん」

そう言って振り向いた安室は、持っていた空のトレイを脇に挟み、彼女に優しく微笑みかけた。

「こんにちは。今日は冷えますね」

対する名前も笑顔で返し、赤くなった鼻先をマフラーから覗かせた。
彼女が静かな店内にホッとしていると、いつものカウンター席に案内される。

「ミルクティーを」
「かしこまりました」

名前は隣の席に荷物とマフラーを置いて、紅茶の準備を始める安室の後ろ姿を目で追いかけた。
しばらく彼の背中を見つめていたが、ドアベルの音に彼がいらっしゃいませ、と言った声で、開いたドアに目をやる。
誰もいない…と思ったら小さな影がひょこっと顔を出した。

「こんにちは、名前お姉さん」
「あらコナンくん。こんにちは」

少年に挨拶を返すと、当たり前のようにカウンターへ来たので、名前は隣の椅子に置いていた荷物を移動させて席を空けてあげる。
少し高い椅子に登るようにして座ったコナンが、安室にオレンジジュースを頼む。
そして名前の紙袋を指差して、いつもより明るい声で無邪気に聞いてきた。

「ねえ、それって、もしかしてチョコレートが入ってるの?」
「え? どうして?」
「名前お姉さんが袋を持ち上げた時、甘い匂いがしたんだ。それにホラ、今日は…」
「…2月14日、バレンタインですね」

安室がティーカップを彼女の前に、ジュースをコナンの前に置き、割り込むように会話に入ってくる。

「もう…2人とも、さすが探偵ですね! ビックリさせようと思っていたのに!」

名前が紙袋に手を入れ、小さくラッピングされた袋を取り出した。
透明の袋にピンクの装飾が施されており、白いオーガンジーのリボンが結んである。
その中に小さなチョコレートが3つ入っているのが見えて、いかにも義理チョコとわかるようにしてあった。

「はい、コナンくん」
「えっボクに?」

手渡されたチョコを見て、想定外のことに疑問の声を上げるコナン。
まさか自分にも渡されるとは思っていなくて。

「安室さんも、どうぞ」

そう言った彼女が差し出した小さな包みを見て、安室が大げさに瞬きをした。

「…ありがとうございます」

安室は笑顔で受け取ったものの、義理…ですか、と小さく呟く。
彼の位置からは紙袋の中の、恐らく本命であろうプレゼントボックスまで見えているからだ。

「貴女の本命を貰える方が羨ましいですね」
「もしかして、ヤキモチ…ですか?」
「ええ、嫉妬していますよ。貴女が思っている以上に、ね」
「あら! 安室さんにそんな風に思っていただけるなんて、嬉しいです」

2人でクスクス笑い合うのを、コナンが呆れて乾いた笑いを零しながらストローでジュースを飲む。
名前も思い出したようにミルクティーを飲み干すと、ちょうど人肌くらいに冷めていた。

「安室さん、上がりの時間ですよ」

彼の後ろからひょっこり顔を出した梓が、シフトの時間を知らせた。
もうそんな時間か…と携帯を見ると、時刻は16時を回っていた。

「……名前さん、このあと時間はありますか? 少し、手伝っていただきたいんですが」

時計もしていないのに時間を気にするように左手首をトントン、と2度指差して安室が問う。
この仕草は公安の仕事関係というサインだと気づいて、名前は一瞬目を細めた。

「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、助かります」

けれども素性を隠しているため、2人とも何食わぬ顔で会話を交わす。
それを聞いていた梓がにんまりと口角を上げて嬉しそうに顔の前に手を合わせる。

「デートですか? バレンタインですもんね!」
「からかわないでくださいよ、僕はさっきフられたばかりなんですから」

そう言って安室はエプロンを外しながら店の奥のスタッフルームに消える。
梓はコナンに、フられたってホント?と困り顔で聞いた。

「名前お姉さんが渡したのが義理チョコだったんだよ。ボクも安室さんのと同じのを貰ったんだ」
「本命チョコは別の方に渡す予定なので…」
「えっ、そうなんですか? てっきり安室さんが本命だとばっかり…」

安室さんにそんな強力なライバルがいたのね、と彼女は唇に手を当てた。

「ねーねー名前お姉さん。その本命チョコを渡す人って、ボクの知ってる人?」

コナンから投げかけられた質問に答えられずにいると、着替えおわった安室が出てくる。

「すみません、お待たせしました。梓さん、お先に失礼しますね」
「えっと、そういうわけなので…」

えーっ、と不満げな声を漏らす梓に苦笑いして、荷物をまとめる。
車をまわすために先に店を出た安室を追うように、席を立つ。

「あっ、コナンくん。本来キミが知ってちゃダメなんで…ね?」
「え?」

じゃあまたね、と名前は手で輪っかを作って少し揺らして見せて、外へ出た。
知ってちゃダメ…手で作った輪っか…それだけでおそらくあの少年には通じるだろう。
店の前につけられたRX-7の助手席へ乗り込むと、運転席の彼は先程までとは別人のように険しい顔で待っていた。

「風見から連絡が来た。現状確認のためお前にも来てほしいと」
「あのさ…風見さんて私のこと便利屋か何かだと思ってない?扱い雑な気がするんだけど…」

ぶっきらぼうに言う彼、そして同じく彼女も先ほどとは別人のようだ。
お互い敬語を使うことはなく、さっきまでの穏やかな雰囲気はどこにもない。

「そういうことは風見本人に言え…いいから早くシートベルトしろよ」

これから本来の仕事だというのはわかるけど、移動中くらいもう少し肩の力を抜けばいいのに、と彼女は呆れながら紙袋の中の箱を彼に差し出した。
けれど彼は時が止まったかのように、それを見て固まってしまっている。

「どしたのキョトンとして。零くんに、だよ」

ブラウンの箱にピンクのレースリボン…ヘンなところはないはず、と確認して彼の手を掴み、その手の上に勝手に置いた。
名前がシートベルトをしている間に、本命チョコのプレゼントボックスだと気づいた降谷が、彼女の顔と箱とを交互に見る。
少し照れたように頬を染める彼女の横顔に、降谷は胸の奥が暖かくなるのを感じ、瞳に安堵の色を滲ませながら、手のひらに乗った箱を親指で撫でるように滑らせた。

「ありがたく受け取ってね? 私の本命チョコが欲しかった、って妬いてる人もいるんだから」
「へえ。名前も人気者だな」

降谷は満足そうに口元をほころばせ、チョコの箱をポケットにしまうと、慣れた手つきで車を走らせた。