「ずっと言おうと思っててんけど、藍川さんのこと、めっちゃ好きや。」
「…は?牛丼?」
「お決まりの展開やな…」

どの方向から捉えても愛の告白にしか聞こえないこの科白。
それを鋭利な角度からミラクルボケをかます藍川 つかさに、忍足は苦笑を漏らした。
対するつかさは忍足からの告白の意味を理解できないでいた。

「でもそんなボケも言えるんやなぁ…もっと好きになったわ。」
「ボケたつもりはないけど…牛丼、いいよね。あたしチーズ牛丼が好きなんだよねー。」

つかさは忍足の発言にちょっと引っかかったが気にせず続けた。
的外れな会話に、今度は声を押し殺して笑う忍足。

「相変わらずオモロイな、自分。」
「え…あ、ありがとう。」

悪気もなく答えたので、忍足は深く息を吐く。
そしてつかさの目をまっすぐ見つめ、意を決して唇を開いた。

「ほんま、めっちゃ好きやねん。俺と付き合ってくれへん?」

紛れもない愛を忍足は告げた。
思わずつかさから声が漏れた。まさか、と。
誰もいない放課後の廊下。こんな時こそ誰か通ってくれ、と助けを求めるように願う。
忍足の視線から逃れられず、どうしようか戸惑っていた。
こういうのは追及しないのが一番だと本能でわかっているのだ。
自惚れてはいけない。きっとそういう話ではないはず。
そう自分に言い聞かせ、懸命に言葉の真意を探った。
付き合うというのは、どこに付き合って欲しいのか?…これだ。
だが彼女が口をはさもうとした瞬間、その思惑はあっさり打ち砕かれることとなる。

「藍川さんに彼女になってほしい。俺を見て、俺のことだけ考えてほしいねん。」

包み隠さぬ本心に、つかさの口角が引き攣る。
彼女…だと?『好き』だの『付き合って』だのというのは、つまり男女交際を申し込んでいたのか。
では、なんと答えたら良いのか。皆目見当もつかなかった。

「今は返事せんでエエよ。また告白するから、ゆっくり考えてな。」

ほなな、と軽く手を挙げその場を立ち去る忍足。
彼が姿を消してからも、つかさは立ち尽くしていた。まさに、思考回路はショート寸前だった。
一人立ち尽くし、じっくり考えた。まず、なぜこんなことになったのか。
そもそも部活もない放課後に、彼女が一人でいたのには理由があった。
彼女には幼稚舎からの付き合いで、無遠慮で大胆なそそっかしい親友がいる。
部活のない日はいつも一緒に帰るのだが、今日 つかさは教室で待つ羽目になった。
その親友が、部室に忘れ物をしたと言って、慌てて取りに行ったからである。
そういう訳で教室の前で待っていたつかさに、忍足が話しかけたのだ。

「で…忍足が、あたしを…?」

部活中もやたらと自分のところに来ていたし、ただ部活に熱心なんだと思っていたのだ。
この頃スキンシップが多いと感じたのも気のせいではなかったのか、と納得の答えに辿り着く。

「ごめん、お待たせつかさ!」

待ちわびた親友の上がった息と声が聞こえてくる。
今頃来たか、山場はもう過ぎたぞ。とつかさは心の中で呟いた。
真顔のままゆっくり振り向くと、搾り出すように声を零した。

「美歌、あんたのいない間に…超めんどくさいことになった…」

−−−−−−−−−−−−−−−−

「忍足に告白された。」
「うっそおおぉ!まじで!!」

帰り道、つかさは一人で待っている間に告白されたことを美歌に打ち明けた。
美歌は特別だった。二人は誰よりも相手のことをよく理解していた。
親友であるとともに、お互いに遠慮なく相談できる相手でもある。

「んでんで?つかさは忍足のことどう思ってるの?」
「別に…得体の知れないヤツだなーとは思う。」
「………なるほど…」

美歌はウンウンと首を縦に振って、つかさの前に回り込み、向かい合った。
腰に左手を当て、首をかしげて、右手の人差し指を立てて質問する。

「じゃあなんで付き合うのはダメなの?」
「だって忍足の伝えたいことわかんなかったんだよ?あたし。…ずっと思い違いしてて。そんなんで付き合えるわけないじゃん。」
「…………深読みしすぎるってことかぁ…」

美歌はそのまま後ろ向きで軽やかに歩き出し、空を見上げた。
オレンジ色の空に、遠くからセミの鳴き声が聞こえている。
昔から恋愛というものには無関心だったつかさは、深くため息を吐いた。
彼氏だとか彼女だとか、そんな括りに縛られるのが、何が良いのか理解できないのだ。

