「おい」
頭上から声が降ってきて、つかさは顔を上げた。
普段見上げることのない彼を下から見ると、なんだか怒っているような顔に見えた。
しかも逆光で顔が少し影になっているのでなおさらだ。
赤い髪の向こうからは、太陽がチラチラ見えて眩しい。つかさは思わず眉間にしわを寄せた。
「お前、なんか今日胡桃沢と距離置いてね?」
「あー…まぁ、ね」
「いつもみたいに話したりバカしたりしねーんだ?」
「あぁ、そういやアンタいつも陰で見てたもんね」
…説明するのも面倒だった。
そもそも、自分たち二人の問題だし、美歌のプライバシーもある。
そんなにペラペラ話す内容でもない。
つかさも、何も考えたくなくて、屋上にきたくらいだ。
「お前さ、なんでそんな怒ってんだ?」
「それは…」
そういえば、さっき美歌との喧嘩を「二人の問題」と考えたが、果たしてそうなのか…とつかさは思い直す。
なんで、あのとき、あんなにも怒っていたのか。何故、怒らなければならなかったのか。
まず、彼女に隠し事をされたことは嫌だった。でも、それだけじゃない。
美歌が忍足にアドバイスをしていた、という事実か?それは確かにお節介でイヤだった。
忍足は頭の切れる男だ、彼女の発言でなにか勘付かれてもおかしくない。
元はと言えば、忍足と美歌があそこで会っていたということを知ってしまったときから、この胸のムカムカは始まっていた。
沈黙を続けていると、向日が痺れを切らしたように口を開いた。
「もう昼休み終わっちまうな…。じゃあ放課後までに考えとけよ、ここに集合な」
「えっ、ちょ…」
つかさの制止も気に留めず、向日は屋上の扉を開け階段を降りた。
得意のジャンプで階段を降り、廊下の端の教室へ向かう。
彼が教室へ戻ると、美歌が机にうなだれるように突っ伏していた。
うーんうーんと考えを巡らせている彼女の肩をポンと叩いて、向日は親指を立てながら笑顔で言った。
「今日の放課後、藍川のこと屋上に呼んでおいたぜ!」
「えー!?」
授業開始のチャイムと同時に、つかさが教室へ入った。
美歌は思わずつかさに視線を向けるが、つかさは向日を睨んでいるようだった。
先生が教室へ入ってきたのを見て、慌ててつかさは席に座る。
ノートを用意しようと鞄を探ったときだった。
「…ん?」
鞄の中に、可愛らしい封筒があった。ピンクの花びらが印刷された物だったが、自分が買った記憶はない。
どこかで見たような封筒だが…と思いながら内容を確認した。
今、藍川さんの事を考えながらこの手紙を書いています。
最初の一文に、ドキッとした。
そう、いつか忍足が靴箱に入れていた手紙だ。
気恥ずかしくなって、嫌がらせかとツッコミを入れたのを思い出した。
…というか、なんで鞄に入っているのか…忍足が入れたのか?
「…!」
違う、そうじゃない、つかさはあの時のことをハッキリ思い出した。
他の誰でもない、自分で入れたのだ。
では何故そんなことをしたのか?つかさはさらに自問自答する。
綺麗な便箋だったからか?
靴箱にラブレターがあったと誰かに見せるためか?
誰から貰った手紙でも、大事に、鞄にしまっていたか?