「こういうの苦手なんだよなー…いろいろ煩わしいし。」
「そんな重く考えなくていいんじゃない?つかさが気落ちすることじゃないよ!」
「そうかな…?」
「この場合落ち込むのは忍足の方だしね!元気出し――」

ゴツン。
一瞬、鈍い音が聞こえて顔を上げると、美歌が頭を押さえてしゃがみ込んでいた。
前を確認せず歩いていた所為で電柱にぶつかったようだ。

「いぃぃったぁあぁああぁ!!!……タンコブできたぁあ…」

突然の間抜けなアクシデントにつかさはしばらく笑いが止まらなかった。

−−−−−−−−−−−−−−−−

「なぁ藍川さん、俺と付き合ってぇな。」

すれ違いざま、忍足に手首を掴まれて思わず振り返る。
忍足の『また告白する』というのは、どうも本気のようだ。
朝練のときもそうだった。何かと理由をつけてはつかさをからかい、愛の言葉を囁いていく。
やっとそんな地獄から開放されたと思ったのに。
移動教室の時にバッタリ会ってもこの始末。セクハラか。
つかさは半ば呆れて返事をした。

「あー、はいはい。あんたもしつこいな。」
「でも俺の事しばいたりせんから、藍川さんはエエ子やなぁ…」
「そ、そういうのいい、いらないから…」
「もしかして照れてるん?」
「いや、そんなんじゃなくて…」
「ちょっとぉ、わたしのつかさ横取りしないでよー。」

立ち止まったつかさに気づかず先まで歩いていた美歌が走ってくる。
腕を掴まれたままのつかさに美歌が抱きつくと、忍足は困ったように微笑みかけた。

「ごめんな。藍川さんのことメッチャ好きやから、どうしても欲しいねん。」
「そう?じゃあいいよ。」
「えええええ!!?」

親友の衝撃的な裏切りにつかさは声を荒げた。
抱きしめた手をパッと手を離すと、忍足の方へ引き戻されてれてしまう。
いっそう眉間に皺を寄せるつかさ。その様子を見て美歌は楽しそうに言う。

「頑張ってね。つかさは手強いぞ〜?」
「せやなぁ。本気出して頑張ってみるわ。」
「出さなくていいからっ!だいたい忍足――」
「怒ってる顔も可愛いなぁ、藍川さん。ほな、またな。」

メガネの奥の目を細くして、表情を緩める。
優しく頭を撫でられると、つかさもつい黙ってしまう。
そしてそのまま去っていった忍足の背中を睨んで舌を出す。

「美歌も、ボーっとしてないで助けてよね。」
「面白いから放置しようかなーっと。」
「まずはあんたからぶん殴ってやろうか。」
「いやいや〜、つかさいなくなったの知らなくてそのまま一人で喋り続けてたわたしの身にもなってよ。」
「知るか。」

たびたび忍足は、狙ったようにつかさの前に現れた。
つかさも、忍足の顔を見る度『好きや』が頭に響いて離れず、どうして良いかわからなかった。

「お前、侑士になんか言われたろ。好きだの付き合ってくれだの。」
「なんで知ってんの?」
「アイツ前から藍川のことめっちゃ可愛いってずっと言ってたぞ。」

そんなアプローチをされ続けているからか、忍足の告白は岳人も感づいていた。
岳人は忍足から、惚気にも近い話をされていたという。
つかさは全身鳥肌が立つ感触がした。

「今日はどこにいた、とか…何食べてた、とか…侑士最近そんなんばっかだぜ。」
「うわーもー、なんかストレス溜まるなー。美歌、明日の休みカラオケ行こ。」
「アイアイサー!!」

−−−−−−−−−−−−−−−−

「わーいカラオケー!そうだ、お昼ご飯食べてから行きません?ハラペコであります隊長!」
「あっ、じゃあリクエストしてもいい?」

つかさが指定した店はレンガ調の外観で、看板はそれに似つかわしくない赤いどんぶりの絵。
チャイムが鳴るドアをくぐり店内の隅へ座ると、店員がお茶を運んでくる。
24時間営業のこのチェーン店は、おそらく跡部は入ったことがないであろう。

「実はずっと食べたかったんだよね〜!…あ、すみません。チーズ牛丼並盛つゆだくで。」
「わたし、おろしポン酢牛丼。メガ盛で。」

つかさは思わずお茶を噴出しそうになった。
女子がメガ盛を、当たり前のように注文した美歌に、開いた口が塞がらなかった。
いったいどこにそんな量が入るのか、と。