そして一つの答えを導き出す。それは、相手が忍足だからだ。
…つかさは顔を上げ、大きく息を吸い込んだ。
なーんだ。そういうことか。私、忍足のこと好きだったんだ…。
だから、こんなに胸がムカムカしてたのか。
…じゃあ、美歌に感じてたこれは…。
そう思いつつ今度はゆっくり息を吐いた。
吐いた息と一緒に、不満や葛藤も出ていって、身体が軽くなったような気がした。
今出た答えを直接美歌に言ってもいいけど、とりあえず向日に相談して意見を聞いてみよう。
つかさはそう思い、約束通り放課後に屋上へ向かうことにした。
−−−−−−−−−−−−−−−−
放課後、屋上でつかさは向日を待っていた。
向こうから呼び出しておいて待たせるとは…男としていかがなものかと思っていた矢先、ドアが開いた。
「ちょっと向日…!?」
だが、そこにいたのは眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をしている美歌だった。
てっきり向日が来るものだと思っていたので、つかさはしばし硬直する。
「アイツ…まぁでも好都合か…」
心の中で向日にツッコミをいれておいたが、結局美歌に話すつもりではいたので良しとした。
わからないというか、不思議に思うことがまだ1つあって、それを美歌に問いただしておきたい。
「え、っと…」
「美歌」
「は、はい」
「美歌さ、なんで忍足に協力しようとか思ったの?」
目を泳がせながらモゴモゴしている美歌に、つかさは強い口調で尋ねる。
つかさはずっと疑問に思っていた。自分の味方をしてくれると思っていたのに、裏切られた気分になって…。
「だってつかさ、忍足のこと、嫌いじゃないでしょ?好きかどうかはわかんなくても、嫌いではないよね?」
背中を丸めて恐る恐るではあるが、美歌ははっきりとそう言った。
そう断言する彼女に、つかさは心底驚いた。
「い、いつから…?いつから思ってたの?」
「最初っからだよ。嫌いとか、付き合いたくないって言ってないでしょ?」
…まさか。忍足に言い寄られることをあんなにも嫌がっていたじゃないか。
つかさは反論しようと口を開いたが、美歌は続けた。
「つかさなら、嫌なものは嫌って言うもん。だから忍足に聞きに行ったんだ。つかさのこと、本当に好きなの?って。そしたら忍足…あ、でもこれは、忍足本人から直接聞いたほうがいいだろうけど、とにかく、わたしは忍足から聞いてわかったんだ。本気なんだなって」
美歌はオーバーな身振り手振りを加えて、最後に真っ直ぐな目でつかさを見た。
「そんな忍足なら、つかさのことちゃんと見ててくれるかなって思って、だから…ごめん」
消え入るような声で、美歌は心苦しそうに言った。
つかさが遊ばれてると思い悩んでた頃には、美歌は忍足から答えを聞いていたのだ。
「…あたしもわかったことがあって」
下を向き続ける美歌に、つかさは独り言のように話し始めた。
「あたしさ、忍足が美歌と空き教室で話してるときに、イヤな感じがしたの。それがなにかわからなかったんだけど、忍足は美歌に標的を変えたんだ、って思ったらイライラして。それで、わかったんだ。自分の気持ち。忍足を取られたような気がして、嫉妬してたんだ…って」
美歌はぽかんと口を開けてつかさの方を見た。
つかさも、照れるように頬を掻いて苦笑している。
「だから…いいよ」
「えっ……えっ?え、まじか」
「まじまじ」
満面の笑みでそう言って手を広げるつかさ。
それを見て美歌はぱあっと笑顔になってつかさの胸に飛び込んだ。
「あたし、好きって言う。だから、あんたも言え。」
「なんか顔赤いですよ隊長…っていうかわたしも!?こ、心の準備がっ!」
「ところでさ…ここ暑くない?」
「それな!こんなとこにずっといたら頭焦げちゃう」
いつもと変わらないやり取りに、二人してクスクス笑ってしまう。
「ねぇつかさ、仲直り祝いに牛丼食べに行こ!裏メニューにキング盛りっていうのがあってね、それがすごくてさ!」
「アンタ本当に牛丼好きだねぇ」
「え?牛丼好きなのはつかさの方でしょ?」
「へ?」
「この間だってつかさが言い出したんだよ?ずっと食べたかったんだよねって言ってさ!覚えてないの?」
つかさは最初に忍足に告白されたときのことを思いだした。
あのときははぐらかしてたけど、忍足にもちゃんと気持ちを伝えなきゃ、とつかさは彼を想うのだった。
「…好きや…か」